チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜
三章 17話 『ドラゴンファイト』
ーーー時間はベンハーがベンガドラムと相対している頃まで遡る。
伸ばした鎖を前方の虚空にくっつけ、巻き取る。
結構な推進力で空を駆けるオレは、額に脂汗をにじませ、青い顔でブツブツと1人呟いていた。
「下見たらヤバい、下見たらヤバい、下見たらヤバいーーー」
今はやけに空が近くに感じる。風だって普段より随分と強く、さっきから何度、脇に抱いたマドリを落としそうになった事か。
いや、実際、空は近いし、風は強い。有り体に言って、オレは今、高度数十メートルの空中に居た。
「もう大体ベンガドラムから10Km近く離れた・・・けど、やっぱあの竜すげぇんだな。こんなトコまで殺気って言うか存在感が届いてる」
高い所が怖い性分ではないが、流石にこの高度を立体起動するのは恐ろしい。
だけど、それでもオレが空を駆けるのは、ひとえにあの破滅竜の威圧感故だ。
それはもう、もの凄い。大分距離をとったのに、まるですぐ後ろにいる様な感覚だ。すぐ後ろで、舌なめずりの音すら聞こえる気がする。
『グジュル・・・・・・!!』
「ん・・・?舌なめずり?」
マジで聞こえた様な気がした。それは舌なめずりとは言えない様な、おぞましい音だったが、確かに幻聴ではない。
背中に冷たいナニカがゾワリと這い回った。ふと、首を巡らせる。
背後を完全に視認するまでの間、オレは心の中で必死に自分を言い聞かせていた。
ーーー何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何もいないーーー。
ーーーいた。
「ハ・・・ッ!ハ・・・ッ!ハ・・・ッ!ハ・・・ッ!ハ・・・ッ!」
「なんで・・・アイツは、ミツキたちが足止めして・・・・・・!?」
夜空を閉じ込めた様な黒瞳が飛び出しそうなほど大きく見開かれ、旅客機のソレと同じ程大きい翼を地面と平行に開き、整然と並んだ鋭い牙の中央から真っ赤な舌が覗いている。
ベンガドラムだ。十数メートルも離れていない所に、絶望の黒紅竜が飛行していた。
「・・・・・・・・・ッッ!!!」
刹那の間だけ停止した脳みそが、次の瞬間、白熱するほど急速に回転した。
ーーーベンガドラムがココにいるって事は、ミツキたちはどうなった・・・!?
違う、希望的観測に過ぎないかもしれないが、しかしミツキがベンガドラムを取り逃がすとも、あまつさえ殺されるとも思わない。
だとしたらーーー兄弟?いや、分身できたりするのか・・・?違う、違う違う!そんな説の提唱、今はどうでもいい!!
ーーーこの状況・・・マジでヤバいんじゃ・・・・・・ーーー。
伸ばしていた鎖とは別の指が鎖に変貌して、直上の空間にくっつき、巻き取った。風を貫いてロケットの様に突きあがる。
一瞬前までオレのいた空間は、灼熱に侵食されていた。
「熱ッッッ・・・!!!ーーー言っっってる場合じゃねぇ!!!!」
虚空と繋がっていた鎖を引き戻すと、完全に宙に放り出されて冷たい浮遊感が到来した。
ベンガドラムとは逆方向、更に上空に鎖を繋げて、力の限り推進する。
耳がツンと痛む。高速で鎖に引き込まれるこの移動は、慣性の法則によって内臓が身体から遅れて来るような衝撃を伴う。
しかし今はそんな事気にかける余裕は無い。内臓の中身がドグリと掻き混ぜられる不快感を噛み殺し、更に上へ、鎖を放った。
「グボ・・・ッ!!」
口の端から胃液が漏れた。外気温はかじかみそうなほど冷たいのに、血液が沸騰し、煮えたぎっている。
血走った目で眼下をみる。居る。漆黒の鱗が、紅の翼が、夜空の星の瞳が、全てがオレへと注がれていた。
オレが必死であけたベンガドラムとの距離は、ベンガドラムが翼を一回煽げば簡単に縮まる程度のものだ。
戦闘機の曲芸飛行の如く縦横無尽に宙を駆けるオレと対照的に、ベンガドラムはどこか悠然としていた。
飛竜である所のベンガドラムとオレとでは、元より空中戦になるはずも無い。追いかけっこも然りだ。
ならば何故オレは捕まらない・・・?理由は単純。
「遊んでるのか・・・!!オレが力尽きるのを、待ってる・・・!」
脳裏に、ベンガドラムの陰惨なグニャリとした笑みが映し出された。
「クソッ!クソッ!クソッ!!!ーーーグブ・・・ッ!」
胃が音を上げている。空中で吐き出した黄色い胃液は後方に吹き散っていった。
いつの間にか辺りが薄暗くなっているのに気がついた。どうやら雲の更にその上にまで来てしまったらしい。荒く吐いた息は白く、酸素が薄いのかとても息苦しい。
「ベンガ、ドラムゥゥゥウウゥゥウゥ!!!」
声帯が潰れても構わないくらいの勢いで、オレは絶叫した。
迫る漆黒の鱗を眼下に見据えると、超常が快哉をあげる。
「『鎖縄ーーーニビイロ螺旋ッッ!!!』」
8本の鎖がクモの巣の如く四方八方に展開された。
手元に残した2本の鎖のうち、1本はベンガドラムへ向かっていき、超常が捻れた。
「『鎖盾ーーーライオットシールドッ!!』」
三層から成る武骨な鎖の盾がベンガドラムの進行方向に形成されると、直後、ベンガドラムが激突する。
「グ・・・ッ!オォォオォォオオォ!!!」
震撼している鎖の盾に飛び乗ると、手元に残る最後の一本が漆黒に侵食されていく。
ーーー空中に足場を作って安定させたッ!これで条件は五分だぜベンガドラムッッ!!!
ライオットシールドを迂回して顔を覗かせたその瞬間、オレは漆黒の鎖を振り下ろす!!!
「喰らえッ!!『鎖縄ーーー黒鞭ッッ』!!!」
ーーーバチイイィィイィイイィィィッッ!!!
オレの天稟が為し得る最強の切り札、『黒鞭』はベンガドラムの頭頂部を捉える。
漆黒の鱗が爆ぜて、真っ二つにネジ切れた。凍てつく静寂に包まれた星と宇宙の狭間で、オレと破滅竜の死闘が決着したーーー気がした。
「ーーーーーーーーーぁ?」
ーーーオレは今、どこに向かって『黒鞭』を振りかざしたんだ・・・?
直前までの達成感は霧散して、底なしの当惑と絶望だけが残った。
眼前にベンガドラムの死体はない。力尽きて落下したわけじゃない事は分かる。だって真横に、漆黒の業火を吐き散らかすベンガドラムの姿があったからだ。
「あ、ああぁああぁあぁぁあ・・・ッ!!!?」
意志ではなく、生存本能が先立った。クモの巣の様に張り巡らせた鎖の一本を巻き取ってその場から緊急離脱する。
身体が斜め上に投げ出された。距離をとって確認できたベンガドラムの全貌は傷一つ付いていない。
ーーー『黒鞭』は確かに当たったはず・・・!?なんでまだ生きてるんだ!!?
「ハッ・・・・・・!!」
思い当たる節があった。それはベンガドラムとエンカウントする直前のこと。
オレとミツキはベンガドラムが空からやってくる気配を察して、そして錯覚した。
結果的にベンガドラムが姿を現したのは岩壁の側から。あの時ミツキは何か言っていた気がする。つまりーーー。
「誤認魔法・・・ッ!?オレは『黒鞭』を当てたと、錯覚した・・・!!」
ベンガドラムは漆黒の業火を吐き散らしている口をこちらに向けた。
空間を楕円に灼き尽くして、オレの左肩スレスレを掠った。
「グウぅ・・・ッッ!!」
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