記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第10話 真夜中の訪問者
「ところで、殺されたノルドさんと面識は?」
「全くないですが……思い返してみると、あの人宿の中をうろうろしていたり、ナリア様の様子を窺うようなそぶりが……」
一階の酒場へと戻る途中、スティアに殺されたノルドとの面識を聞くと、スティアはノルドが宿を徘徊したり、ナリアの様子を窺っていて不審に思っていたことを証言する。
「ナリアさんとノルドさんの面識は?」
「ありません。ナリア様は体が弱く屋敷ではほとんど部屋に引きこもりがちでしたし、この宿では常時私かシャノンのどちらかがついています」
チャンスがナリアとノルドが面識あるのではと聞くとそれはないとスティアは断言する。
チャンス達は一階の酒場へと戻り、スティアはナリアの元へ、チャンスとマトイはダーヴィスと御者のリマスと合流して、事情聴取の進展を聞く。
「カーテスさんは金細工の遍歴職人で旅の途中といってました。事件当時は部屋で昼寝をしていて、喉が渇いたので飲み物を貰いに酒場に行く途中ドアが開いてるのを見て覗き込んで死体を発見したといっています」
ダーヴィスの報告を聞いてチャンスはカーテスを怪しむ。
カーティスは部屋を覗いたと証言するが実際には部屋に入っており、出てくるところをドーレスに案内されていたチャンス達が目撃している。
だが、カーテスは一貫して部屋を覗いたとしか証言していない。
「宿の主人の奥さんのアナさんは主人であるドーレスさんと夕食の仕込みをしていて何も知らないそうです。宿の手伝いの人は忙しい時だけ臨時で雇われる近隣の人で薄めのリーナさんと馬小屋で仕事していたようです」
ダーヴィスはチャンスの様子に気づきながらも何か口を挟む様子もなく自信が事情聴取で聞き出した内容を伝える。
「次にハモンドさん、冒険者だそうです。仕事を探してセブンブリッジへ向かう途中でこの宿に泊まっていると言ってました。事件があった時間は明日に出発する予定で部屋で荷造りしていたといっています」
チャンスがハモンドの方を見ると、ハモンドは軽薄そうな笑みを浮かべて別の宿泊客を見ている。ハモンドが見ている宿泊客は痩せて背が高く一見不健康そうな男。くたびれた革鎧にブロードソードを帯剣した神経質そうな雰囲気の男だった。
「彼の名前はフユー・ロザリンド。ハモンドさんと同じく冒険者と名乗ってました。事件当時は自室で本を読んでいて何も気づかなかったといっていました」
「本? 随分と高価なもの持ってるんだね」
ダーヴィスの報告を聞いてマトイが口を挟む。
「本ってそんなに高いの?」
「そうですねえ……最低でも金貨数枚……拘れば10枚、100枚といった価値があります」
「旅をするなら極力荷物は減らしたいし、僕なら本一冊持ち運ぶぐらいなら食糧を優先するね」
「価値もそうですけど、まず文字が読めないと意味がないです。商人や聖職者、一部の冒険者以外は基本文字が読めませんし」
チャンスが本の価値について質問すればダーヴィスは商人としての視点で本の価値を説明し、マトイは冒険者の見解として本を持ち運ぶことの珍しさを伝える。
最後にリマスが一般人として識字普及率をチャンスに説明する。
「えーっと、話がされましたね。僕はちょっとハモンドさんとカーテスさんに聞きたいことがあるので聞いてきます。マトイはドーレスさんと同行して死んだノルドさんの部屋を調べてみて」
「ん、分かった」
マトイはドーレスを連れて二階へ戻る。チャンスはハモンドの方へと向かう。
「なんだよ、もう話しただろ? 勘弁してくれよ」
「宿の人から聞いたんですけど、死んだノルドさん達とサイコロ賭博したとか? この銀貨はあなたが落としたものでは?」
チャンスが近づくとハモンドはうんざりした様子で事情徴収に応対する。
「確かにやってましたし、勝ちましたが? 似たような銀貨なら持ってるよ」
チャンスが見せる銀貨を見てハモンドは自分の財布から銀貨をテーブルに投げる。
「先ほどからあちらの人を見てにやにやしてましたが、知り合いですか?」
「いっ、いや……今夜の賭博に誘おうかなっと思いましてね、ヘヘヘ」
フューを見ていたことを指摘するとハモンドは少し焦り、賭博に誘おうとしていたと証言する。チャンスはハモンドを怪しむが、証拠がないので聴取を終える。
次にチャンスはカーテスの方に向かう。
「まだ何か?」
「ここの従業員から聞いたのですが、昨日殺されたノルドさんと廊下で口論していたとか?」
「ああ……昨日廊下で肩がぶつかって謝りもしないことと、賭博で負けてイライラしてたのもあって言い争いになって……最終的にはノルドが俺を無視して部屋に戻って終わった」
ノルドとの口論の状況を聞くと賭博で負けてイライラして言い争いになったと証言する。
「あちらのハモンドさんと賭博したとか? この銀貨に見覚えは?」
「ああ、賭けはあいつの一人勝ちで、俺は銀貨一枚手に入れてない。その銀貨がどうかしたか?」
「現場に落ちてました」
「前の客の忘れ物か、ノルドが殺された時に落としたんじゃないのか?」
カーテスは銀貨を見ても特に反応を見せない。銀貨は特に事件に関係ないのかとチャンスは疑念を抱く。
「皆さん、そろそろ夕食にしましょうか? 足止めのお詫びといっては何ですが、ワインを一杯お付けします。警備兵代理様も聞き取りはここまでにしませんか? 皆さんも疲れてきてるみたいですし」
「……そうですね、分かりました」
ノルドの部屋の探索を終えたマトイとドーレスが二階から下りてくると、ドーレスが夕食を配膳しようとする。酒場の雰囲気からしてチャンスは事情聴取を取りやめることにした。
食事を終えたチャンス達は割り当てられた部屋へと戻る。割り当てられた部屋は4人部屋で、部屋の両端に木枠に藁を敷き詰めて布をかぶせたベッドが置かれているだけの簡素な部屋だった。
「殺されたノルドの部屋を調べたけど、大変なものが見つかった」
部屋に戻ったマトイが取り出したのは先端が様々な形をした鍵束と陶器製の瓶。
「これは?」
「こっちはシーフツールといって鍵を開ける道具。こっちはブラック・デスっていう毒」
「毒っ!? なんでそんなものを?」
チャンスは陶器の瓶の中身を聞いて驚愕する。話を聞いていたリマスも悲鳴を上げて瓶から距離をとるように後ずさる。
「ノルドの荷物には行商人っぽくスプーンやナイフ、金物修繕道具や針布があった。けど、修繕道具の中に巧妙に隠すようにツールと瓶があった。多分ノルドは暗殺者だと思う」
「暗殺者!? じゃあ枕に仕掛けられていた針も……」
「ん、ノルドが仕掛けたと思う」
マトイは回収した修繕道具を広げて仕掛けを弄る。カチっという音と共に修繕道具の一部がずれて隠し引き出しがあらわになった。
「ふむ……ノルドはナリアか護衛のどちらかの暗殺を依頼されて部屋に忍び込み、針を仕掛けた。そして誰かに仕掛けてるのを見られたか、出ていこうとして鉢合わせになり殺されたというところでしょうか?」
「それならなんでノルドを殺した人は名乗り出ないの? 正当防衛だよね?」
「チャンス、せいとうぼうえいってなに?」
ダーヴィスが大まかに状況を推理する。その話を聞いてチャンスが正当防衛という言葉を口にすると、マトイが正当防衛という言葉の意味をチャンスに問う。
「正当防衛っていうのは……あれ、正当防衛ってなんだ?」
チャンスは正当防衛の意味を説明しようとして言葉が浮かび上がらず、頭を抱えて言葉をひねり出そうと口をパクパクさせる。
「ふむ、チャンスさんの失った記憶に関する単語のようですね……」
「何か思い出した?」
チャンスの様子を心配そうに見るダーヴィスとマトイ。そんな最中、扉がノックされる音が一向に聞こえてくる。
「はいはい、こんな夜更けにどなたですか? って……誰もいないじゃないですか。いたずらですか?」
リマスが扉を開けて応対するが、扉の外には誰もいない。悪戯かと思って部屋の方を振り返るとチャンス達の視線がリマスの足元に向いている。
何事かと視線を足元に向けるとナリアが抱き抱えていた黒猫が二足歩行で立っていた。
「やあ、初めまして。吾輩の名前はブータニアス・ヌマ・キャタル。夜明けを見守る猫族の末席に籍を置く者だ。君たちに依頼があるんだ、話を聞いてくれないかな?」
二足歩行の黒猫はブータニアスと名乗り、チャンス達に依頼を申し込んできた。
          
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