ドラゴンテイマーにジョブチェンジしたら転生してた件

流し肉うどん

魔導船での生活

 魔導船で出発した初日の夕暮れ頃。

「これから1ヶ月どうしようか……」

 僕は今、魔導船内の個人部屋で悩んでいた。
 僕が住んでいたアリステラ大陸から、竜王国ドラグヘイムまでは魔導船で1ヶ月ほどかかる。
 つまり、僕達は1ヶ月の間、魔導船の中で生活をしなければならないということである。

「とりあえずリーチェと相談しようか。……今まで話す時間もなかなか取れなかったし」

 僕はリーチェの部屋に向かった。
 この魔導船には、個人部屋が6部屋あったため、各メンバーに個室を割り振ることが可能だった。
 僕の部屋の右隣は母様で、左隣はリーチェ、正面はアレスおじさんで、母様の部屋の正面がバロンという割り振りだ。

 コンコンコン。

「リーチェいる? 僕だけど」

「いるわよ。開いてるから入って」

 ガチャリ。

 僕はリーチェの部屋へと入った。
 リーチェの部屋の中は、僕の部屋と同じだった。
 小さなテーブルが1つにソファが2つ。
 シングルベットが2つあり、ベット間には照明の魔道具が設置されている。
 ベットの隣の壁には、クローゼットと等身大の鏡がある。

「人の部屋を見渡してどうかしたの? とりあえずベットに座ったら?」

 リーチェは片方のベットに座ったままで、僕に声をかけてきた。
 そのお言葉に甘えて、僕はベットに腰を下ろす。

「なっ、なんで私の横に座るのよ! そっちのベットが空いてるでしょ?!」

「えっ? ごめん。ダメだった? 正面で見つめ合うのも恥ずかしそうだったから、つい……」

 僕はそう言って、もう片方のベットに腰を下ろす。

 さっきのキスの件があって、リーチェの顔を見ているとちょっと顔が熱くなってくる。
 あれからどうも、リーチェのことを意識し過ぎてしまう。

 リーチェの目を見ると緊張するので、少し下を見る。
 桜色をした艶のある小ぶりな唇が目に入った。
 僕はここで母様が言っていたことを思い出す。

「リーチェちゃんもやり返していいのよ?」

 もしあのときリーチェがキスをやり返してきていたら、どんな感じだったんだろう……?
 うう……顔が熱い……

「人の顔じろじろ見ないでよ……確かに、正面だと恥ずかしいわね」

 リーチェはそう言うと、立ち上がって僕の横に座る。
 リーチェの耳が若干赤くなっている気がする。

「横に並んだ方が話しやすいわね。……それで、何か用があったんじゃないかしら?」

「そうだった。これから1ヶ月の間はこの魔導船で暮らすことになるでしょ?」

「そうね」

「それで、これから魔導船内で何をするのかを相談しに来たんだ」

「なるほどね。私は特にやりたいこともないから、あなたの好きにしたらいいと思うわよ? 今のうちにやらなきゃいけないこともあるんじゃない?」

「うーん。そう言われてもなぁ……」

 僕がやることと言ったら何があるだろう……?

「まず思い浮かぶのがレベル上げかな? まだレベルも1で、ドラゴンテイマーでのスキルも覚えてないし」

「そうね。これからドラグヘイムに行ってダンジョンに挑戦するとなると、レベルを上げてスキルは取っておいた方がいいわね。私と戦闘訓練する?」

「いいの? でもお手柔らかに頼むよ。また転がされ続けるのは嫌だ……」

 僕はコボルトの集落でボロボロにされたことを思い出す。
 走ったら転がされて、立っては転がされて、起きようとしても転がされ……
 あれは、毎ターン、敵の先制ひるみ攻撃を食らって何もできなくなるというような嵌めパターンに入っていた。
 今思うとずっと転がされてたような気がする。

「ふふ。ちゃん武器を使っての訓練よ。そういえば、コボルト達はどうなっているのかしら?」

 コボルト達か……

 僕の仲間となったコボルトは全38体だ。
 隊長コボルトが1体。
 精鋭コボルトが12体。
 一般コボルトが19体。
 子供コボルトが6体。

 隊長コボルトの報告によると、今は一般コボルト達が住居の建設中で、精鋭コボルト達は森を探索中とのこと。
 子供コボルトは探索の手伝いをしているらしい。

「今は住居の建設と異次元牧場の森を探索してくれているよ。あっ、森でこんな果物を見つけたって言ってたよ」

 僕はインベントリから、隊長コボルトから受け取った果物を取り出す。

『イエローベリー』

 甘酸っぱい果物。食べると疲労を少し回復する。

 イエローベリーは前世のラズベリーが黄色くなった感じだ。
 大きさも同じぐらいだ。
 僕は、手のひらにイエローベリーを2つ乗せてリーチェに見せた。

「イエローベリーっていう果物みたいだよ。甘酸っぱくて少しだけど疲労回復の効果があるみたい」

「甘酸っぱい匂いがするわね。どんな味がするのかしら」

 そう言って、リーチェはイエローベリーを1つ、ひょいと掴んで口に入れる。

「躊躇なく食べたね……」

「なんとなく大丈夫ってわかるのよ。……結構美味しいわね。紅茶に入れるのも悪くないかもしれないわ。あとでバロンにお願いいましょう」

 僕も食べてみる。
 ……うん。ラズベリーだ。
 この世界でイエローベリーって珍しいのかな?
 紅茶に入れて飲んでもみたいし、バロンに聞いてみるか……

「もっと酸っぱいイメージだったけど、酸っぱさよりも甘味が強くて美味しいね。イエローベリーはまだまだあるから、バロンのところに行ってみようか」

「ええ」

 僕たちはバロンのもとへと向かった。

▽▽▽

 バロンは自室にはおらず、食堂で夕飯の準備をしていた。

「おや? 坊ちゃんにお嬢様。どうかされましたか?」

「うん。ちょっと見てもらいたいものがあって」

 僕はインベントリからイエローベリーを取り出す。

「これは……イエローベリーでしょうか? 珍しいですね。イエローベリーはアリステラ大陸では滅多に出回ることがない果物です。どうして坊ちゃんが?」

「実はこのイエローベリーは僕の異次元牧場で採れたものなんだ。食べてみたんだけど結構美味しかったよ。バロンも食べてみてよ」

「なんと……! イエローベリーはそこそこ高価な果物です。ドラグヘイムでもあまり出回っていないはずでしたので、坊ちゃん達のお小遣い稼ぎとしても美味しいですね。それでは、1粒頂きます」

 バロンがイエローベリーを口に運ぶ。

「……これは?! 私が以前食べたものよりも、爽やかで深い甘みがあります。瑞々しさも段違いですね。……この品質だと、通常のイエローベリーの数倍以上の価値があると思います」

 そんなに高品質なものなのか……
 イエローベリーでお小遣い稼ぎをするのもいいのかもしれない。
 ぜひとも覚えておこう。

「そうなんだ……ありがとうバロン!」

「いえいえ。他には何か用事はあるのでしょうか?」

 バロンがそう言うと、リーチェが口を開く。

「イエローベリーの紅茶を頂こうと思ったのだけど……今は夕飯の準備をしているようだから、また夕飯後にでもお願いするわ」

「なるほど。お気遣いありがとうございます。それでは、夕飯後に紅茶を用意致しましょう」

「ええ。お願いするわ」

「ありがとうバロン。用事はそれだけだよ。このまま夕飯の邪魔するのも悪いし、僕たちはもう行くね」

「かしこまりました。では、夕飯ができましたらお呼びしますので、もうしばらくお待ちください」

 バロンはそう言って夕飯の準備へと戻った。
 僕達も食堂を後にする。

「あっ、リーチェ。甲板に行かない? 夕暮れの空も綺麗だと思うんだ」

「……あなたと一緒にロマンチックな景色を見るのも悪くないわね。行きましょうか」

 そう答えたリーチェの横顔は、少し赤く染まっていたようにも見えた。

▽▽▽

 僕たちは綺麗な景色を見ようと、甲板に向かった。
 甲板に出てそこで見た景色は……

 夜が近付いていること感じさせる暗い青のグラデーション。
 その暗い空の境界線を赤く染めている太陽。
 太陽が徐々に沈んでいくと、その代わりに光り輝く星がまた1つと顔を出していく。

「ふんっ! ふんっ!」

 そして、その絶景をバックに上半身裸で、槍を振って汗を流しているおっさんがいた。

「おっ? 2人も訓練か?」

 そのガタイのいいおっさんは、こちらを見てニカっと笑みを浮かべた。

「……どうしようかしら? 私、急に訓練したくなってきたわ」

 そう言ってリーチェは、アレスおじさんの方へと歩いていく。
 徐々に重い空気を発しながら……

「お、お嬢さん? どうしたんだい? そんな怖い顔をして……」

 アレスおじさんが後ろに下がるが、リーチェはゆっくりとその距離を詰めていく。
 そしてリーチェの周りに氷のレイピアが姿を現す。
 その数およそ7本。

「いえ、少し訓練をお手伝いしようと思いまして……」

 リーチェは宙に浮かんでいる氷のレイピアを1本だけ手に取る。
 その他の6本の氷のレイピアは、アレスおじさんへと切っ先を向け、リーチェの背後の追従している。

「い、いや。実は、おじさんはそろそろ終わろうかなと思っていたところなんだ……」

 アレスおじさんがそう言うも、リーチェは止まらない。

「いやぁ。残念だなぁ……はははっ……はは……」

「おじさま? いきますわよ」

「う、うわー! ルシエル助けてくれっ!」

 そうして、リーチェとアレスおじさんの訓練が始まる。
 しばらくしてアレスおじさんがボロボロになってぶっ転がされた後、なぜか僕の訓練が始まった。

 訓練という名の絶望が……

 その後、バロンが夕食を知らせにくるまで、この訓練は続いた。
 訓練が終わった頃には、大きな月と無数の星の光が姿を現していた。
 その月と星の輝きは、甲板に転がっている僕とアレスおじさんを優しく照らしているように感じられた。

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