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#4 重ねては隠して


「ねぇ、先生。大丈夫ですよ俺、大したことないと思います。」
櫻宮はそれでも「いいから、とりあえず着いてきて」とばかり言って、俺の腕を引いた。

町田まちだ先生、櫻宮です。失礼します。」
保健室へ入ると、養護教諭は見当たらない。
どうやら今は出ているようで、保健室には俺と櫻宮しかいないらしい。

「町田先生はいないみたいだ。仕方ないな...翼、私に首を見せてくれ。」

「え、先生が診るんですか?」

「なんだ、私がそんなに信用出来ないか?」
櫻宮はそう聞きながら、俺のワイシャツのボタンを上から順に外していく。

「傷、赤くなってる。...悪い事をしたね。」

「いえ、確かに〝いろいろ〟ビックリはしましたけど。」
俺が自分の言葉に唇の感触を思い出して頬を赤らめているうちに、櫻宮はテキパキと保冷剤をガーゼに包んで手渡してくれた。

「キスは挨拶のようなものだよ、でもこの事は秘密にしてくれ。」

「寧ろ誰にも言えませんよ、こんなの。」

「ふふ...話は変わるけど、君の絵は本当に素晴らしいね。写実的、と言うべきだろうか。君に描かれるのなら大歓迎だよ。リアリスティックな絵は好きなんだ。」
櫻宮はたいそう嬉しそうに語るが、それが俺にとっては捨てたはずの過去を抉るシャベルの様にも思えて少し辛くなった。

「ありがとう。実は俺、中学時代は絵で食っていこうと思ってたんです。でも親はそんなの許してくれなくて...当然ですよね。キツい事言われて、俺は変わりました。今じゃやりたい事もよくわからないけど。」
俺が静かに話す言葉を、櫻宮は真剣に受け止めたようだった。

「それは...辛かったろう。でも私はもっと翼の絵を見たいと思ったよ。また描いたら是非見せて欲しい。」
俺は首を冷やしながらにっと笑い、〝Merciありがとう.〟と言った。




それからしばらく雑談をしていたら、時計の針は既に19時半を指していた。櫻宮が帰りついでに車に乗せて家まで送るとしつこいから、言葉に甘える事にした俺は、今教職員用の駐車場にいる。

「先生、俺の家は学校からすぐそこですよ?」

「いいんだ、とにかく乗って。」
そして高そうな車(昔から車に興味が無かったからわからないけど)の助手席に乗せられて、間もなく学校から発進した。

「翼、やっぱりキスが嫌だったのか?」

「嫌だったというより、驚きました。それに...」
俺は俯いて、言葉を選ぶ。
初めてだったと怒ってみるか、それともはぐらかす?

「もしかして翼、le premie`r baiser...?」

「る...ぷる...何ですか?あ、次の交差点右に曲がった後、100m先のアパートです。」

「ファーストキスの事さ、そうなのか?」
俺はその言葉に思わずぎょっとした。
何も言えない...図星ってヤツだ...。

「...はは、初めてが男だなんて、とか思わせてしまったかもね。ごめん。でもせずにはいられなかったんだよ。」

「やめて、なんか嫌だし...すごく恥ずかしい。本当に秘密ですからね。」
俺の家に到着して、車が止まる。

「何号室なの?」

「202です。ありがとう、保冷剤とか。」
櫻宮は「ふーん、どういたしまして。」とだけ言って、再び車を発進させた。俺は自分の部屋の玄関を開けた瞬間、どっと疲れがのしかかってくるのを感じた。

緊張とか、恥じらいとか...俺って最近、ちょっとおかしい?

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