幸せなだけの箱庭で

幸運の顎髭

黒豹は雛に捕まる



黒豹は生まれつき身体の線がしなやかで美しい。そして、品がある。

そこへ、器量顔立ちが整っている良し、乙女なら誰もが憧れる甘い言葉をくれるタラシながら一途、華の近衛隊の職に就いているとくれば、かなりの優良物件だ。
身分問わずに女同士の熾烈な奪い合いバトルロワイヤルが開かれたって、何ら可笑しくはない。


好物のポペ――穀物を挽いて水と混ぜて焼いたもので、ほんのりと甘く、しかし、大抵の人は苦いと感じるクセがあるので人を選ぶ嗜好品だ。私はもりもり食べてるけど――をかじりながら、すやすやと寝入るそんな優良物件の寝顔にうっとりと見入っていた。
ちなみに、彼とはここ数年ほどは話をしたこともないが、今のように彼と彼の周囲の者の目がない内に鑑賞してその美貌を観察することはままあった。
というか、今週に入ってまだ三度目なのに、この事を知っている友人には「頻度が増えてきてない?」と諭された。彼の顔を眺めるのは飽きないからあんまり考えていなかったけど、そうなのかな?


そして、彼の飲み物に入れた薬、と言っても効果の薄い眠り薬を服用させて、安全安心に彼、ダージオを眺めている私は、ひよこの獣人のミレムアンという。
そう、雛とは、間違いようもない、あのピヨピヨと鳴くい子達のことである。一応、人の括りに入れられている獣人と、実際に動物である雛や豹は、愛玩動物や家畜など、また、一方は危険な動物として分類は全く違う。
でも、あんまりにも可愛いから、欲望に負けて素直になった私は家で雛を飼っていたりする。同種の動物を飼うことはプライドがなんたらかんたらだのって、かなり嫌煙されているらしいけど。世間様のような他所は他所、家は家ですんで。


話は変わるが。大体において、動物の上位互換である成体の状態で獣人としての身体的特徴が出てくるのだが、その中でも、鶏の獣人がいないのに存在する雛という獣人の種類はかなり珍しいらしい。
加えて、世間では、家畜をペット扱いすることは極めて少数派なので、そういう意味も相俟あいまって私という存在は悪目立ちしているのだとか。

この話を耳にしたときに、当時の切羽詰まっていた心理的状況も手伝って、モッテモテな伊達男の幼馴染みダージオとの関わりを泣く泣く経ったのである。
偶に会いに来るぐらいなら良いだろうと思えば、私が細心の注意を払って来てあげた初回の時点で人目も憚らずに騒ぎだした黒豹様ダージオのお陰で、眠れる黒豹と忍び込む雛という何とも間抜けな図式が出来上がってしまった。
このシュールとも言える絵面については、深い意味などない。たったそれだけの理由で成り立った犯罪臭い気もするだけの何ともない光景なのだ。
只でさえ、突っ立っているだけでも人目を集めてしまうというのに。そこんところ自覚が薄いのか単なる馬鹿なのかは敢えて触れないであげているのは、幼馴染みとしての優しさだ。
じゃなきゃ、雛特有の生涯孤独な身の内の私は、ある意味で身軽なその優位性を以てして、とっくの当に彼の前から姿を消している。

「……ん、ミーア」
「はいはい寝言ですね」

寝こける彼の寝転ぶソファーの背凭れに、はしたなくも不良座りというやつをしながら暢気な黒豹の健やかな寝息に混じった寝言に、適当に相槌を打った。
あ、勿論、脱いだ靴は右手に持っていて、素足なのでソファーが汚れる心配はないから安心してほしい。そこまで無作法ではないよ、私も。
あれ?そういえば、寝ているとは言え、人前で、それも異性の前で裸足になることの方が世間では恥ずかしいんだっけ?
いや、でも、小さい頃は一緒にお風呂に放り込まれる仲だったし。今更過ぎて、どうにも彼の前で裸足になることに対する羞恥を抱く自分を想像できなかった。

さて、そろそろ薬の効果が切れる頃合いだ。さっさとお暇しよう。
ソファーから降りた時に、無意識に動いていた手が、腰に結んだ鞄の横に並ぶ皮袋の中身好物のポペがなくなったことを教えてくれた。うん、早く帰らなきゃ。私のポペが待っている!!






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好物のことで頭がいっぱいになっている彼女は、気付かなかった。
窓の枠を蹴り上げたその後ろ姿を、じっと見つめる双眸があっただなんて。

「……また俺の上に、見境なくカスを落としやがって。あんのチビひよこめ」

持ち主の感情に合わせてユラリと揺れる尻尾は何処となく、獲物に狙いをつけた蛇を思わせた。



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