私はもう忘れない

林檎

質問

  外に出ると人がたくさん歩いている。
  みんな、半袖の服を着たり水を飲んだり、団扇で扇いだりと暑さを凌ごうとしている。

「あの、ちょっといい?」

  葵は、先ほど病室で気になったことを質問しようとカズくんに話しかけた。

「おー」

  こっちを見ないで一言だけ答えてくれた。

「私、さっき自分の体には触れることが出来なかったんだけど、ドアノブととかものには触れることが出来るんだよね...なんでかわかる?」
「ん〜...そうだなぁ〜...ちょっと待ってろ」

  カズくんは葵にそういった後、また胸ポケットから手帳を出して何かを確認している。

「それは、人にも触ろうと思えば触ることが出来る。物に触れるのは『これをこうしたい』って言う明確な理由があるからだな」
「理由?」
「あぁ〜、ドアノブに触れたのは『ドアを開ける』そういう風に考えていたからだ。実際何も考えてなかったら俺達は人どころかものにも触れないんだ。」

  手帳をまた閉まって前を向き、歩き出した。

「気になってたんだけど、その手帳って何?どんな手帳なの?」

  胸ポケットを指し聞いてみた。

「これか?これは聞いてきたことをメモしてるんだよ。」

(今まで聞いてきたこと?)

「そう言えばカズくんは私たちの存在について少し詳しいけど、この姿になってから長いの?」

  カズくんは少し考えて、手を首に回した。

「さぁ〜な、忘れた。」
「...そう」

  聞かれたくなかったのか、カズくんはそれ以上話してはくれなかった。


  街、公園、学校、森の中や住宅地など色々な所を回ったけど、二人共何も思い出せなかった。

「なんも思い出せなかったね...」
「...おー」

  公園のベンチに二人で座って少し休憩していると葵は不意に少し思ったことがあった。

「カズくんの体は傷が沢山あった?」
「なんでそんなことを聞くんだよ」
「...別に...私の体は傷だらけだったから」
「...お前の体が傷だらけってことは事故にあった可能性が高いな。」
「え?」
「なら、ちょっと車通りのある大きい道路を見てみたらどうだ?」

  カズくんは葵の質問スルーして提案をした。
  質問に答えてはくれないのかと訴えるように葵はカズくんの方を見た。

「...なんだよ...俺、また変な事言ったか?」
「...別に...そんなんじゃないよ。カズくんは頭いいんだねって思っただけ」
「頭?いや、これくらい普通だろ」
「そっか」

  葵は、さっきの質問はまた、カズくんが忘れた頃くらいにもう一回しようと考え立ち上がった。公園にあった付近の地図を見て、大きい道路があるところを確認した。

「んじゃ、行くか」
「うん」

  二人は公園を後にした。


「多分、ここら辺だよな?地図で見たのは」

  二人は、公園の地図で確認し記憶した通りの道を通ったが、周りを見回しても他のところと何も変わらない。
  人通りが多い普通の大通りだ。

「本当にここで人が事故ってたらまだ痕跡とか残ってると思ったんだけどなぁ〜」

  カズくんは少し困った顔で小さくため息をついている。

「...ここじゃないみたいだね」
「そうだな、事故があった後なのにこんなに人通りが多いわけがねぇーよな」
「うん」
「んじゃ!次に...」

  ぽたっ...ポチャ...

「あ...」

  ザー...

  上から大粒な雨が降ってきた。

「降ってきた」
「さっきまで天気が良かったのにな」

  周りの人はいきなりの雨に慌てて、店の中に入ったり、走って目的地のところへ走ったりと慌ただしくなった。
  葵は、あることに気がついた。

「私たちには『気温』って関係ないの?」
「あ?」

  カズくんの方に葵が顔を少し向けると、眉間に皺を寄せすごく機嫌が悪くなっていた。
  葵は、ちょっと躊躇ったがもう一回聞いてみることにした。

「...私たちには暑い、寒いっていう感覚はないのかなって思ったの」
「ねぇーよ」

(そっか...ないのか...)

  葵は、なら雨に濡れてもいいかと思っていたが、そうでもないようだ。

「ねぇーけど、このまま外にいるのもやばいな...どこかで雨宿りしないと」
「え...そうなの?」
「あたりめぇーだろ!ほら!行くぞ!」

  カズくんは葵の手を掴んだと思ったら急に走り出した。

「わっ?!ちょ!早い!」

  葵はカズくんの走りについて行くので精一杯だった。

「急がねぇーと濡れるぞ!」

  葵は少し不思議に思ったけどこれ以上考える余裕なんてなかった。

「ハァーハァ〜...」
「ハァ〜こ...ここなら...大丈夫だろ...」

  息を整わせながら葵は周りを見てみた。

「ここは...」

  少し古そうな神社の中だった。
  すごく静かで、雨の音と木の葉がこすれる音しかしない。

「ここに...ハァ...神社なんてあったんだ...」

  少し息は整ってきた葵は、思ったことを口にした。 

「俺がこんな状態になった時、誰かに教えてもらったんだよ。」
「...教えてもらった?」

  カズくんは壁に背中をつけ座っている。

「お前も座れ。立ってる必要ないだろ」
「う...うん...」

  葵は、場所を少し移動してカズくんの隣に座った

「それで、教えてもらったって?」
「あ?あぁ〜...誰かは忘れたが教えてもらった気がするんだよな...」
「...。誰だろうね」
「...さぁ〜な」

  二人の中に沈黙が訪れた。
  雨の音が少し落ち着く。

  (さっきまで慌ててたのにだいぶ落ち着いたな...)

  葵は、カズくんの方を見て気づいた。

「そう言えば、私はあまり濡れてないのに...なんでカズくんは結構濡れてるの...」
「ッるせぇー!!!ほっとけよ!!」

  葵が、最後まで言い終わる前にカズくんは怒鳴った。
  すごく不機嫌で一人でブツブツ文句を言っている。
  これ以上質問したら怒られそうと葵は思い、これ以上は質問しないようにしようと心の中で思った。

(でも、なんで私は濡れてないのにカズくんだけ...)

「くしゅ!」

  葵の隣から小さなくしゃみが聞こえた。
  カズくんは手で肌を擦り合わせながら身震いしてる。 

「寒いの?」
「あ?そりゃーな、雨に打たれたからな」
「...なんで雨に打たれたの?」
「...知らねぇー...」
「...。」

  今なら教えてくれるかと思って葵は質問したが一言で片付けられてしまった。でも、答えてくれないかなって少し期待してカズくんを見てみた。

「...見てんじゃねぇーよ!」
  目線だけを葵に向けて言った。
「あ、そうだ」
「あ?」
「寒いんだったらこうすればいいんじゃないかな」
「あ?...ちょ!おま!何やってん...」

  葵は、カズくんを少し前に押して隙間が空いたところに滑り込んだ。そして、カズくんの背中にくっついてみた。

「こうすれば寒くないんじゃないかなって思ったんだけど...」
「寒い、寒くねぇーの話じゃねぇーだろ!これは!!」
「ダメかな?」
「ダメに決まってんだろ!」
「そっか...」

(ダメなんだ...暖かくていいと思ったんだけど..)

  葵はカズくんから離れてさっきと同じところに座った。

「...クソ...こっちの気も知らないで...」
「何か言った??」
「何でもねえよ!」

  最初よりは大分落ち着いたが、まだイライラが完全には収まっていない様子。

(人に触られるのが嫌いなのかな?いや...私はもう人じゃないから...)

  葵がぐるぐる考えていると、隣から

「...寝なくて大丈夫なのかよ?」

  葵を、少し気にしてか、葵の方を横目で見ながら言った。

「...平気みたい、今は」
「そう言って明日倒れても知らねぇーからな」
「大丈夫」
「そうかよ...」

  会話がここで途切れ、そのあとの記憶がない。
  
気づいた時には朝になっていた。

「ふぁ〜...」
「大きいあくびだなお前」
「ごめんなさい」
「別にいいけどよ」

  葵はいつの間にか眠ってしまっていた。
  気づいた時はカズくんの肩で寝ていた。

「朝はごめんなさい、気づかなかった」
「別に気にしてねぇーよ」
「...そっか」

  話終わったあとは、昨日と同じように地図を確認して目星のところをあっちこっち行った。
  夜も、昨日と同じ神社で朝を待った。
こんな同じ日を何週間か過ごしていた。

ーーあの日から三週間

「...手がかりがなかなか掴めないね...」
「掴めねぇーどころか...全くもって思い当たる節が見つからねぇー...」

  葵達は公園のベンチに座ってぼ〜っとしながら公園で遊んでいる子供たちを眺めていた。

「つーか、こんだけ探しても俺達の記憶は何も思い出さねぇー...」
「そうね...」
「もしかしたら、記憶を思い出すって間違ってんじゃねぇーか?」
「それは...ない...とも言いきれないけど...他に何かある?戻れる方法」
「ん〜...」

  カズくんが上に顔を上げ少し考えた。だが、何も思いつかなかった。

「...ねぇーな」
「でしょうね、あまり期待していなかったので問題ありませんけど」
「おい...お前最近俺に当たりきつくねぇーか?」

  少し引き攣らせながら葵の方へ顔を向けた。

「そんなことないよ」

  葵は笑顔で返した。

「腹立つな...」
「そう言わないでください」
「敬語やめろ...」

  こんなくだらない話をしていた時、
子供が遊んでいたボールが道路の方へ行ってしまった。

「あの子ボール遊びが好きなのかな?さっきからボールを離してない」
「そうだなっ...」

  カズくんは道路の方を見て固まっていた。

「どうしたのかずくっ...」 

  葵が道路の方に目をやると、ボールを取りに行こうとしている子供の先には大きなトラックが来ていた。

「危ない!!」

  咄嗟に体が動いた。

「おい!待て!俺たちじゃ助けられねぇーよ!」
「待って!!」

  葵は咄嗟に子供に捕まろうとしたけどすり抜けてしまう。

「お願い!待って!!」

  何回も掴もうとしたけどダメだった。
  子供が道路に出てしまいトラックとぶつかってしまいそうになった。
  その時、葵の頭の中をなにかの光景がよぎった。

(な...何?この光景...どこかで見たことが...)

「触ることを意識しろ!!」

ーーハッ!

  この子供を触る。
  葵はそれだけを頭で考えた。
  トラックとぶつかる少し前に子供には触れることが出来た。

 「やった!」

  と思った瞬間、もうトラックが自分の目の前まで来ていた。

(避けきれない!)

  子供を抱き寄せ目を閉じた。
  すると後ろから声が聞こえた。

「葵!俺を見ることを意識しろ!!」

  その言葉を瞬時に理解した葵は子供をぎゅっと抱きながらカズくんだけを見ることに意識を集中した。
  いつの間にかトラックは葵と子供をすり抜けていた。
  葵は一気に力が抜け、立つことが出来なかった。

「大丈夫か?」

  葵が上を見るとカズくんが手を差し出してくれていた。

「うん...ありがとう」

  葵はカズくんの手を借りてやっと立つことが出来た。

「ありがとう」
「二回も言わなくてもいい」
「えへへ」

  葵は気が抜けて笑いしか出てこなかった。

「あと、さっきからその子の親が探してるんだけど?」
「え?あ...」

  足元を確認するさっきの子供が葵の足にしがみついている。
  今にも泣き出しそうだ。
  葵は子供と目線を合わせて安心させるように伝えた。

「もう大丈夫だよ。ほら、お母さんのところに戻りなさい?」

  頭を撫でながらお母さんの方へと指を指した。

「うん!!お姉ちゃんとお兄ちゃんありがとう!!」

  満面な笑みでお礼を言ってくれたあと、お母さんのところへと走り去っていった。
  お母さんは自分の子供を見つけて名前を呼び抱きしめていた。

「助かってよかったな」
「うん」

  葵は、本当に助かってよかったと心の中で安心した。
  あんな小さい子が命を落とすなんて絶対に譲れないと思ってた。

「んじゃ、行くぞ。ここにはもう要はねぇー」
「そうだね」

  葵達は公園を後にした。

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