チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜
二章 13話 『新しく刻まれた古傷』
澄み渡った夜空に、暗たんが立ち込めたのは突然だった。
一粒、また一粒と水滴は落ちて来て、やがて整地された土の色を黒く様変わりさせる。
湿った空気が石橋に佇む2人をゲリラ的に包み込み、ヴァルドは小さく身震いした。
「なァミツキ、お前実は、何年まえからこの世界にいるんだ・・・?」
問うた途端、左肩と頬の切り傷にジクリと鈍痛が走りヴァルドは額にシワをつくる。
「・・・2日前に、クラスの人たちと一緒くたにこの世界に呼ばれました」
「そりャそうだとしたら、帳尻が合わねェ」
ミツキの回答は、経験した顛末を有り体に述べる優等生的なものだったが、ヴァルドの顔は依然険しい。
「キアルディが死んだ直後、お前は現れた。肩と頬の傷がついたのもその時だ」
ヴァルドは言葉を続ける。
「今日は、すげェ日だな。まさか1日でオレ様の数年来の悩みが無くなると思わなかった」
「もしもミキオとの勝負でオレ様が負けてなけりャ、どうなってたんだろうな・・・?」
「ーーーーーーー」
予定調和的なミツキの沈黙、ヴァルドは唾を飲み込もうとして、気づいた、自分の口がカラカラに乾いていることに。
「ミツキ、お前は知ってる筈だ。オレ様が負ける事は、決まってたんだろ?正確には、お前がそう仕向けた」
今更、勝負に負けた言い訳をする事ほど女々しいものは無い。
ヴァルドは敢えて口にしなかったが、ミツキには思い当たった。
本当なら、勝負の終わりのゴングになる筈だった、ヴァルドの左ストレート。
しかしその一撃は、ミキオに届かず、不発に終わった。
何故か?見慣れない左肩の傷、その後遺症で、ヴァルドの左手は時折痙攣し、力が込められなくなるのだ。
「不自然ッつーかよ、昔からあった筈のこの傷に、オレ様は全く見覚えがねェ。まるで今日、今さっき、初めてできた古傷みてェなんだ」
雨は降り続いていた。心なし、1分前よりも勢いが強くなっている気がする。
ヴァルドの心は、ミツキを前に絶えず撤退を促していた。
ヴァルドの本能が、既にミツキという存在に降伏していたのだ。
「・・・お前が2日前にこの世界に来たとして、オレ様の辻褄があうような天稟ッて言ったら、1つしかねェ」
先ほど、ザイーダ組の三兄弟を消しとばしたあの場面を目撃してから、ヴァルドの戦慄はピークに達していた。
「冥護人の中で、お前だけが特別だとしてもそりャァ、もう、反則すぎる。世界をどうこう出来ちまう天稟だ」
ヴァルドは震える右手を諌めて、鉄骨を生やした。
「ーーーーオレ様がここで、やらなきャァ、いけねェんだ」
「オレ様がお前をここで殺さなけれりャァ、この世界は、どうしたって滅んじまう・・・!!」
雨の降る石橋の上、彼我の距離、数メートル。
ミツキは首をもたげ、雨で氾濫した川の流れを見ている。
「ア、あァァァァァァ!!!」
ヴァルドはミツキに怯える全神経を気力のみで奮い立たせ、果たして、石橋を踏みしめた。
しかしーーーーー
「はぁ・・・」
ミツキが息を吐き、ヴァルドの姿を捉える。
「ぁーーーーーーー!?」
自然、向けられるミツキの怜悧な瞳に、ヴァルドはかつての、ナイフを向けられて、這いずり逃げるしかなかった無力な自分を、トラウマを呼び起こしてしまった。
気力も意思も吹き飛んで、何もかもの根本的な所で、ヴァルドはミツキに恐怖した。
把持していた鉄骨を取り落とし、左肩と、頬の古傷が開いてジクジクと血が流れてくる。
「ーーーーーまず、あなたは勝負の事を半ば忘れてミキオと闘っていました。それこそ、ミキオを殺す気で」
「ヴァルドさんに心的外傷を埋め付けたのはボクですが、あまり怖がらないで下さい。あなたはもうミキオに対する敵意が無い。だからボクが動く理由も無いんです」
「第一、ボクは世界を壊す気なんて有りません。それこそ切迫した状況下なら分かりませんが、ボクの天稟にもある程度制限があるので」
堰を切ったようにヴァルドに語るミツキ。
ヴァルドは心臓が破けそうな程の動悸を抑えて、震える声で言った。
「は、ミツキ、お前その話し方が『地』だろ・・・、どうしてミキオの前じゃあんな間抜けた口調なんだよ・・・?」
「ミキオが、怖がるんですよ。この口調は威圧感があるらしくて」
ミツキは口の端を緩めて、ニコリと笑った。
「それにーーーーーー」
ミツキが何か言いかけた直後、雨音越しでも響く、バタバタとした足音が近づいてきた。
「いた!!ミツキさん、アニキ!大変なんです!!」
現れたのは、ヴァルドの子分だった。
随分と慌てた様子に、ヴァルドは顔を固くする。
「ミキオさんが飲み過ぎてぶっ倒れましたーーーーー!!!」
「ーーーー?は・・・?」
「だから!ミキオさんが酔って『一人版人魚姫』演じてる最中に酒ラッパ飲みしてぶっ倒れました!!」
ミキオあいつ、オレ様らがいなくなった後どんな無茶ぶりに応えてたんだよ・・・。
「じゃあ、ボクはもうミキオ背負って帰りますね。今日はお疲れ様でした」
言いつつ、ミツキはヴァルドの横を通り抜けて酒場へと向かう。
「待てミツキ、お前、何者なんだ・・・?」
ヴァルドが背中越しに問う。
ミツキは振り返り、1つ息を吸ってからーーーー
「ミキオの親友ですよ。これからも、ずっと」
言った瞬間、雷鳴が轟いた。
反射的にヴァルドが振り返ると、雷に照らされたミツキの怜悧な瞳がヴァルドを真っ直ぐ見ていた。
「そォかよ・・・、ミキオに言っとけ、困ったことがあればヴァルド組を頼れってなァ、全力で力になってやるからよ」
ミツキはペコリと頭を下げると踵を返して歩き出した。
もはやバケツの水をひっくり返した様などしゃ降りに、ヴァルドはしばし打たれていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「やっちまった・・・」
宿屋の一室、ベットの上で、オレは頭を抱えていた。
傍に置かれているのはミッション指示書である。
印字されている文字はこうだ。
『武具を一式揃えよ   制限時間   16日』
ミッション指示書は見た目真っ黄色のA4の紙だが、何と日を追うごとに制限時間の日数が減っていく不思議な紙切れなのだ。
まず、オレのコルドバでの記憶を順に巡らせてみよう。
1日目、街の探索。
2日目、ヴァルドと勝負。
3日目、空白。
4日目、空白。
5日目、・・・今日だ。
3日目と4日目どこいった!?
有りえないことだが、オレは2日間ほど眠りこけていたらしい。
突如、3日前、オレが最後に見た光景がフラッシュバックする。
オレは確か、名画『ヴィーナスの誕生』もかくやという、いわゆる裸体で人間になった人魚姫を演じていた気がする。
オレの姿にヴァルドの子分(男だけ)は爆笑し、オレも酩酊しきり、酒瓶をラッパ飲みしたところから、記憶が途絶した。
「うぉぉぉぉ・・・、思い出したく無かったぁ・・・」
オレは3日前の醜態に悶絶した。
隣の部屋に居るはずのミツキは何処かに行ってしまっているし、ふと外を見ると小雨ながら、なんとなく感じる空気感はお昼のものだった。
「大事な時間を2日も潰しちまった。異世界に来た疲労でか?それともヴァルドとのーーーーー」
オレはベットに仰向けになり、全体重を預ける。
「・・・やっぱり、夢じゃないんだな。異世界なんだ、ココは・・・」
今までずっと忙しかったのでこうして今の状況を振り返ることはあまり無かったが、改めて、現状を再確認すると、とめどなく、日本への未練が出てくる。
「あ〜あ、次週の『ワンピ』楽しみにしてたんだけどなぁ・・・」
ワンピというのは、オレが日本でハマっていた漫画のタイトルだ。
「つーか、そうなんだよな。母さんにも、もう会えないのか・・・?」
「ーーーーーグスッ」
郷愁が胸を差して、図らずも涙ぐむ自分に気づいた。
「はっ!いかんいかん。別に寂しくなんか無いぞ!?ミツキも居るんだ、大丈夫大丈夫」
オレは両手で頬をパンと張った。
で、思い出した。
オレはそう言えば、ヴァルドに頬骨を砕かれたんだった。
「痛っっっっっづぁぁぁ!!!」
ーーーーーーーーーーーーーー
ひとしきりベットの上で悶えてるとお腹が鳴った。
ミツキもいない訳だし、1人で適当に昼ご飯を済ませようと思い、ベットから立ってポシェットを肩にかける。
ポシェットの中には、例の謎の箱と、銀貨が複数枚はいっている。
オレは街で買った布製のラフな服を着ていたが、外は小雨が降っており、肌寒いかな、と考え壁に掛けてあった学校指定のブレザーを羽織り、宿を出た。
1日目にある程度街を回ったので、この辺りの地理は頭に入っている。
宿屋を出てほど近いところには、街の東西を突っ切る幹線道路が通っており、そこには様々な飲食店や、少し危ない大人のお店などが軒を連ねている。
「さて、どこでメシ食おうかなぁ。・・・待てよ、考えてみればオレ1人で飲食店入った事無いな」
オレは飲食店に1人で入った場合の状況を想像した。
『へへへ!見ろよあのガキ!1人でメシ食ってやがるぜ!友達がいねぇのかぁ!?』
『ククク!違いねぇぜ!ボッチで食べるご飯はおいちぃのかねぇ!!』
そんな嘲弄の言葉をBGMに、肩身狭くボソボソのパンを食べる自分が浮かぶ。
「いや、いやいやいや!?流石にそんな事は無いよな!」
オレはブンブンと首を振って自分の被害妄想のたくましさを呪った。
「オバちゃん、串揚げ五本ちょうだい」
結局、あれやこれや悩んだ末にオレは店に入る事を断念し、露店の串揚げを買った。
「はい毎度!!」
露店のオバちゃんはクルクルと手際よく鳥かなんかの肉に木製の串を刺すとオレに差し出した。
オレは串揚げを5本貰うとお金を払う。
すると、オレは街に違和感を覚えた。
この街の大部分はどこか西洋っぽい石造りの建物が並んでおり、初めてこの場所を通った時にはその綺麗さに舌を巻いた。
しかし今、ふと見えた街の壁には所々イシでも投げたのか、という風に至るところが欠けていて、木製の窓も数カ所壊れていた。
地面も注意を凝らして見ると、あちらこちらに大小様々なイシが転がっていた。
よもや、オレが寝ている最中に暴動でも有ったのだろうか?
「なぁオバちゃん。なんか最近、デモとかあった?」
オレが聞くと、オバちゃんはアゴを手に当てて、少し考えると、
「はて、どうだったかねぇ。あった気もするし、無かった気もするねぇ」
「そ、そうか・・・。でもオバちゃん毎日ココで店やってるでしょ?なんかこの2日間くらいでさ、変わった事とか」
「うーん、あたしも年かねぇ、スッカリ忘れちまった。あぁでもアンタとおんなじ服着た女の子ならたまに来るから知ってるよ」
「オレと同じ服?」
というと、このブレザーだろうか。
まぁ、会わないだけでクラスの連中がこの街にやって来ていても不思議じゃ無いか。
「あぁ、あの子さね」
そう言ってオバちゃんが指差した方向を見ると、そこにはオレと同じ、学校指定のブレザーを着た少女が歩いてきた。
知っている少女だった。
黒髪の三つ編みに縁の赤いメガネ、真面目そうな顔に実際真面目な性格。クラスでも矢面に立って学校行事に精を尽くすその様子から、役職そのままのアダ名がついた人物。
「あ、ミキオくん・・・?」
「えっと、久しぶり、委員長」
どうも!キズミ ズミです!!
スラム街編、完結ですね!いやもう、アホみたいに長かったです。
さて、終盤で出てきた女の子、委員長ですが、多分読者の半分くらい存在も忘れてたんじゃないでしょうか?
ボクも忘れてました(キッパリ)。
何にせよ、次回はクラスメイトの現状なんかを書いていきますので失望しない程度にご期待下さい!!
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コメント
Akisan
一人版人魚姫面白すぎです
また、登場させてください‼
応援してます!