蒼空の守護

むらさん

『闇の海から』(第8章・上)

 眩しい日差しの下、第六艦隊が堂々と入港してくる。港では歓迎旗がはためき、軍楽隊が「英雄降臨曲ディーセント」を奏でていた。空母『飛雲』からゆっくりと護宮が降りてくる。
 「お待ちしておりました、兄上。」
 「ご苦労。」
 護宮と守宮、二人の司令官ががっちりと握手を交わす。まるで二人を喝采するかのようにシャッター音が降り注いだ。

 歓迎のパレードは夜まで続いた。リゾートホテルでは護宮と守宮の部下たちの交流を兼ねて、豪華な夕食会が開かれる。
 護宮・空宮・守宮の三人は一緒にパレードを見学した後、最南鎮守府に向かった。夕食会を兼ねて今後のための会談を行うのである。
 「私はホテルで食べます!アブエロ様だけ鎮守府に向かって下さい!」
 「ならん!メル様の命令だぞ!」
 ノノウとアブエロも最南鎮守府に呼ばれていた。この5人が護宮・守宮連合軍の中枢を担うことは間違いない。
 「嫌です!私ごときがいていい場所じゃありませんっ!」
 気弱なノノウがいつになく抵抗する。
 「ごちゃごちゃ言うな!」
 アブエロはノノウを抱え上げた。ノノウは全力で足をばたつかせたが全く効果はない。必死の抵抗も虚しく、ノノウは最南鎮守府へ向かう車に乗せられてしまった。

 この時ほど守宮の下に来なければ良かったと思ったことはない。せめて末席に座ろうと思ったのに、テーブルは円形だったのだ。
 「守宮様、お考え直しを…。」
 「私の左側が嫌なのか?ならば、右側に座れば良い。」
 守宮はニッコリと微笑んだ。
 (パワハラだー!)
 と心の中で毒づきながら、メルの隣の椅子に座る。
 「来た。」
  右側に座っていたメルとアブエロが立ち上がるとドアがガチャリと開いた。ノノウも慌てて立ち上がるが、足の震えが止まらない。
 司令の服をバッチリと着こなした護宮はまさに王族の風格を漂わせていた。隣にいる空宮は先帝の姪で、現帝王である白帝のいとこである。まさか生で会うことになるとは…。ファンなら大喜びのシーンだが、ノノウは一刻も早くこの場から逃げ出したかった。少しでも目立たないようにと守宮の方ににじり寄る。
 「あなたがノノウね!」
 いきなり空宮が駆け寄って来てノノウの手を掴む。ハイ、といったつもりだが、口が乾いて声が出ない。やむなく、コクコクと首を上下に動かした。
 「コラッ!ちゃんと答えんか!」
 「まあまあ、ノノウは緊張してるのよ。」
 空宮が一喝したアブエロをなだめる。護宮は悠然と椅子に座った。
 「最南島の料理を食べるのも久しぶりだな。ログリスの肉、あれは美味かった。」
 ログリスの肉は柔らかいのが特徴で、この肉の登場により最南島は煮込み料理に加えて焼肉が広まることになった。
 「もちろん用意していますよ。」
 守宮がゆっくりと腰を下ろす。アブエロが座るのを見て、ノノウは静かに後に続いた。
 前菜は野菜スープだった。南国の日差しを浴びて育った最南島の野菜はどれもしっかりとした甘味を持っていて、優しい味に仕上がる。ノノウも大好きな一品であった。早速スプーンを手に取る。
 「ノノウの趣味はなんだ?」
 「は、はいぃ?」
 突然護宮に声をかけられ、ノノウの体に電撃が走った。持っていたスブーンが床に落ち、カランカランと音をたてる。守宮がニヤリと笑って後ろの侍女に声をかけた。
 「スプーンの替えを。」
 「ハイ。」
 ノノウの顔は真っ赤になっていた。最南島名物の辛口料理がくるのは、もう少し後のことである。

 「…さて。」
 メインディッシュのログリスの肉料理を堪能したラディ護宮は、そっとフォークを皿の上に置いた。
 「明日は夕方から雨だ。雨雲が敵レーダーを妨害してくれるかもしれん。雨雲が最も分厚くなる夜に出撃する。」
 ついにきたか。メル守宮は持っていたフォークをぎゅっと握りしめた。
 「早期警戒管制機の情報によると、先日の偵察以降、敵船舶の往来が頻繁になっています。」
 「滑走路の修築と対空戦闘設備の搬入だろうな。」
 フィデルタ率いるラーク隊によって滑走路は全壊、地対空ミサイルもことごとく破壊された。敵は修復に躍起になっているだろう。
 「問題はどのくらい回復しているかですね。」
 ノノウもようやく雰囲気に慣れつつあったが、まだ少し声が震えている。
 「ノノウはどのくらい戻ってると思う?」
 イスカ空宮がゆっくりと肉にナイフを入れる。空にいる時の素早さと比べると、まるで別人のようであった。
 「最南事件の際にあの人工島が完成していれば、巡視船がリプトス(翠の国の戦艦)以外にも何らかの艦影を見つけたはずです。最南沖空戦の際、敵機が1機だけ引き返しました。最南島から向こうの大陸までは1万キロ以上離れています。仮に敵がミューナと同性能のエンジンを積んでいた場合、いくら特別な燃料を積んでいても、あれだけの戦闘をした後に大陸には帰投出来ません。その時には既に人工島は完成していたと思います。」
 「なるほど…。」
 ラディは腕を組んだ。
 「最南事件から最南沖空戦まで3日。偵察戦から今日までで既に4日経過している。敵が万全の状態に戻っていても不思議はないわけだ。」
 「望むところよ。」
 イスカはグサリと肉にフォークを突き刺した。
 「そのくらいじゃないと、面白くないわ。旧式の戦闘機を落としたくらいで王国民から持て囃されている南のお嬢様との違い、飛雲航空隊が見せてあげる。」
 「言ってくれますね…。」
 メルは一気にウイスキーを飲み干した。
 「最南一の翼が蒼空一の翼であること、証明してみせますよ。」
 「あら、面白い冗談ね。」
 鋭い視線がぶつかり合う。次の瞬間、お互いクスクスと笑いだした。唖然とするノノウの隣で、アブエロが盛大にため息をついた。
 「お願いですから、無茶だけはなさらないように。お二人は指揮官ですぞ。」
 「まったくだ。」
 ラディは苦笑した。
 「ファイターパイロットはこれだから困る。本番はまだまだ先だ。ノノウ、本番とは何か、君なら分かるだろう?」
 「は、はい…。艦隊決戦ですね。」
 「そうだ。レーダーの発達した今なら確実に起こる。」
 デザートのイベリス乳製プリンが運ばれてくる。ラディはカラメルソースをかけながら続けた。
 「デザートまでしっかりと味わってこそのコース料理だ。前菜でお腹いっぱいになっては仕方ないだろう。」
 「はぁ?」
 イスカが眉をひそめる。
 「先は長いってことだよ。」
 ラディがイスカの頭をポンポンする。なぜかメルがほんのり赤くなった。

 「全く、とんだ貧乏くじですな。」
 ワーレンがそう言うのも無理はなかった。最南島では盛大に夕食会が開かれていると言うのに、最南海上警備隊だけはSTSB(最南鎮守府運輸安全委員会)の護衛として海で探し物をしなければならなかった。この仕事が始まって4日目。隊長のダルヤも疲れの色を見せていた。
 「仕方がない。敵戦闘機の性能を知ることは国家の急務だ。」
 最南沖空戦の際に撃墜された29機の航空機の破片は少しずつ回収が進んでいた。回収された破片はSTSBの工場に送られて、慎重に復元されつつある。
 「尾翼と思われる残骸を視認!左舷45度の方向!」
 「STSBへ連絡せよ。周辺にも浮遊物がないか確認を忘れるな。」
 ノノウが入念に探して貰いたいと言っていたのはエンジン部位である。ミューナと比べてどの点に優れ、どの点が劣るのか。今後の戦略の鍵を握るらしい。明日はこのポイントに潜水調査船を投入だな。そう思った時だった。
 「魚雷発射音確認!2基、右舷60度、距離4000!」
 (魚雷…!?)
 想像もしていなかった言葉を聞いて、ダルヤの疲れは吹き飛んだ。ワーレンがレーダーを見てほっとため息をつく。
 「よかった。本艦への命中コースじゃない。」
 (バカな…。)
 ダルヤは腑に落ちなかった。この距離で魚雷を外す?蒼の国の潜水艦なら絶対に外さない…その瞬間、ダルヤに悪寒が走った。
 「魚雷の射線上に、我が国の船はいないのか?」
 STSBの船は3日前から残骸回収のためにフル稼働しているはずだ。
 「います!本艦前方1500mに大型探査船『スカイサウス』!魚雷との距離7500、魚雷命中までおよそ6分!」
 「すぐにスカイサウスに連絡、ヘリを飛ばして魚雷に向かって爆雷を撒き散らせ!発射地点に向かってこちらも魚雷を発射せよ!急げ!…それから」
 ダルヤは一種ためらった。
 「本艦は全速前進、魚雷の射線上にむかえ。」
 「隊長…まさか」
 ワーレンの顔が青ざめる。ダルヤは頷いた、
 「魚雷を止められなかった場合、我々がスカイサウスの盾になる。」
 「なりません!死人が出ます!」
 「本艦はダメージコントロールが出来る。魚雷の1発2発では沈まん。スカイサウスには、虎の子の『海底8500(高性能潜水調査船)』が乗っているのだ。あれを失うわけにはいかん。」
 「機械よりも人命です!」
 「分からんのか。スカイサウスは軍艦ではない。魚雷を受ければすぐに轟沈、乗組員950名の命も海に消えるのだぞ!」
 ワーレンは不満そうな顔をしていた。右舷にはワーレンと仲の良い部下が多数乗っている事をダルヤは知っている。しかし、今大事なのは全体の損害を如何に最小限にとどめるかだ。大型船であるスカイサウスはこの距離で魚雷を避けることは出来ない。私情を捨て大局を見られなければ、指揮官は務まらない。

 (この時期は特に風が強いな…。)
 火照った体を冷ますために、メルは司令宮室のベランダに出ていた。
 この戦争が終わったら、ラディはイスカと結婚するつもりらしい。テアも二宮と結婚しているし、長姉に至っては既に子供までいる。
 (ノノウには負けられませんな。)
 アブエロの言葉が蘇る。そう言われても気になる男はいないし、望宮家に見合い話が来たと言うニュースもなかった。
 「ここにおられましたか。」
 ひょこっとノノウが顔を出す。
 「…ねぇ、ノノウはどんなひとがタイプなの?」
 「はい?」
 突然上司から恋バナを振られ、ノノウは戸惑った。
 「うーん…。本が好きな方ですかね。話が合いそうですし。」
 守宮様みたいな殿方、とはさすがに言えない。
 「守宮様は?」
 「私より強いファイターパイロットかしら。まだ見ぬ強者を、私は心のどこかで待ってる気がするのよ。」
 (婚期を逃さないといいですね…。)
 ノノウが心の中でそう呟いた次の瞬間、司令宮室の電話のベルがけたたましく鳴り響いた。酒が入っているとは思えないスピードでメルは受話器をとる。
 「敵潜水艦、スカイサウスに向かって魚雷発射!最南警備隊の巡視船から救援のコールが来ています!」
 「すぐに南一空最南第一航空隊に連絡!哨戒機を現場海域に急行させよ!」
 「ハッ!」
 「第六艦隊に救援を仰がないのですか?」
 第六艦隊のイージス艦は対潜ミサイルや誘導魚雷など最新鋭の装備がある。
 「残念だが、今から出撃しても間に合わん。それに…」
 二人の邪魔はしたくない、と言う言葉をメルはなんとか飲み込んだ。
 「とにかく、南一空に任せる。」
 スィラはまた嫌な顔をするだろう。しかし、出撃前に損害を出すわけにはいかない。彼らの踏ん張りが、明日の士気を左右することは間違いなかった。

 この日の当直であるケアスにとって、これが3度目の出撃だった。ケアス隊2番機は最南沖空戦で撃墜され、パイロットは無事だったものの戦列に復帰するまでまだ時間がかかる。このため、ケアス隊は一時的に2機となっていた。どうしてズーマではなく、自分ばかりこういった場面に出くわすのか…。ケアスはそう思わずにはいられない。
 任務は哨戒機の護衛である。哨戒機の搭乗員達は今回が初めての出撃で、皆張り切っていた。3機の戦闘機が闇夜に飛び立つ。飛び立ってすぐに、ケアスはスカイサウスの救援を仰ぐエマージェンシーライトを見つけた。最南港の鼻先、敵はすぐそこまで来ていた。

 「爆雷による敵魚雷の誘爆に成功!こちらのホーミング自動追尾式魚雷は迷走して爆発!敵潜水艦を見失いました!」
 「探知急げ!スカイサウスに連絡、最南港に引き返させろ!」
 最南港周辺は比較的浅い海域である。いくら高性能な潜水艦でも、海底より深くは潜れないはずだ。スカイサウスの退避までなんとか時間を稼がねば…。しかし敵は、ダルヤに考える時間を与えさせなかった。
 「敵潜水艦、本艦右舷90度で飛翔体を発射!真っ直ぐこちらに接近しています!着弾まで30秒!」
 「機関砲急ぎ撃て!撃ち落とすのだ!」
 対艦ミサイルで間違いない。邪魔な巡視船を沈めてスカイサウスを丸裸にするつもりなのだ。機関砲が果敢に応射するが間に合わない。ダルヤがぎゅっと目をつぶった瞬間、艦内に轟音が鳴り響いた。

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