蒼空の守護

むらさん

『飛来』(第4章・下)

 事件以来、ロクなことがないな…ようやく眠れたと思ったら、1時間もしないうちに起きねばならないとは。70歳の体にムチ打たねばならない境遇を呪いながら、アブエロはヨロヨロとベッドから出た。テレビをつけると最南島の島長のリブリが緊急の記者会見を開いている。何を聞かれても「事実関係を調査中」と繰り返すばかりであった。あれでは次の島長選挙で落選するな。冷めた目でテレビを消すと、ノノウのいる参謀室に向かった。
 「アブエロ様、お待ちしておりました。」
 「リブリではダメだ。状況を全く把握しておらん。私の方にも記者会見を開いて欲しいと依頼が来たが、朝まで待てと言っておいた。」
 「我々の態度決定も急がなければなりませんね。」
 「まさか核が飛んでくるとはな…」
 「まだ断定出来てはいませんから、発表すべきではないでしょう。」
 「ではなんと言えばいい?」
 「『敵の攻撃の可能性がある』でいいでしょう。そして、『撃退できるレベル』だと断言するのです。」
 「しかし、敵は我々と同等以上の戦力があるのじゃろ?断言して良いのかどうか…」
 「今必要なのは、島民及び王国民の動揺を抑えることです。それに、我々には緒戦に勝利したという実績があります。」
 アブエロはまだ腑に落ちなかったが、リブリのように『事実関係を調査中』を繰り返すよりはマシなように思えた。
 「分かった。メル様の許可が取れたらそれでいこう。」
 「守宮様は今『見送りの儀』に参列中です。連絡が通じれば良いですが…」
 そう言いながらノノウはスマホを耳にあてた。
 「ダメです。電源が切られてますね。」
 「弱ったのう…」
 「とりあえず、今の筋で話すことは考えておいて下さい。許可がおりたら連絡しますので。それからもう一つ。守宮様からメールで届きました。廃艦予定の駆逐艦や巡洋艦クラスの艦がないか、当たって欲しいとのことです。」
 「最南島に移っても、メル様の人使いの荒さは変わらんなぁ。」
 アブエロは苦笑した。
 「わかった。やってみよう。」
 思えばずっと守宮には振り回されっぱなしである。娘のナナを放ったらかしにしていた報いなのだろうか。そのことは考えまいと首を振っても、どうしてもアブエロの頭の中に浮かんでくるのだった。

 見送りの儀-王族と王国民が王宮前の広場に参列し、帝王の逝去を悼む国葬最大の行事である。国中のテレビやラジオは全て通常の放送を取り止め、帝王崩御及び蒼候生存絶望の特別番組が組まれ、多くの公共施設や遊園地、デパート、映画館などの娯楽施設も終日休館した。見送りの儀の参列者は王族156人、一般の参列者はなんと約15万人に上った。これは歴代帝王の中でも最高記録である。
 統宮が車から降りた瞬間、機関銃のようなシャッター音が彼を襲った。群がってくる記者の数は雲宮とどちらが多いだろうか…飛び交う質問を全て無視して宮殿に入る。人生最大のチャンスが目の前に到来している。雲宮一派に勝てれば蒼候の地位だけでなく、事実上の帝王の権力も手中となることは間違いない。蒼候選挙の公示は慣例通りなら5日後、選挙戦は7日後から30日間の戦いが始まる。ここをどう戦うか…昨夜蒼候の賢宮の死を知ってから、統宮とその重臣達は徹夜で会議を開き、策を巡らせた。最終的な結論に統宮は大きな自信を持った。統宮は心の中で語りかけた。
 (雲宮よ、お前はどこまでこの国の未来が見えている?将来を見通せる力がなければ、権力の中心を握ることなど不可能だ。俺にはその力がある。自分だけでなく、築き上げた人脈と育て上げた部下達が、未来の指標を作っているのだ。力を得るためならば、俺はどんなことでもしよう。お前にはその覚悟があるのか?)

 見送りの儀は滞りなく行われた。僅か11歳の王太子・一宮が棺に向かって述べた弔辞は多くの王国民の涙を誘った。儀式は約5時間にわたり、終わった頃には既に蒼都は夕方になっていた。メルは儀式が終わると、直ぐにずっと切っていたスマホの電源を入れた。ノノウから不在着信とメールが一件ずつ入っている。メールには最南鎮守府としての会見を現地時間の朝9時から行うこと、そしてアブエロが話す内容が書いてあった。
 (現地時間午前9時といえば、後5分しかないではないか。)
 チェックを入れる暇も無く、許可の返信を送る。サッと見てノノウの意図はなんとなく読み取れた。これ以上島民に混乱とストレスを与える訳にはいかない。それはメルとノノウの一致している思惑であった。
 宮殿内の王族専用待合室のテレビで会見を見守ることにした。どうせ宮殿を出た瞬間にマスコミに囲まれるのだ。どんな質問が飛ぶか、そしてアブエロがどう答えるのか、メルは自分の目で見ておきたかった。
 「やはりここか。」
 ラディがゆっくりと入ってくる。隣にはイスカもいた。
 「兄上。イスカさん、お久しぶりです。」
 「活躍は聞いてるわよ。緒戦は完勝だったんですって?」
 「一応…ただ問題は山積みです。」
 「その全てをノノウに任せている訳か。とんでもない16歳だな。」
 「一度一緒に食事をとりたいものね。」
 「どうでしょうね…」
 ノノウは重度の『王族人見知り』である。普段は普通に話せるのだが、メルと話すときはいつもどこかぎこちなく、それが改善されたのはごく最近のことだった。メルは一度、話の流れでノノウに敬語でなくタメで話すように命令したことがある。ノノウは頑なに拒んでいたが、なお言わせようとすると、
 「メル…ちゃん…様ー!」
 と叫んで顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。今でも思い出すと笑ってしまうのだが、同時に申し訳なかったとも思ってしまう。とにかく、そのくらい王族に対しては身分の隔たりを感じるらしい。そんなノノウが自分より年上の王族二人と食事をしたら、食べ物は味がするんだろうか。まず、フォークを手に取れるか。

 アブエロが会見を行うのは、波島の島長退任会見以来のことだった。20年前に波島の島長を辞めてから、妻に先立たれていたアブエロは一人悠々自適な生活を送っていた。平穏な生活にピリオドを打ったのは17年前、望宮から送られてきた一通の王族命令書であった。消息不明だった自分の娘のナナが守宮を生んだ後産褥死したので、守役を務めよというのである。あの命令書を読んだ時ほどの衝撃をアブエロは後にも先にも受けたことがない。自分の娘が自分の知らない間に死んだだけでなく、孫が王族だというのである。その日は一日中何も喉を通らないほど悩み、翌日全てを吹っ切って波島を発ち蒼々本島の望宮邸に赴いた。望宮にかけられた言葉は単純かつ辛辣だった。
「娘は任せた。下がれ。」
 ナナは望宮に、自分のことをどう表現したのだろう。望宮の態度と表情を見るに、よく言われていないのは間違いない。いや、よく言われるはずがないのだ。島長時代のアブエロは、仕事に没頭するあまり家事は完全に妻や家政婦任せだった。いつも帰りは真夜中で、娘のナナとはろくに話したこともない。2歳か3歳ころだっただろうか、早朝の出勤の際に「また来てね、おじちゃん」と言われたことは今でも忘れられない思い出だ。それほどまでに娘と距離があったことが、後にナナの家出に繋がったのである。
 島長の仕事から離れて守宮の養育に専念するようになり、アブエロは初めて育児の大変さと大切さに気づいた。守宮はまるでナナの生き写しかと思わせるほど顔も声も、仕草さえも似ていた。自分は今、ナナの時に出来なかった大切な時間を過ごしている。少しでもこんな時間を作れていれば、きっと分かり合えたのに。ナナが生きている間に一度でいいから団欒だんらんを楽しめばよかった。それはもう叶わぬ夢である。望宮も守宮に殆ど会いに来ることはなかった。時の流れとは無情なものである。アブエロは望宮にかつての自分を重ね合わせていた。

 アブエロの会見と質疑応答は、無難に進んでいた。少なくともリブリの会見よりはしっかりしている。もっとも、今最南島島長のリブリは、ネット上で炎上しているが。
 そんな中、初老の記者の質問がとぶ。
 『平和第一新聞のパーツォと言います。敵が最南島攻撃のため、人工島を作った場合はどのような対応を取るのでしょうか?』
 アブエロは自信満々で答えた。
 『無論、そのような動きを見せた場合、我が最南艦隊が逐一撃砕のため出撃します。』
 『それでも作られた場合は?』
 『その場合は最南航空隊と最南陸軍が共同して島を占領、無力化させます。』
 『それでは先帝陛下の御遺訓に背きますが?』
 『は?』
 『『領土不拡大』の御遺訓に背く、と言っているのです。』
 テレビの中のアブエロが、初めて返答に窮した。
 『…先帝陛下の御遺訓に背かない範囲になるよう、新蒼候殿下と密に連絡を取り合い、対応していく所存です。』
 「この場合はどうなさるんですか、最南鎮守宮様?」
 「兄上、茶化されても困ります。」
 かぶりを振ってみたものの、これに関しては有効な手がない。例えば、今後敵が毎日のようにミサイルを飛ばして来るのならそのミサイル基地は破壊せねばならない。しかし、破壊しても破壊しても新たに建設してミサイルを撃ってくるのであれば、その地域を占領するのが『安全』への最短距離だ。しかし、国内世論が先帝の『領土不拡大』を支持した場合、占領は許されなくなるのだ。今後黒の国と戦争になった場合、メルが最も懸念しているのがこの件であった。

 まぁ及第点だろう。会見が終わって、ノノウは心をなでおろした。とりあえず目立った失言もなく終えることが出来た。アブエロも70過ぎだというのに大変な人生である。守宮がただのお嬢様人生を歩んでいれば、どれほど静かな余生を送れたことだろう。
 突然スマホがなる。守宮様からかと思って画面を見ると、電力会社からだった。
 「ノノウです。」
 「停電の原因ですが、電線の焼損でした。現在、焼損の原因を調べています。」
 やはり焼損か。ノノウはますます核の疑いを深めた。
 「分かりました。究明の方よろしくお願いします。」
 「ハッ!」
 電話を切ると直ぐに、またスマホが鳴った。今度こそ、守宮様と思って画面をみる。今度はSTSBからだ。
 「ノノウです。」
 「翠の国のラルバ殿が朝のニュースで例の戦闘機を見たようなのですが、自国の戦闘機だと連絡を入れて来ました。」
 「何…?」
 ノノウはハッとした。
 「エンジンの検査は引き続き続けて欲しいのですが、燃料の成分検査も早急にお願いします。」
 「分かりました。」
 礼を言って電話を切ると、直ぐに翠の国の人々を収容している豪華客船の収容担当者に連絡を入れた。
 「すぐにラルバ殿を最南島南部中央病院に送って下さい。話さねばならないことがあります。」
 電話を切った直後、会見を終えたアブエロが出てきた。
 「やれやれ、一体いくら老骨に鞭打てばよいのじゃ…」
 「お疲れ様です。これから、最南島南部中央病院に行って来ます。」
 「どうした、風邪でも引いたのか?」
 ノノウは目を丸くして首を振った。
 「違いますよ。これからラルバ殿と話に行くので…」
 「ハハ、冗談じゃ。だが絶対に無理しすぎるなよ。今お前に倒れられたら、代わりがおらん。」
 「…はい。」
 ノノウは運動神経も皆無だが、体もあまり強くはない。半月前にも風邪をひいて、守宮の仕事を増やしてしまったばかりであった。この上アブエロにまで迷惑をかけるわけにはいかない。
 (ラルバ殿との話が終わったら少し眠っておこうかな…)
 そんなことを考えながら、ノノウは病院へと向かった。

 昨日は本当に驚くことばかりだった。この国の船ははっきり言って異常である。船の中にプールがあり、プールサイドに立つ壁には四角い映像を流す物体が埋め込まれていた。トイレは自動で流れるし、夜は艦内が床までライトアップされる。他にも数え切れないほど驚くことがあり、ラルバはただ驚嘆するばかりであった。
 夢のような平穏を破ったのはこの船に来て2度目の昼食をとっていた頃である。突然蒼の国の者に船から連れ出されると、車に乗せられた。降ろされた場所は一昨日訪れた病院である。待っていたのは、モリノミヤの隣にいたあの少女であった。一昨日同様、意思を伝える機械に座らされる。
 (ノノウといいます。突然連れ出してすみません。どうしても聞きたいことがあって。)
 ノノウは丁寧語で話した。
(翠の国の戦闘機ですが、航続距離はどの程度なのでしょうか?)
(1650万ウィズです。)
(ウィズ…)
この国には、ウィズという単位がないようだ。ノノウは少し困った顔をした後、四角い物体をポケットからとりだした。
(これの長さは何ウィズになりますか?)
(…1.5ウィズくらいでしょうか。)
(なるほど。2200Kmぐらいということですね。)
 この計算が当たっているのかどうかは分からないが、当たっているとすれば、この少女の暗算能力は相当なものである。
(黒の国の戦闘機の航続距離は、何ウィズか分かりますか?)
(いいえ。しかしあの国の戦闘機は相当な代物です。まず、あの国の砲弾は標的を正確に狙い打てます。)
 200年以上鎖国を続けてきた黒の国は、2年前、突如藍の国に攻め込み、僅か1年で制服すると、直ぐに翠の国に攻め込み、これもまた1年でほぼ全土を掌握した。翠の国が情報を集める間など殆どなく、自国の対応であたふたしている間に王都を占領されてしまい、国としての機能を失った。そのため、黒の国の情報をラルバはほとんど持っていない。ただ一つ軍人としていえるのは、兵器に圧倒的な差があることであった。命中精度も射程距離も、黒の国は大きく進んでいた。最初の大規模な空戦で、翠の国の戦闘機は一発の銃弾を当てることも出来ずに全機撃墜された。どの戦闘機も射程距離に入る前に敵の砲弾に狙い撃ちされていったのである。こうして制空権を奪われると、後は蹂躙されるだけだった。民は皆空襲にやられていく。軍の主要施設、工場は軒並み狙い撃ちされ、その機能を失っていった。残された人々は塹壕を掘ったり洞窟にこもり、進軍してきた黒の国の兵士たちを果敢に狙撃した。しかし、その兵士たちも火炎放射器に焼かれ、毒ガスを浴びせられていったと聞いている。気づけばラルバの拳は固く握り締められていた。一体どれだけの無辜むこの民が殺戮されていったのだろうか。これほど無残な戦争が、かつてあったか。
(ラルバ殿!)
 はっと我に返る。
(申し訳ない。ぼーっとしていました。)
(無理もないです。ラルバ殿もお疲れでしょう。ですがもう一つお聞かせ下さい。翠の国の戦闘機は、空中で燃料を補給することはできますか?)
  (…質問の意図が解りません。給油は地上で行うものです。)
 ノノウは深く頷いた。ラルバにはその意味が全く解らない。

 ラルバと話し終えて、ノノウは最南鎮守府へと帰途についた。やはり間違いない。ノノウは確信した。南海事件の際、戦闘機がここまでやって来れたのは燃料の影響だろう。黒の国の使っている燃料の燃費は、きっと蒼の国よりずっと素晴らしいものなのだ。南海事件の時に飛んできた戦闘機はおそらく、黒の国が見せしめに翠の国の戦闘機を飛ばしたのではないだろうか。航続距離2200Kmをここまで飛ばすとは、一体どれほど燃費が良いのか、その燃料を使えばミューナはどこまで飛べるのか…。そこまで考えた時、ノノウのスマホがなった。見慣れない番号である。とった瞬間、絶叫がノノウの耳を襲った。
 「サウスオブコントロールよりノノウ殿へ!正体不明の飛行体30機を探知!距離500Km!編隊を組みつつ、1000Km/hでこちらに接近中!」
 「直ちに第1飛行隊に連絡!スクランブルで発進させて下さい!」
 ノノウは頭を抱えた。敵の動きがあまりにも早すぎる。国は二人のトップを失って以来、何の指示も出せていない。何も出来ないのなら、せめて守宮を返して欲しかった。国葬は伝統とはいえ、何故最前線の司令官を取り上げられないといけないのか。伝統にこだわって国が滅びたら、元も子もないではないか。
 しかし、今更どうすることも出来なかった。頼れるのはミューナと最南第1飛行隊のみである。守宮に任された以上、見届けなければならない。この戦闘は、蒼の国史上初めてのミサイル搭載機同士の空戦、そして蒼黒戦争の幕開けになるのだ。

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