私はもう忘れない

林檎

説得

「あれが...悪霊...」
  葵は動くことが出来なかった。目の前に映るものから目を話すことが出来なかった。
  さっきまで鳥居の前にいた女の子が姿を変えたのだ。片方の腕だけが大きくなっていたが、今は両手が変異し、顔も黒く覆われており口元には笑みを浮かべ楽しんでいるような表情をしている。
「まずいな...あいつ、鳥居の中に入るつもりだ」
「え?」
  悪霊少女は両手を鳥居に置き、無理やりこじ開けようとしている。鳥居はミシミシと音を立てて壊れるのも時間の問題になってきた。
「おい!ひとまず一旦退くぞ!このままじゃやられるのを待つだけだ!」
「え?あっ...」
  カズくんは葵の手を掴んで走り出した。後ろからは悲痛の叫びの様な声が葵の耳を震わせた。
  二人は神社の奥にある森の中で息を潜めていた。
「さて...どうするか...」
「なんで...あの子が...」
  葵は混乱してしまい頭が回らない状態だった。
「ひとまず、あいつに見つかるなよ。見つかったら終わりだ。」
  カズくんの言葉は葵には届いていなく、ずっと一人で呟いている。
「私のせいだ...私が...あの子を...私が助けなきゃ...助けなきゃ...私を...待ってる。」
  葵は神社の方へと歩みを進めた。それをカズくんが慌てて葵の腕をつかみ阻止した。
「何考えてんだお前は!!今行ったところで何も出来ねぇーよ!!」
「だめ...行かなきゃ...行って...助けてあげなきゃ...」
  葵の瞳からは光が消え意識もハッキリしていないように思えた。
(こいつ...さっきの悪霊の気にやられてる...それと同時に自分が何も出来なかったことから後悔と入り交じっちまってるのか?!)
「くそ...!とりあえずこいつを何とかしねぇーと!」
  意識のない葵を悪霊少女から離してやらないとと思い、もっと奥にと行こうと歩みを進めたら声が聞こえた。
「殺す...殺す...私が...私が...」
(まずい!)
  思っていた以上に早く悪霊少女が近づいてきていることに気づき、身を強ばらせてしまった。
  悪霊少女がカズくん達に気づきニヤリを笑った。そのあと、少しづつ近づいてきた。
(まずいまずいまずい。早く逃げねぇーと!でも、足が...動かねぇ...)
  カズくんが動けないでいると目の前に影が現れた。顔を上げてみると目の前には悪霊少女の顔があった。驚きすぎて動くことも声を出すことも出来なかった。
  悪霊少女の手が葵の方へと伸び捕まえようとした。だが、悪霊少女の手は空中を掴み止まった。
  後ろに後ずさった時に偶然あった木の根元に詰まっいて転んだのだ。そのおかげで捕まらずにすんだ。
(奇跡的によけれたが今の俺じゃどうすることも出来ねぇーぞ...どうすればいいんだ...)
  悪霊少女がまた葵に向かって手を伸ばした、今回は自力で避けることが出来た。
(こんなことを繰り返してても拉致があかねぇー...ひとまず一旦距離をとった方がいいだろ。足も動くようになったことだし)
  カズくんは森の奥の方へ走り出した。森の中は木々が沢山あり、大きい石や木の根っこも土からはみ出しており走りづらいが、カズくんはそんなことお構い無しに走り続けた。この状況をどうにか出来ないか考えながら。
  悪霊少女はあまり早くないらしくカズくんが本気で走れば付いてこられないようだ。だが、ずっと全力で走れるわけもなく木の陰に隠れ、足を休めた。
「クソ...どうすりゃいいんだよ...」
  カズくんがどうすればいいか考えながら走っている中、葵は何かが頭の中に入ってくる感じがあった。頭の中に椿ちゃんの記憶が流れ込んでいた。


「お母さん!お母さん!」
  葵の前には痩せこけえしまった女の人が力なく椅子に座っていた。その隣には椿ちゃんが何回も呼んでいる。
「お母さん!」
  触ろうとしても手がすり抜けてしまって触れない。
「おか......さん...」
  椿ちゃんは何度も何度も呼んでいるがお母さんは身動き一つしないで一点をずっと見続けていた。
「おかあ...さん」
  とうとう椿ちゃんは涙を流してその場にしゃがんでしまった。
  ずっと泣き続けていた。
  すると、葵の頭の中に椿ちゃんの言葉が流れ込んできた。
「ごめんなさい...ごめんなさい...約束...守れなくてごめんなさい...勝手に...公園を出てしまってごめんなさい...私は悪いから...悪い子だから...お母さん...笑ってくれない...ごめんなさい...ごめんなさい...」
「椿ちゃん...」
  葵がそう呟くと葵の目の前から椿ちゃんが消えてしまった。いるのは力なく椅子に座っているお母さんの姿だけだった。
  葵がお母さんに近づき目線の先に目を向けるとそこには小さい女の子が描いたであろう絵が飾られていた。
(違う...椿ちゃんは勘違いしてるんだ。自分が悪い子だからって...勘違いしてしまってる..)
  すると何も無いところから声が聞こえた。
「ごめんなさい...ごめんなさい...約束破って...ごめんなさい...待ってて...私、いい子になるから...いい子になって...くるから...だから...待ってて...あの人の体を...もらって...」
  そこから声が聞こえなくなった。
(あの人?...もしかして...)
  そう思った瞬間目の前が白くなって意識が遠のいていった。


「クソっ!......クソっ!」
  カズくんは走りながら思考を巡らせ何かこの状況を打破できる案がないかを考えていたが何も思いつかない。走っているせいで息は乱れ、思考も回らなくなってきた。
(逃げてるだけで精一杯かよ...!それに、あいつ途中から葵が捕まえられないと悟り俺をそのまま捕まえようとしてきやがる!ふざけてるぞ!)
  カズくんが悪霊少女と自分の距離を見るため後ろに目をやった。その時、下に大きな根っこが飛び出しているのに気がづかず引っかかってしまった。
「うわっ...」
  カズくんはとっさに葵の頭を守りそのまま倒れてしまった。
「いつつ...」
  カズくんが起き上がろうと手を下に置いたら、自分を呼ぶ声がしたから聞こえた。ハッとなり葵の方へと顔を向けたら、意識を取り戻した葵がカズくんを見ていた。
「おまえ...意識戻ったのか?!」
「う...うん...」
  カズくんは安心したように安堵の息をもらした。
「か...カズくん?」
  葵は今までの記憶があまりなくなにがあったか覚えていない。
  何があったかカズくんに聞こうと思ったら後ろから嫌な気配がして目を向けた。
  そこには口元に笑みを浮かべた悪霊少女がカズくんを見据えている。
「カズくん!後ろ!」
「え...?うわっ!!」
  間一髪、カズくんは悪霊少女の手を避けた。
「走ろう?走れる?!」
「...たりめぇーだろ!お前を抱えながら走るよりずっと楽だわ!」
  二人は一気に走り出した。
「でも、どこに走ればいいんだよ」
「私にいい案があるよ」
「本当か?!どんなだ?」
「でも、これはあることが条件なんだけど...」
「あること?なんだそれ?」
「多分...私じゃ無理だからカズくんにお願いする形になるんだけど...」
「まどろっこしいんだよ!早く言え!」
「...カズくんは普通の人に自分の姿を見せることって出来る??」
  カズくんは少し驚いたあと、小さく頷いた。


「カズくん!作戦は分かった?」
「分かったけどよ、お前は大丈夫なのか?」
  二人は少し悪霊少女と距離をとり木の影に隠れながら作戦の段取りを確認していた。
「大丈夫...って信じたい...」
「信じたいって...お前...」
「でも、やりきるよ。絶対に」
  葵は決意を決めたような表情をしている。カズくんはその表情を見て、言おうと思っていたことを途中で辞めた。何を言ってももうこれしかないとわかっていたからだ。
「とりあえず、最初の目的場所。公園に向かうぞ?」
「うん」
  二人は木陰から悪霊少女の場所を確認して回り込むように走った。悪霊少女はそれに気づき、また三人の追いかけっこが始まった。
  二人は森を出て、一直線に公園に向かった。
「場所は...大丈夫なの?」
  葵はカズくんに問いかけた。
「問題ない」
  カズくん前を向きながら答えた。すると、二人の前には二つに分かれた道が現れた。
「んじゃ、あとは頼むぞ!」
「こっちこそ!お願いします!」
  二人は別々の道へと走っていった。
  悪霊少女は吸い込まれるように葵の方を追いかけた。
「やった!」
  葵は一つ目の難関をクリアして少し安心した。が、大変なのはここからだと葵は思い気を抜かずに走り続けた。
  走り続けてどのくらい経ったのか分からないが葵は目的の公園をやっと認識することが出来た。夜近い時刻のせいか人の気配がない。だが、葵からしてみればその方が都合がいい。
(ここからが勝負!)
  葵は覚悟を決めて公園の中に入っていった。
  一瞬悪霊少女は動きを止めたがまた葵を捕まえるため動き出し公園の中へと入った。
  葵は公園の中心に行き、そこで足を止め悪霊少女へと体を向けた。
  悪霊少女はそんなこと気にもとめず葵の方へと向かっていく。
「椿ちゃん!この公園!覚えてない?お母さんと一緒にお団子!作ったよね?」
  葵がそう叫ぶと悪霊少女は動きを止めた。だが、表情などは変えずに葵からは目線を逸らさない。
「ここは椿ちゃんの思い出の場所でしょ??お母さんと一緒にお団子作って遊んで!!楽しかったよね?」
  葵は精一杯自分の思っていることを伝えようと今までにないほど大きな声で訴えた。
「お母さんを笑わせたい!!お母さんの笑った顔が見たい!それが椿ちゃんの夢なんでしょ?望んでいるんだよね??こんなことしててもお母さんは悲しむだけだよ!」
「こ......す...」
「...え?」
  悪霊少女が口を開いたと思った瞬間、大きな手が葵へと伸びた。葵は驚き後ろへと下がったがその時丁度足元に大きな石があり躓き転んでしまった。そのおかげで大きな手は葵を掴むことができなかった。
  葵は慌てて体制を整え悪霊少女から距離を置いた。
(動きを止めたから少しは記憶があるのかと思ったけど...ダメなのかな...)
  逃げながらも葵は椿ちゃんの心に届く言葉を探していた。
「椿ちゃん!!お母さんの笑顔が見たいんだよね?!だったらこんなことやめようよ!!こんなことしてもお母さんは笑えないよ!」
  悪霊少女は動きを止めずに葵を捕まえようと追いかける。
「椿ちゃん!!」
  悪霊少女に気をとられすぎて足元にあったものに気づかなく躓いてしまい転んだ。
「また...今度は何に...」
  起き上がろうとしたら足元のものが見えた。それと同時に大きな手が葵の体を掴んだ。
  葵は恐怖で声が出なかった。
  悪霊少女は笑みを浮かべながら葵を見ていた。
「あ...あ...」
  震えて声が出なくもうダメだと思った。
  すると、悪霊少女がふと地面に目を向けて固まった。
(な...なに?)
  葵も悪霊少女の目線の先を見た。そこには子供用のバケツのおもちゃが転がっていた。さっき、葵が躓いたのは玩具のバケツだった。
(...そっか...記憶はあまり無いけど少しは覚えてるところもあるんだ)
  葵は大きな手から逃れようと一生懸命体をよじるが抜け出すことが出来なかった。
(どうしたら...)
  考えていた葵の頭にはいつしかカズくんと話した会話を思い出した。


「私がトラックに引かれそうになった時、カズくん『俺を見ろ』って言ったでしょ?」
「おう...」
「それは、私はトラックに当たるって考えなければすり抜けるって思ってそう言ってくれたんだよね?」
「だったらなんだよ...」


  ーーーー。
(そうだ!)
  葵は悪霊少女から意識をそらすようにほかのことに集中した。
(悪霊少女の手だから通じるか分からないけどやるしかない!!)
  葵はバケツを見ることに集中した。でも、手からすり抜けることが出来ていない。
(もっと...もっと!)
  葵がバケツを見ることに意識を集中していると悪霊少女の手に先程より力が入り葵の体を握り潰そうとしていた。
「がっ...は」
  葵は悪霊少女がバケツから自分へと目線を戻したのを気づくことが出来なかった。
(しまった...油断した...)
  じょじょに力が入っていき息ができなくなってきた。
「くっ...つ...ばき...ちゃん!おねがい...おも...い...だして...おねがい...」
  葵は椿ちゃんに訴えるが届かなかったみたいだ。
「つば...き......ちゃん」
  意識が途絶えそうになり葵が目を閉じてしまいそうになった時、待ち望んだ声が聞こえた。
「葵!!!!」
  この声に葵はハッとなり体を動かし手から逃れようとした。その時、悪霊少女も外からの声に気を取られたのか手を緩めていた。その隙に葵は悪霊少女の手から逃れることが出来た。地面に落ち倒れてしまった。力がはいらなく起き上がろうとしても出来なかった。
  すると、葵は誰かに抱き抱えられた感覚があった。
「しっかりしろ!葵!葵!!」
  視界がぼやけていても誰が自分を呼んでいるのか分かった。
「待ってたよ。カズくん」

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