支配してもいいですか?
後始末
「なんだなんだ! 何が起きた」
「キャャーー」
「ど、どうした、うわぁ」
住宅地は混沌に満ちていた。
俺は隠れながらその様子を見ていて、その元凶であるルシファーは頭を押さえて蹲っている。まぁ、頭を押さえているのは俺の鉄拳制裁を受けたからなんだが。
【痛いであろう。折角余が固有魔法の使い方を教えてやったと言うのに……】
ルシファーはそう言ってしょぼくれてしまった。余が折角、余がと砂弄りを始め出すルシファーに俺は頭を撫でて慰める。
「いや、俺も殴って悪かった。それでこのアビスワールドだっけか? それはいつ空き地に戻るんだ? 戻せなければ、いつまでもこうやって隠れてなければならないんだが」
【む? そんなものすぐ戻せるぞ? 戻すか?】
「ああ、頼む」
そんな簡単に出来るならば、混乱が広がる前にやって欲しかった。そう思わなくもないが、仕方ない。
部下の失態は上司の責任。俺が新たに覚えた闇魔法を行使して、今の出来事を有耶無耶にしてしまおう。
【部下ではないぞ!】
ルシファーのツッコミはスルーし、俺は闇魔法の行使に尽力する。まだ使い慣れてないため、いちいちツッコミに付き合う暇などないのだ。
何故そんなにも苦戦を強いられるのかと言うと、今俺が使おうとしている魔法はとても曖昧なものなのだ。俺が今、使おうとしてる魔法は相手の意識を闇をもって塗り潰すというものである。
まぁ、分かりやすく言うと、相手の意識を断ち切る魔法だ。
そんな事が可能なのかって? その問いには、可能ではあると答えておこう。というのも、魔法というのは結局のところ術者のイメージ、知識、魔力の3つの三大要素が魔法の強さや正確性に直結する。持論だが……。
なお、イメージだけが強くても知識が欠けていたら、魔法は暴走するし、逆もまた然りだ。もちろん、知識があっても魔力の量が適切ではなければ同じ事が起きるし、魔力の量が適切でもイメージが足りなければ魔法は発動しない。つまり、三竦みとまでは言わないが、それぞれの要素が釣り合わなければ魔法というのは使用する事も出来ないのだ。
この理論が正しいとすると、逆に言えば豊富なイメージと知識、魔力の精密な操作を行う事が出来ればある程度の事は出来てしまうのではないか? と思い構築したのが現在、俺が使用しようとしている魔法なのである。
始めは意識を塗り潰すような墨汁をイメージし、次に人の大脳に付随する前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉などの大脳新皮質と呼ばれる五感を司る部分の位置など働きなどの知識を活用し、最後に魔力は少しずつ増大させていき適量になるまで調節する。さすれば、相手の意識を断ち切る事も可能になると言う事だ。……あくまでも理論上だが。
【誰に話しかけているのだ? 主様よ】
いや、俺もよく分からない。何故か語り口調になってしまうんだ。
それはさて置き、騒ぎがもっと広がる前に魔法を使うか。
俺は不要な情報を頭から追い出し、全ての意識を魔法に集中させた。手繰るように魔力を操り、小さな隙間を縫うように魔法を構築し、染めるように周りの人の思考を停止させる。
「強制停止」
その一声により、騒然としていた住宅地は闇より深く静まり返った。この住宅地に響く唯一の音は俺の荒い息遣いだけだ。……その筈だった。
はぁはぁ、上手くいった。よしこれでーー
「ツメが甘いですよ人族の少年」
俺が安堵の息を吐いた瞬間、誰かが俺の耳元で囁いた。
俺は言い知れぬ寒気を感じ、声のした方に影刃を全力で放つ。
幾重にも標的に襲い掛かる硬質化した影の刃。どこの誰だか知らないが、この攻撃から逃げ切れる訳がない。
ズバッと無数もの影の刃に何かを捉えた感触があった。
よし、流石にこれで死んだだろう。
「だから、甘いと言っているでしょう」
何!?
背後から響く声。
振り向きざまに剣を薙ぐがそこには誰もいない。
王都内の住宅地ではただ一陣の風がサッと吹くだけだった。
♢
ここは王都内にあるとある屋敷。
「やれやれ……団長はどこに言ったんだか」
「どうせ、そこら辺ほっつき歩いているんでしょ。きっと」
ガチャ
「お、帰って来た。はぁ、団長! 急に居なくなるとはやめろって何度言えば……」
「えっ、フィークさん! 何ですかその切り傷! 信じられない。私、フィークさんが血を流しているの始めて見るかも」
屋敷内にいた2人が、入って来たフィークの傷を見て驚きの声を上げる。フィークの傷は浅く、普通の人が見ればただの切り傷である。しかし、屋敷内の2人の反応は過剰のようにも思える。
「ヒヒ、大丈夫ですよグレス、リセ。この程度の怪我のうちにも入りませんから」
「だけど! どこでそんな傷を負って来たんだよ団長!」
「そう言えば先程、王都西区の住宅地で何か騒動が起きていたようですが、まさか王国騎士団と一戦交えたのですか? 無茶ですよ。このグリシャ王国には会合に参加する猛者共がたくさんいるんですから。いくらフィークさんと言えど、Sランク冒険者の『天剣』やサンラエル聖国の神聖騎士団団長である『剣聖』、それにロムル帝国の『姫騎士』、フォールズ王国の『圧殺の魔女』等に囲まれたら死んでしまいます」
グレスとリセの説教にフィークは笑みをこぼし、丁寧に返答する。
「確かに先程の騒動で負った傷ですが、王国騎士団やその他の勢力とも争っていませんよ。……私に傷を負わせたのは……黒いフードを被った人族の少年です」
「「なっ」」
「おいおい、団長。それはいつものジョークのつもりか? 流石の俺らもこればかりは騙されないぜ。なぁ、リセ?」
「……そ、そうよね! 私だって流石に騙されないわ! だって、スレイブ軍第2師団団長のフィークさんがそこら辺にいる人族の小童に傷を負わさせられたなんて……信じろって方が逆に無理な話よね」
「まぁ、そうですよねぇ。私自身ですら未だに信じられないのですから」
老人特有の嗄れた声を震わせて呟くフィークは2度3度と己の負った傷をさする。
(いつぶりですかねぇ? 己に迫る死の恐怖を感じのは。何故か分かりませんがあの少年からは魔王様と同じ雰囲気を感じましたし。色々と不明な点が多いですが、これだけは言えます。絶対にあの少年とは敵対してはいけないと。ってもう遅いかもですけどねぇ〜。ヒヒヒヒ)
♢
クソッ、逃した。
【いや、今のは此方が命拾いしたのではないのか? 恐らく今の敵は魔族。まだ主様では勝てんよ】
いや、あれは全力なら倒せた…………。
【む? 充分全力だったではないか。まぁ良い、過去を悔いるよりも、この影刃の残骸を片付けた方が良かろう】
…………そうだな。
少し間を置いたあと俺は硬質化した影を軟化させる。
ぴょこん。
ん?
ぴょこぴょこ。
流動する影から何かが這い出て来た。
【主様よ。余は幻でも見ているのだろうか? 影の中から漆黒の兎が出て来たのだが】
いや、多分これは現実だルシファー。俺の目の前にも愛らしい姿をした兎が見えるからな。
目の前で起きた予期せぬ事態に俺達は困惑する。それもそのはずだ。何故なら、生物など生息できる筈のない深く暗い影の底から、影とは全く無縁の生物が出現したのだ。その光景を見たら誰だって夢か幻とでも思うだろう。
まぁでもこの兎も魔物のようだし、殺すか。
【む? いや待て主様よ。これは魔物ではなく精霊だ。それも……恐らく主様の眷属のようだ。それ、見てみよ主様よ。此奴は余と主様が契約を交わす直前に倒した兎のようだぞ?】
よく見れば確かにあの時の兎だな。眷属? それは何だ? 僕や奴隷みたいなものなのか?
【少し違うが、まぁそういう解釈でも構わない。ふむ、どちらかといえば部下や召使いくらいの感覚だな】
そうか……いやいや、眷属なんて募集した覚えはないんだがな。
俺はルシファーの言葉に半信半疑で目の前にぴょこんと座る兎を鑑定する。
《名前》   無し
《名称》   シャドウフェアリー
《種族》   下級精霊(闇)
《レベル》   34
《状態》   眷属
《魔法》   精霊魔法(闇)
《スキル》   影移動lv2・影操作lv1・潜伏lv3・暗視lv2・回避lv6・逃げ足lv4・魔力操作lv4・恐怖耐性lv3
《固有スキル》   変幻自在
《種族スキル》   星読み
《加護》  月詠の加護
《称号》   月下の兎・カムイの眷属・影の主・トリックスター・先を見通す者・深淵に堕ちし者
スキルポイント・3400
あれ? おかしいな? 状態が眷属ってなってるぞ?
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