チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜
コラボ章 4話 『放心スプリット』
「よーし、それじゃあ自己紹介の続きするかー」
オレは肺に入った土煙をゲフンと吐いてそう言った。
マドリは相変わらず下手な指笛を鳴らしていたが、それ以外のやつら、とりわけサイトーの表情は浮かない。
ーーーまぁ、そりゃそうか、と細く息を吐いて、首を巡らせる。
シャベルで掘削したようにえぐれた地面、そんなのが数え切れないほど視認できた。
クレーターの一つは渓流の端っこを穿っており、そこから川の水が侵入してため池の様になっている。
少し前までオレたちが一堂に会し、自己紹介を行なっていたヤグラはもはや見る影もなく、一際大きな穴ぼこがあるだけだった。
髪に指を滑りこませてクシャクシャとしてやると、未だ大量の砂つぶが落ちてきて、うっかり苦笑が漏れる。
ーーー数分前、オレの目の前には、まさしく修羅が居た。
突如サイトーの内側から現れた、否、表れた黒アキは自己紹介という名目で辺りを暴れ回った。
無論、そんな暴力装置にオレたちが何を出来るでもなく、ただ無数のクレーターが生産されていくのを見続けていた。
「ってもやっぱスゲェなぁコレは。味方だったら頼もしいけど・・・って典型じゃね?」
原にしてもこのお通夜ムードは本意じゃないのか、おどけた口調で言った。
「うう・・・、本当にごめんなさい」
が、サイトーにはそれが叱責に聞こえたのか、ガタイのいい体を縮こませて尻すぼみな謝罪をする。
「あー、だからもういいって、怪我人も出なかった訳だし、今回は完全にその、黒アキってヤツの暴走だろ?サイトーは悪くない」
「そうだねぇ。まぁ、もし怪我してもマドリの回復魔法があるし気にすることないよぉ」
オレが、続いてミツキがうなだれるサイトーを慰め、光希もうんうんと頷いている。
そんな中、先程から何かウズウズとしていたマドリがスックと立ち、まるでアイドルの様なポーズで口を開いた。
「よし!自己紹介を続けよー!エントリーナンバー6、鏡山マドリです!」
「いえーい」
ヒューヒューと器用に指笛を鳴らすのは原だ。
「回復魔法が得意な16歳おひつじ座!趣味はイラストだったり描いてます!彼氏募集中です☆」
「いや最後おかしいだろ・・・」
ーーー彼氏募集中て、どの口が言ってんだこの女体化男子は。
「彼女はいますかー?」
あくまで予定調和的におどけながら尋ねた原の質問に、待ってましたと言わんばかりに淡青色の目を輝かせたマドリはキャピッと笑ってーーー
「ーーー今はフリーです!」
「ダウト」
突如マドリの自己紹介に横やりを入れたオレに全員分の視線が向けられた。
多分、今のオレは物凄い不敵な笑みを浮かべているだろう。
マドリにいじられ続けて幾星霜。
やっと反撃の矛が握れることに感嘆が隠しきれなかったのだ。
「何?ミキオ、ワタシが彼女居るかどうかのどこがダウトなの?」
ーーー何が『今は』だ。
「ーーーマドリお前、彼女出来たこと無いだろ」
マドリは笑みをわずかに強張らせて、明後日の方向へ顔を背ける。
「あ、あるけど?ミキオみたいなのと一緒にしないでもらえるかなぁ」
「ダウト、2回目だ」
マドリの笑みが完全に凍りついたのを確認するとオレは口元を三日月型にして滔々と皆に語り聞かせる。
「異世界に来る前、文化祭の時の事じゃったーーー・・・」
「何でおじいちゃん口調・・・?」
半眼で小さくマドリはボヤいた。
「・・・ん?異世界に来る前?」
オレの語りに耳を傾けたサイトーはまぶたをピクリと動かして不思議な顔をする。
「その日は我が校で唯一大っぴらに携帯が使える日だったからのう、学校のみんな、文化祭テンションでやれインスタ映えやら何やらで浮かれておった」
「ーーーだから、悲劇が起きた・・・」
マドリが難しい顔をして固唾を飲んでいる。
オレは一拍おいて、唇を湿らせてから再び重々しそうに口を開いた。
「ウチの学校じゃダントツで話しかけづらく、またダントツでイケメンな鏡山マドリという男に、フリーハグの申し込みが殺到したのじゃ」
「鬼気迫る女子たちの勢いに逆らえず、渋々ながらフリーハグを了解した鏡山だったが実のところ、鏡山は女子と付き合った事がなく、したがって女子に対する免疫が皆無だった」
「あとはもう、耳の先まで真っ赤っか。その日1日で鏡山が築き上げてきたクールで孤高な一匹狼、という偶像がぶっ壊されて男子の間では『アイツ実はどうてーーーーーーー」
「うあぁぁあああぁああぁぁぁぁ!!」
それまではニガウリのごとく顔を真っ青にしていたマドリだったが突如、白銀のツインテールをブルブル振るって踊りかかってきた。
「あばよっ!」
オレはシタッと二本指で敬礼すると上空に向けて鎖を射出。
鎖の先端を空気にくっつけた後、上へ上へとマドリの手の届かない所まで上がっていく。
「下りてこぉい!てか、ソレ誰から聞いたぁ!」
空中に宙ぶらりんになって、怒髪天をついたマドリを遥か高みから見下ろした。
「誰からって言ってもなぁ。割と学校中に広まってたぞ、オレの耳に入るくらいだしーーーあ、止めろ石投げてくんな」
悦に浸っているのも束の間、マドリがポイポイと投げて来る石がスネだのモモだのに当たって地味に痛い。
ーーーオレとマドリがそんな茶番を繰り広げている中、目を丸くして驚いているのはサイトーたちだ。
「ミキオの指が鎖になって、空飛んでる・・・?」
サイトーが口をアングリ開けて呆けたようにオレを見上げる。
「つか、今の話どういう事だよ。マドリって、女子だよな・・・?」
「というか、学校に、携帯。この異世界に、そんなハイテク機器があるのかな〜?」
サイトーに追随して、原も光希も疑問を口に出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・なるほど。つまりミキオたちも俺らとおんなじ様に地球から突然異世界に飛ばされた、って事か?」
オレたちとサイトーサイド、お互いの認識の擦り合わせが終わった後、それまでの神妙な雰囲気が僅かに緩んでフウと吐息が漏れた。
「それにしても、信じられないよね。まさかワタシたちのクラス以外にも同じ境遇の、冥護人が居たなんて」
元から大きい淡青色の瞳をさらに大きくして、マドリは肩をすくめる。
「そのミョーゴビトっていう響きに聞き覚えはねぇけどな。それに、・・・テンピン?俺のこの能力も天稟ってヤツなのか?」
眉をひそめたまま、原は横薙ぎに右手を振る。
ーーーと、一振りの剣が原の手の中に現れた。
「ーーーうーん、微妙、かな〜・・・?」
首を傾げ、玉虫色の返事をするのは光希だ。
さっきまでミツキと二人きりで何事か質問し合っていたが、今しがた終わった様だった。
「光希、どういう事?微妙って・・・?」
「う〜〜〜ん・・・・・・」
サイトーが何気なく問いかけるが、光希はやはり難しい顔で押し黙り、ウンウンと呻吟している。
「どうにも、世界がちょっと違うらしいんだよぉ」
「・・・?」
「理由は色々あるんだけど、一番分かりやすいのは世界地図だったんだよね〜」
頭をポリポリと掻いて、光希はアゴで地面を指し示した。
地面にはやや長方形の枠で仕切られた二つの絵が描かれていた。
「向かって右側は光希が描いた世界地図で、左のはボクの描いた世界地図。全く違うんだよねぇ」
「・・・確かに。中心が何処を基準にしているかって以前に、もう全然別の地図だね」
サイトーが手をアゴに添えて言った後、マドリは悲嘆に似た声を上げる。
「って事はやっぱりあの霧の所為でワタシたちは地球ともランドソールとも違うもう一個の世界に来ちゃったの・・・?」
「おそらく、その可能性は高いだろうねぇ」
「な、なぁミツキ、それならオレたちは、元の異世界、ランドソールに帰れるのか・・・?」
ーーーミッション達成期限まで残り10日を切っているこの状況で、
ーーーオレは、オレたちは今すぐにでもマラケシュ村へ向かわなければならない筈だ。
ーーー考えたら自己紹介なんてやってる場合では無かった。
ーーー現状、ランドソールに帰れる目処はついていない。・・・いや、いない、のか?
喉に魚の小骨が刺さった様な違和感がして、オレは記憶を巡らせてみた。
何か忘れている事があった筈だ。確かーーー。
「ーーーあ!ミツキ、ミッション指示書!!」
「うん、多分このミッションを達成すれば、ボクたちは帰れると思うんだぁ」
ミツキが胸ポケットから取り出したA4サイズの用紙にはこう書かれていた。
『コラボ特別ミッション、鉄人形を討伐せよ』
『制限時間  無期限』
「なんだコレ?鉄人形?」
ミッション指示書を見た原は、ピンときてなさそうな表情で言った。
そういえば、いつの間にか原の持っていた剣が消えている。
ーーー全く関係ないのだが、正直原の天稟、と言っていいのか、取り敢えず、原の能力が個人的に羨ましすぎる。
剣を好きなだけだして、そんでもって上手に扱える能力って、もう完全に主人公スキルですやんけ・・・。
「ゴーレムって言われてもよくわかんないよね。何処に居るんだろ」
「つって、マドリたちはここがそもそも何処かってのも分かってねぇだろ?」
原に痛いところを突かれて、図らずもマドリは「う」と小さくうめき声を上げる。
「あの、良かったら僕たちも一緒に鉄人形を探すよ」
「うん〜、溺れてた所を助けてくれたお礼としてね〜」
サイトーがおずおずと挙手してそう言ってくれた後、光希も頬を綻ばせて同意する。
「マジか、スゲェ助かる。ありがとう」
「良いっての、それに俺とかは修行でここら辺に何度か来たことあるしな。そこそこ土地勘があるヤツがいた方が良いだろ」
原が得意げに胸を張って破顔するが、途中で何かに気づいたようで、神妙な面持ちに変える。
「ーーー人の気配がする」
先までの冗談混じりな口調とは一転、剣呑を感じさせる声音で、原は低く言った。
「・・・寒い、な。霧か?いつの間にこんなに」
ハッとして、五感を改める。
いつの間にかオレたちは、呼吸をするたびに大量の水蒸気を吸い込んでしまうほどの濃霧に包まれていた。
それは、いつかのデジャヴ。
刻々とこちらに歩み寄ってくる謎の気配に意識を向けていると、果たして、耳元で誰かが囁いた。
『ーーーコラボ企画』
例によって、オレの意識はここで雲散霧消したのだ。
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