支配してもいいですか?
兆し
「ーーここが王都の冒険者ギルドね!」
「凄いですね。レグルスのとは比べ物にならないくらい立派な建物ですね」
先程までの陰鬱さは何処へやら、転生者2人組は王都の冒険者ギルドを間近にはしゃいでいる。
いやまぁ、まだそれだけならば良かった。しかし、幸か不幸か2人共容姿が整っているため、否応にも周囲の目を惹きつける。
そのせいで、2人の側にいる俺も必然的に目立ってしまう。やはり、全身黒尽くめのフード男は不気味に思われているのだろう。俺とすれ違った人達はみんな俺を訝しむような目で見てくる。
最初は少し不快だったが、何人何十人と同じ事をされれば慣れる。つまり、そこまで気にしてはいない。
そう言えば、レグルスの時はあんまり気にされなかったのだが……何か違いがあるのだろうか? うーん? 考えられるとしたら田舎と都会の差的なものだろうか?
レグルスと王都の違いに自問自答していると、冒険者ギルドの中がどうも騒がしい事に気づく。俺はまた転生者2人組がやらかしたと思い、愚痴を漏らす。
「……まじかよ」
「ん? 何が?」
「どうしたんですか? いきなり……プッ」
ん? 声のした方へ視線を向けるとキョトンと不思議そうな顔をしたカレンと、馬鹿にしているのか、疑問を呈してるのか微妙なラインを攻めながら俺を嘲笑してくるリンタの姿があった。てか、リンタの奴笑い声漏れてるし。
ここでリンタにくってかかるのもなんか癪なので、偶然を装いリンタの足を踏む。
【相変わらず小さい男だな……お前は】
無邪気と言ってくれ。
ルシファーの言葉に対しそう念じて見たが、やれやれとしか返って来なかった。俺の言葉に納得してないようだ。まぁ、仕方ない。人にはそれぞれ価値観というものがあるからな。
「何だとガキィ!」
またも下らない事を考えていると大きな音が聞こえ、思考を外界にシフトする。
ああ、そういえばギルド内で騒動が起きてるんだっけか? まぁ、俺達には関係ないからわざわざ関わりに行くこともないだろう。
そう思った俺は転生者2人組を呼ぼうと辺りを見渡す。
ーーが、どこを見ても2人の姿がない。まさか……そう、嫌な考えが頭をよぎる。
そんな中、近くにいる冒険者達の話が聞こえてきた。
「ーーギルド内で何が起こってるんだ? どうもトラブルが起きてるらしいが」
「なんでも、割りのいい仕事をどっちが先に取ったかで揉めてるらしいぞ?」
「はぁ、下らないわねぇ。どうせ新人の冒険者達でしょ?」
ーーという事らしい。
もしかして、それにリンタとカレンが関与しているのだろうか? リンタはともかくカレンは強情だからな。
「…………はぁ」
俺は嘆息すると、トラブルの中心にいるであろう2人を諌めに行く。当然、その足取りは重い。だが、このまま放っておけば尚更のこと状況が悪くなる……気がするため渋々ながら冒険者ギルドの戸を開く。
「ーーーーれは、俺たちが先に見つけたんだよ! そうだよな! レンジ!」
「ああ! だからそのクエスト依頼の紙を返せよ! オッサン」
「ふ、2人共落ち着ぃ……て、えっと……その、喧嘩は、その……よくないと思うから」
「「でもよぉ!」」
3人パーティだろうか? 一番最初に発言したやつは黒髪に少し毛先を遊ばせたような感じの青年で、レンジと呼ばれた男も茶髪で少しチャラめの雰囲気だ。
オドオドとしてる女の子は黒髪にボブカットで綺麗というよりは可愛い系の子だ。黒髪率が高い事から転生者なのかも知れない。
一方、その3人と睨み合っているのが、筋肉の塊としか言えない男3人。そのリーダーらしき男は顔に傷があり、常人とは思えないほどの鋭い目、加えてスキンヘッドときた。流石の3人も男の迫力に圧倒され、ボブカットの女の子なんて目が潤んできている。
まさに一触即発。そんな空気がギルド内に流れる。そんな中、6人の間を割って入った2つの影が見えた。俺はその2人を視認した瞬間、やはりかと項垂れる。
「どちらも矛を収めなさい!」
そう、その2つの影とは言わずもがなカレンとリンタだった。予想通りすぎる展開にまたも俺は嘆息する。しかしここで俺が出て行っても何も変わらないので、とりあえずこの諍いの行く末まで静観する事にした。
ーー10分後ーー
「ああ? このアマァ舐めてんのか?」
静観してること10分、事態はさらに悪化した。何でこうなったんだろう? 俺は不思議でしょうがなかった。あの2人は人の争いの諌め方を知らないのだろうか? 
そんな疑問を抱いたが、それを考える暇は無かった。なぜなら、強面3人組がカレンとリンタに向かって武器を構え始めたからだ。
周りの冒険者も彼らの行動に驚愕している。しかし、この場所には彼らに勝てる人材はいないのか、みんな目を伏せ申し訳なさそうにしているだけで、誰一人彼らの愚行を止めようとしない。
あまり目立ちたくないんだけどな。
心の中でそんな愚痴を漏らしながらも、俺はトラブルの渦中へと入っていく。
「……ちょっと待った。その依頼書をお前達に渡そう。だから、ここは武器を収めてくれ」
俺の提案にギルド内が騒然とする。
「ちょっと何でよ! カムイ」
「はっ、フードの坊主は話が分かるみたいじゃねぇか。じゃあ、お言葉に甘えて依頼書を貰ってくぜ? 」
男達はそう言うとギャハハと下品な笑い声をあげてギルドを出て行った。すると、先程までの緊迫した空気が霧散し、ホッと無でをなでおろす人も少なくない。
おそらく心配してくれていたのだろう。有難い話だが、心配するくらいならこの騒動を止めて欲しいものである。
そんな事を思っていると、複数の責めるような視線が俺に突き刺さる。その視線の主はもちろん、カレンとリンタなのだが。
「……何であの依頼書を彼らに渡したんですかカムイさん。あの程度の人達、僕だけでも倒せたのに」
リンタが俺の行動に対し、愚痴とも取れるような疑問を呈してくる。その隣にいるカレンも不満です、とばかりに唇を尖らせている。その所為か、釣られて騒動の発端になった3人組の内のボブカットの女の子以外の2人も俺に怒りを感じているらしい。
「……悪いな、あいつらの顔が怖かったもんで」
そう言って俺はすぐにギルドを後にする。
【嘘をつけ……はぁ、不器用にも程があるな我が主様は。どうせあの2人の身を案じての事だろう? あの小僧は勝つつもりであったようだが、対魔物戦闘と対人戦闘では、話が違う。恐らくは……いや、確実に負けていただろうな】
皆まで言うな。そういうのは、言わぬが花って言うだろう? 理解されないことなんて良くあることだし、そこに寂しさも虚しさも存在しない。
【主様は嘘つきだが……それ以上に優しいのだな】
俺はそんなんじゃないさ。
♢
ギルドを後にして、しばらくたった頃ーー
ーーん? そう言えば何で冒険者ギルドに言ったんだっけ?
【宿を紹介してもらうためであろう?】
あっ、そういえばそうだった。
どうしようか?
【余に聞かれてもな】
「ハハハ」
【何を笑うておる。とうとう頭がおかしくなってしまったのか?】
「いやっ、ぷっハハハ」
何だろう? 唐突に笑いが込み上げて来て止まらない。俺の心の中ではルシファーが俺を気遣うように声をかけてくる。
ーーああそうか、今回は1人じゃないからか。
俺は久し振りに感じる喜びに浸りながら王都の道を歩く。俺達は現在地がどこか分からなくとも不思議と不安は感じない。
それどころか心が暖かいのは俺の気のせいだろうか?
その問いの答えは帰ってこない……おそらく永久に。
帰ってくるとしたら、それはーーーー
♢
時を同じくしてーー
ーーここはとある王城。その中の王の間と呼ばれる部屋に2つの影があった。
「今度の会議は、誰が来る?」
王の椅子に腰を下ろした男は荘厳な雰囲気を醸し出して、威厳溢れる言葉を発する。一方、問いかけられたもう1人の臣下はこうべを垂れ、質問された内容に対して言いづらそうに答えた。
「……えっ〜と、ギレム様とロウガ様、そしてーー」
「ーーよい。どうせレルリスや【怠惰】、【憤怒】も来ないんだろ? それと、【色欲】の奴も来ないか」
男は報告中に割って入り臣下の言葉を制す。しかし、臣下は主人である男の言葉を否定し、おずおずと発言する。
「……それが、【色欲】様はくるらしいです。」
「なに? あの【色欲】が来るだと? ……何が目的だ? まぁ、良い。この魔王スレイブのショーを見せてやる。他の魔王共が驚き平伏する姿を想像すると楽しみで仕方がないわ! ガハハハ」
場所は魔王領スレイブ。王の名を刻むその地に地鳴りのように轟く笑い声が響いた。
♢
勇者召喚を機に魔王達の間でも変化が起こり始めていた。
勇者はグリシャ王国の『会合』へ、魔王はどことも知らぬ場所での『魔王会議』へと。
そして、世界は戦乱の時代へと道を歩み始める。
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