チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜

キズミ ズミ

三章 20話 『キーキャラクター』





「ぇ・・・?いや、きみ、どこから・・・?」

 突如として現れたドレス姿の少女に、マドリは目一杯の疑問をーーーぶつけられなかった。

 何しろ敵の面前、それも眼前には停止してるとはいえ恐るべきドラゴンの業火が控えているのだ。

 虚脱したマドリと対照的に、ドレス姿の少女はひどく自信ありげな笑みを浮かべ、口角を上げていた。

「この火花・・、お返ししますわ。『黒花静笑スノードロップ』」

 途端、空中で停止したままだった業火が進行方向を真反対に変えて、威力そのままベンガドラムへと直撃した。

「ズオォオォォォ・・・・・・ッ!!?」

 ベンガドラムに小さくない当惑が奔る。攻撃の反射、それ自体は珍しくもない。ただし、伝説の竜の息吹ブレスを跳ね返した人間が、この世に何人いる・・・?

 自らの業火で溶けた鱗は既に再生していた。とは言えーーー「『哀花賛称モンクシュット』」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

「・・・・・・・・・・・・ーーーーーーーー」

「アルルは爬虫類と見つめ合う趣味はありませんの。先手、うたせてもらいましたわ」

 ベンガドラムは微動だにしない。それは睨み合いとか、膠着こうちゃく状態とか、沈思黙考とか、そんな次元じゃない。

 ーーー文字通りの、『停止』が、ベンガドラムを取り巻いた。

「ど、どうなったの・・・?」

「アルルの能力で『停止』させましたの。まぁ、オブジェとしても美しくありませんけれどね」


 ーーーバァンッッッ!!!


 ドレス姿の少女は『停止』したベンガドラムを赤と青の双眸で見据えると、突如ベンガドラムの身体は内側から爆裂した。

「ーーーはい、終わりですの。ところで、あちらの方で消し炭になっている方はーーー」

「・・・・・・・・・ッ!!『リカバリー』!!」

 余りにも呆気ないベンガドラムの敗北を見届けるや否や、マドリはミキオの方に駆け寄った。

 湧き上がる疑問の全てを後回しにして、マドリの思考を埋め尽くしていたのはミキオの回復、それだけだ。

 指先から迸るエメラルドの光はミキオの全身を包み込み、数瞬後、マドリを予定調和的に絶望させた。

「『リカバリー』!『リカバリー』!『リカバリー』!・・・『リカ・・・バーーー」

 全魔力、全神経、全才能を一切合切ひっくるめて、マドリは己の持つ最上級の回復魔法をかけ続けた。

 上級回復魔法『リカバリー』。それは本来、失った四肢すら再生する程の効力を持っている。

 その絶大な効力に比し、同じく絶大な魔力消費量を誇る。魔法の天才たるマドリの膨大な魔力でも1日に数回が限度の大魔法だ。

 それなのにーーー。

「なんでッ・・・!?治ってッ!治ってッ!治っ・・・!う、うぅああぁぁぁ・・・・・・!!」

 ミキオは、もはや生きているのか死んでいるのかも分からない。いや、どう見ても死んでいる。むしろ先ほど動いていたのが奇跡でしかなかった。

「いやだ、死なないで・・・!そんなになって、守ってくれてたんでしょ・・・!?それなのに、ワタシは何にも出来ないなんて・・・!!!」

 黒炭に、魔力を注ぎ続ける。しかし代わり映えしない。黒はずっと黒く、マドリの無力さを何処までも突き付けるようだった。

「あの、よろしいですの?マドリさん」

 ドレス姿の少女は、どこか遠慮がちにマドリの肩を叩いた。

「うるさいっ!邪魔しないで!!魔法をやめたらミキオが死んじゃう!!」

 マドリは半狂乱になって、滂沱の涙と汗を流しながら白銀のツインテールを揺らした。

「その方、まだ生きていますし、アルルの力で生命活動を維持する事も出来ます」

「・・・ぇ?ミキオ、生きてるの・・・・・・?」

 魔法をかけつつも、マドリは心の底では分かっていた。ミキオが既に死んでいるとばかり、思っていた。

「その方の体に巻きついている鎖、それはその方の天稟でしょう?それがまだ消えていないのならば、生きている証拠ですの」

「アルルの力は事象を『停止』させることができる能力ですわ。回復こそ出来ませんが、その方をそのままの状態で連れて行くことが出来ますの」

「連れて行くって・・・どこに・・・?」

縁田えにしだの所へ、ですわ」



ーーーーーーーーーー


 場面は変わって、ミツキサイド。


「ーーー安倍ミツキ、俺はお前を知っている。クラウゼリアに聞いて来た。そして似顔絵と顔が一致しーーー・・・」

 唐突に現れてその異彩を存分にはなっている白スーツの中年男、縁田えにしだは、ドロリと濁った黒瞳でミツキをみるや、言葉を詰まらせた。

「うん・・・?似て、いるか・・・・・・?」

 手袋をつけた指でつまむように持っている一枚の紙とミツキとを見比べて、縁田はどこか逡巡しているようだ。

「・・・・・・ボクは、確かに安倍ミツキです」

「ん、そうか。ならまぁいい」

「ーーーーーーーーーー」

「ーーーーーーーーーー」

 ・・・・・・・・・重苦しい沈黙が流れる。無論、ミツキには聞きたい事が山ほどあるが、それをじっくりと聞く時間はどうやら少ないようだ。

 なぜならーーー。

「ミツキーーーーーーーッッ!!!」

 割れんばかりの大声で、遠いところからソプラノ声が響いてきた。

「マドリ、と、・・・・・・あぁ、やっぱりーーー」

 発声源を見据えると、見知らぬ蒼色のドラゴンに乗った、見知った顔のマドリが見えた。ミツキはわずかに苦々しく顔をしかめた。

 蒼色のドラゴンから飛び降りたマドリと、ドレス姿の少女。見知らぬ少女の小脇には、黒々とした物体があった。

「縁田。この方、最重要保護対象のニンゲンですわ。治してもらえますの?」

 ドレス姿の少女は縁田に対して、僅かに尖った語調で要求した。

「ふん、断る」

「はぁ!?縁田あなた、お姉さまのご命令ですわよ!?あなたに拒否権は無いんですの、早く治しなさい」

 にべもなく拒絶されたドレス姿の少女は面食らい、縁田に食ってかかった。

「俺はクラウゼリアにまつろうたつもりは無い。今回出向いたのは生き返らせてもらった分の借りを返しただけだ」

「あ、あなたって人は・・・!!ただでさえニンゲンが嫌いなアルルですがこれ以上嫌いになりそうですわ・・・!!」

「俺もニンゲンは嫌いだぜ。なんだ、気があうじゃないか、アホメイド」

「むっきーーーーーっっっ!!!誰がアホメイドですか!この、えーと、ニンゲン!!ニンゲンニンゲンニンゲンっ!!!」

 けたたましく、少女と白スーツが繰り広げているレベル低めの口論は、しかし白銀のツインテールによって中断させられた。

「あ、あの、縁田、さん」

「・・・お前、知っている顔だ。鏡山マドリ、お前はーーー」

「お願いします。ミキオを、どうか助けて下さい」

 縁田は口ごもった。眼前の、頭を下げ、懇願している少女にある種の特異性を見定めたのだ。

「縁田、分かったでしょう?あなたがお姉さまの言いつけを破るのは勝手ですわ。ですがこの子、マドリさんはアルルたちにとってーーー」

「ああ、いい。分かったよ、どうにも、ちくしょう」

 縁田は頭をガリガリ搔きむしり、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

「ーーー『ホタル』ども。出てこい」

 縁田は重々しく唇を開いて、不可視のナニカに呼びかけた。

 真昼の明るさを上回る煌めきでその場のあちこちから現れたまばゆい燐光は、緑の光ーーー回復の魔力、その権化。

 緑の光粒はちょろちょろと縁田の周りを飛び回ると、光の尾を引いて黒い物質に、ミキオに、そしてその近くで倒れている、ゴロードさん達の方にも。

「あっ!ゴロードさん達!す、すごい怪我してる!?」

「チッ、あの黒コゲだけでいいんだが・・・。回復精霊の性か」

 縁田は緑の光粒を見届けるとひょろりと長い腕をミキオに突き出すように動かした。
 
「『暗黒色にして同一色ならしむる汝は、大地より持ち上げられたり。いみじくこれを完成せよ。再び色を整えよ』」

 モゴモゴとした文言。回復魔法使いのマドリには、それが呪文詠唱であることはすぐ分かった。

「これ・・・・・・やっぱり精霊術だよね・・・。それに、縁田えにしだって名前、どこかで聞いた気が・・・?」

 マドリには違和感があった。それはドレス姿の少女、いや、アルルメルルの『静止』の能力。縁田の精霊術。

 もっと言えばその見た目までもが、マドリの記憶に、鮮明に残っているのだ。無論、以前会ったことはまず無い。それなのにーーーーーまるで最近どこかでその姿を見たような・・・・・・・・・・・・・・・ーーー?

「・・・・・・どうせ『ホタル』どもが治癒している間、聞かれる事だ。先に答えといてやろう」

 マドリが自問している最中、縁田はへの字に曲がった口元をモゴリと動かした。

「ちょっ、縁田!?アルルたちの正体の事、バラしちゃっていいんですの!?」

「知らん、だが遅かれ早かれ知ることになる。だとしたらあのキャラ被り・・・・・・・に紹介されるのは御免だ」

「・・・っ!それは、そうですけど・・・」

 縁田とアルルメルルの口論の渦中、マドリは何一つ分からないと言った様子で立ち尽くしていた。
 
「改めて自己紹介だ。まぁお前達は俺やこのアホメイドの事なんて、それこそ俺達よりも知っていると思うがーーー」

「俺の名はえにしと云う。小説、『来訪者たち』の主人公らしい」

「アルルの名はアルルメルルですわ。小説、『勇者ばっかり』にて、魔王軍四天王の一角ですの」

「・・・・・・っっ!!!?ぇ、いや、知ってる、知ってるっていうかーーー」

 マドリは知っていた。彼らの存在を、偉業を、生来を、読んだ事があるから・・・・・・・・・。道中、馬車の中で。

「俺たちは作品の中から召喚された。いわゆるーーー架空の世界のキーキャラクターだ」

 







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