薬師シャルロット
過去からの約束
「最悪の結末ですか……」
「そうだ、汝の母親は、汝を溺愛していた。全て、汝の父親である暁孝雄が危惧していたとおりになっていた」
「魔王さん……」
私は、彼を見上げながら言葉を紡ぐ。
「すまなかった。1000年前の約束であったからと言い訳をするつもりはない。だからと言って、恩人である暁孝雄との約束を違えたことに違いはない」
「そんなこと……」
魔王さんは私の瞳をまっすぐに見ながら紳士的に語りかけてくる。
彼が言っていることが全て真実であるということは、何故か知らないけど分かってしまう。
だけど、私にこれ以上、どうしろというのか――。
許さないという選択肢?
そんなのは傲慢でしかない。
最悪の事態と言っても、問題は、私とお母さんの問題であって、魔王さんには関係ない。
「魔王さんは、私を助けてくれました。それだけで十分です。それ以上、何を望むべきものでしょう。お母様と私との関係性と問題点は、それは親子の問題です」
「なるほどな……、汝もルアル王妃と同じようなことを言うのだな」
「それって……」
私の言葉に魔王さんは頷くと。
「私は汝を助けた日。その夜、汝が寝ているときに汝の母親であるルアル王妃と語りあったのだ。これから国を、どう運用していくのか? とな……」
全然、知らなかった。
私が寝ている間に、そんな話し合いをしていたなんて……。
「汝の母親は、それは娘と話をして決めるといってきた」
「お母様が?」
「そうだ。だが、彼女は国を運営する手腕はもたない普通の女性だ。そして、汝に対して、とても強い執着を持っているように見えた」
「執着……まったく気がつかなかった……」
「そうであろうな。だが、周りから客観的に見れば分かりやすいものであった」
「……」
「だが、暁孝雄と汝の話を聞いて合点がいった。ルアル王妃は前世で自分の子供に先立たれたことで自らを攻め続けたのだろう。自分の大切な我が子を守れぬ無力さに、そして、何も出来なかった無念さに。だから――」
「そうだったのですか……」
「なんということはない。互いが互いを大切に思っていたからこそ、擦れ違いや誤解が生まれ、その結果が今に繋がっているに過ぎないのだ」
「……もっと、言葉を交わせばよかったんですね…・・・」
「うむ……」
私の言葉に魔王さんは頷くと頭の上に手を載せてくる。
「それで汝は、これからどうするつもりだ?」
「私は……」
どうしたらいいのかなんて決まっている。
たくさんの言葉と想いを伝えられて、それで答えが導き出せないなんて、そんなのダメだ、
「私は、もう一度! お母さんと、きちんと話をしたいです!」
「そうか……、なら、逃避行をしている場合ではないな」
魔王さんの言葉に私はゆっくりと「……はい」と、言葉を紡ぎなら頷く。
そんな私の言葉を聞いた魔王さんは、ゆっくりと頷くと、私の手に金属の塊を渡してきた。
「これは、ここの鍵だ。汝が相続するのが筋であろう」
「……はい、ありがとうございます」
「よい、前にも言ったであろう? 我は魔王。支配者たる者の義務を果たしたに過ぎない」
魔王さんの言葉に私は頷きながら立ち上がる。
「いくのか?」
「はい! お母さんを元に戻せるかどうか分かりません。でも、きちんと話をしてケジメをつけないと前に進めないと思いますから!」
「そうか……、これで汝もようやく一人前として旅立ちであるな……」
「――え?」
魔王さんは、唐突に卒業という言葉を私に投げかけてきた。
「旅立ちって――?」
「何度も言わせるな。人だけではなく全ての生物は親や保護者から旅立つときがくる。それは意志、心の自立である。汝も決めたのであろう? 自分の進む道を――。人に流されるのではなく、自分で自分の足で立ち進む方向を、ならば、それが汝の旅立ちであろう?」
「……そうなのでしょうか?」
実感がわかない。
今、何をしないといけないかが分かっただけ。
でも、魔王さんは、そんな私の見ると一瞬だけ笑みを浮かべて――。
「シャルロットにして、暁綾香よ! 汝は世界最強の魔王たる我の弟子なのだぞ? その我が一人前と認めたのだ! 貴様が臆するということは、我が臆したと取られてしまうではないか!」
「それは飛躍しすぎな気が……」
「ふっ、シャルロットよ。お前が決めることではない。それは魔王たる我が決めるべきことだ。それとも汝は自分が宣言したことを撤回するのか?」
私は魔王さんの言葉に、そんなことはしないとばかりに頭を左右にふる。
すると彼は、満足そうに頷いてみせた。
「もう会うことは無いと思うが、これからも達者に暮らすのだぞ?」
「魔王さん?」
「我は魔王だ。そう何度も人間界に来るわけにはいかないからな」
「そう……ですよね……」
彼の言葉に、私はいつの間にかすごく落ち込んでしまっていた。
「やれやれ……。我が弟子は、手間がやける」
魔王さんは、そう呟くと座っていた私の両手に一つの箱を乗せてきた。
それは我からの選別だ。
「選別ですか? 今、開けてもいいですか?」
私の問いかけに魔王さんは頷く。
すぐに包みを開けて箱を開けると、箱の中には透明な物体が入っていた。
箱を逆さまにして落とすと、それはうねうねと動く透明な物体だった。
「それは、我の特別製スライムだ。魔力を与えれば汝の使い魔になる」
ブローチかネックレスが貰えるかも知れないと思っていただけに、少し驚いてしまった。
でも、魔王さんらしいといえば魔王さんらしいかもしれない。
「ありがとうございます。大切にします」
「うむ、そろそろ行くがよい。あまりここに長居はよくないからな。汝のことを心配している者もいるのであろう?」
「――あっ……」
一瞬、エンハーサさんとラウリィさんの顔が頭の中に浮かんだ。
「ふっ――」
「あ、あの……わ、私…・・・」
魔王さんに何て気持ちを伝えていいか分からない。
ありがとうございますという気持ちだけでは伝えられない想いがたくさん、たくさんある。
これが――。
この語り合いが最後だと言われてしまうと、余計に言葉が胸に詰まって出てこない。
「……笑顔だ」
「――え?」
私の目を見ながら、魔王さんはフッと笑うと「笑顔だけでよい」と、私に告げてきた。
魔王さんの言葉に、一瞬呆けていたけど、彼が言った言葉を理解して、私は頭を左右にふる。
最後なのに、笑顔になんてなれるわけがないから!
「そんなの無理です……」
どれだけ、彼に助けられたのか分からない。
多くことを、たくさんの想いを、生きる術をいっぱい教えてもらった。
「だって! 突然居なくなったりして! いきなり現れて、独り立ちって言われても、突然すぎて心の整理がつかないです!」
「……」
それに、私は――。
「私は、魔王さんのことが!」
そこで唇を、魔王さんの人差し指で塞がれた。
「シャルロットよ、その言葉だけは紡いではならん。それに我は汝のことを弟子としか思っておらん」
「……そんな……」
そんなの酷いよ。
気持ちを告げることも許してもらえないなんて――。
こんなに、こんなに心がたくさん痛いくらい思っているのに……。
「いつか汝にも、本当に好きな者が出来るであろう。そのときは、暁孝雄の変わりに盛大に祝ってやろうではないか」
「それって……」
「うむ。この魔王、嘘をついたことがあったか?」
彼の言葉に私は「なかったです」としか言えない。
「なら、もういくがよい」
彼の言葉に私は、何も言えず頷くことしかできない。
何故か分からないけど、否定したらいけない、そんな雰囲気がしたから――。
だから、私は転移魔術を発動させる。
そして転移魔術が発動し、周囲の風景が消えていく瞬間、彼に精一杯の今、自分が出来る笑顔を見せた。
それを彼が見てくれるかどうかは分からなかったけど、わずかに魔王さんの口角が上がったのだけは最後に見えた。
シャルロットが転移魔術で消えたのを確認した後、俺は、その場にゆっくりと座りこんだ。
「ギリギリであったな……」
まったく世話を焼かせる愛弟子であるな。
俺は最後に笑顔を見せたシャルロットを思い出しながら一人呟く。
「魔王様!」
「サ……リ……ウスか……」
「ハッ! それでお約束は――」
「ああ、暁孝雄との約束は果たせた。これで……」
サリウスと話しをしている間にも指の先から、白く変色し崩れていく。
「魔王様・・・…」
「気にすることない、寿命だ。それよりも、あとは、任せたぞ?」
「ハッ! 魔王軍一同、魔王領維持のために奮闘いたします!」
俺の言葉を聞いたサリウスが、赤い瞳から涙を零しながら敬礼をしてくる。
やれやれ……。
1000年間という約束は想いのほか長いものであったな……。
「そうだ、汝の母親は、汝を溺愛していた。全て、汝の父親である暁孝雄が危惧していたとおりになっていた」
「魔王さん……」
私は、彼を見上げながら言葉を紡ぐ。
「すまなかった。1000年前の約束であったからと言い訳をするつもりはない。だからと言って、恩人である暁孝雄との約束を違えたことに違いはない」
「そんなこと……」
魔王さんは私の瞳をまっすぐに見ながら紳士的に語りかけてくる。
彼が言っていることが全て真実であるということは、何故か知らないけど分かってしまう。
だけど、私にこれ以上、どうしろというのか――。
許さないという選択肢?
そんなのは傲慢でしかない。
最悪の事態と言っても、問題は、私とお母さんの問題であって、魔王さんには関係ない。
「魔王さんは、私を助けてくれました。それだけで十分です。それ以上、何を望むべきものでしょう。お母様と私との関係性と問題点は、それは親子の問題です」
「なるほどな……、汝もルアル王妃と同じようなことを言うのだな」
「それって……」
私の言葉に魔王さんは頷くと。
「私は汝を助けた日。その夜、汝が寝ているときに汝の母親であるルアル王妃と語りあったのだ。これから国を、どう運用していくのか? とな……」
全然、知らなかった。
私が寝ている間に、そんな話し合いをしていたなんて……。
「汝の母親は、それは娘と話をして決めるといってきた」
「お母様が?」
「そうだ。だが、彼女は国を運営する手腕はもたない普通の女性だ。そして、汝に対して、とても強い執着を持っているように見えた」
「執着……まったく気がつかなかった……」
「そうであろうな。だが、周りから客観的に見れば分かりやすいものであった」
「……」
「だが、暁孝雄と汝の話を聞いて合点がいった。ルアル王妃は前世で自分の子供に先立たれたことで自らを攻め続けたのだろう。自分の大切な我が子を守れぬ無力さに、そして、何も出来なかった無念さに。だから――」
「そうだったのですか……」
「なんということはない。互いが互いを大切に思っていたからこそ、擦れ違いや誤解が生まれ、その結果が今に繋がっているに過ぎないのだ」
「……もっと、言葉を交わせばよかったんですね…・・・」
「うむ……」
私の言葉に魔王さんは頷くと頭の上に手を載せてくる。
「それで汝は、これからどうするつもりだ?」
「私は……」
どうしたらいいのかなんて決まっている。
たくさんの言葉と想いを伝えられて、それで答えが導き出せないなんて、そんなのダメだ、
「私は、もう一度! お母さんと、きちんと話をしたいです!」
「そうか……、なら、逃避行をしている場合ではないな」
魔王さんの言葉に私はゆっくりと「……はい」と、言葉を紡ぎなら頷く。
そんな私の言葉を聞いた魔王さんは、ゆっくりと頷くと、私の手に金属の塊を渡してきた。
「これは、ここの鍵だ。汝が相続するのが筋であろう」
「……はい、ありがとうございます」
「よい、前にも言ったであろう? 我は魔王。支配者たる者の義務を果たしたに過ぎない」
魔王さんの言葉に私は頷きながら立ち上がる。
「いくのか?」
「はい! お母さんを元に戻せるかどうか分かりません。でも、きちんと話をしてケジメをつけないと前に進めないと思いますから!」
「そうか……、これで汝もようやく一人前として旅立ちであるな……」
「――え?」
魔王さんは、唐突に卒業という言葉を私に投げかけてきた。
「旅立ちって――?」
「何度も言わせるな。人だけではなく全ての生物は親や保護者から旅立つときがくる。それは意志、心の自立である。汝も決めたのであろう? 自分の進む道を――。人に流されるのではなく、自分で自分の足で立ち進む方向を、ならば、それが汝の旅立ちであろう?」
「……そうなのでしょうか?」
実感がわかない。
今、何をしないといけないかが分かっただけ。
でも、魔王さんは、そんな私の見ると一瞬だけ笑みを浮かべて――。
「シャルロットにして、暁綾香よ! 汝は世界最強の魔王たる我の弟子なのだぞ? その我が一人前と認めたのだ! 貴様が臆するということは、我が臆したと取られてしまうではないか!」
「それは飛躍しすぎな気が……」
「ふっ、シャルロットよ。お前が決めることではない。それは魔王たる我が決めるべきことだ。それとも汝は自分が宣言したことを撤回するのか?」
私は魔王さんの言葉に、そんなことはしないとばかりに頭を左右にふる。
すると彼は、満足そうに頷いてみせた。
「もう会うことは無いと思うが、これからも達者に暮らすのだぞ?」
「魔王さん?」
「我は魔王だ。そう何度も人間界に来るわけにはいかないからな」
「そう……ですよね……」
彼の言葉に、私はいつの間にかすごく落ち込んでしまっていた。
「やれやれ……。我が弟子は、手間がやける」
魔王さんは、そう呟くと座っていた私の両手に一つの箱を乗せてきた。
それは我からの選別だ。
「選別ですか? 今、開けてもいいですか?」
私の問いかけに魔王さんは頷く。
すぐに包みを開けて箱を開けると、箱の中には透明な物体が入っていた。
箱を逆さまにして落とすと、それはうねうねと動く透明な物体だった。
「それは、我の特別製スライムだ。魔力を与えれば汝の使い魔になる」
ブローチかネックレスが貰えるかも知れないと思っていただけに、少し驚いてしまった。
でも、魔王さんらしいといえば魔王さんらしいかもしれない。
「ありがとうございます。大切にします」
「うむ、そろそろ行くがよい。あまりここに長居はよくないからな。汝のことを心配している者もいるのであろう?」
「――あっ……」
一瞬、エンハーサさんとラウリィさんの顔が頭の中に浮かんだ。
「ふっ――」
「あ、あの……わ、私…・・・」
魔王さんに何て気持ちを伝えていいか分からない。
ありがとうございますという気持ちだけでは伝えられない想いがたくさん、たくさんある。
これが――。
この語り合いが最後だと言われてしまうと、余計に言葉が胸に詰まって出てこない。
「……笑顔だ」
「――え?」
私の目を見ながら、魔王さんはフッと笑うと「笑顔だけでよい」と、私に告げてきた。
魔王さんの言葉に、一瞬呆けていたけど、彼が言った言葉を理解して、私は頭を左右にふる。
最後なのに、笑顔になんてなれるわけがないから!
「そんなの無理です……」
どれだけ、彼に助けられたのか分からない。
多くことを、たくさんの想いを、生きる術をいっぱい教えてもらった。
「だって! 突然居なくなったりして! いきなり現れて、独り立ちって言われても、突然すぎて心の整理がつかないです!」
「……」
それに、私は――。
「私は、魔王さんのことが!」
そこで唇を、魔王さんの人差し指で塞がれた。
「シャルロットよ、その言葉だけは紡いではならん。それに我は汝のことを弟子としか思っておらん」
「……そんな……」
そんなの酷いよ。
気持ちを告げることも許してもらえないなんて――。
こんなに、こんなに心がたくさん痛いくらい思っているのに……。
「いつか汝にも、本当に好きな者が出来るであろう。そのときは、暁孝雄の変わりに盛大に祝ってやろうではないか」
「それって……」
「うむ。この魔王、嘘をついたことがあったか?」
彼の言葉に私は「なかったです」としか言えない。
「なら、もういくがよい」
彼の言葉に私は、何も言えず頷くことしかできない。
何故か分からないけど、否定したらいけない、そんな雰囲気がしたから――。
だから、私は転移魔術を発動させる。
そして転移魔術が発動し、周囲の風景が消えていく瞬間、彼に精一杯の今、自分が出来る笑顔を見せた。
それを彼が見てくれるかどうかは分からなかったけど、わずかに魔王さんの口角が上がったのだけは最後に見えた。
シャルロットが転移魔術で消えたのを確認した後、俺は、その場にゆっくりと座りこんだ。
「ギリギリであったな……」
まったく世話を焼かせる愛弟子であるな。
俺は最後に笑顔を見せたシャルロットを思い出しながら一人呟く。
「魔王様!」
「サ……リ……ウスか……」
「ハッ! それでお約束は――」
「ああ、暁孝雄との約束は果たせた。これで……」
サリウスと話しをしている間にも指の先から、白く変色し崩れていく。
「魔王様・・・…」
「気にすることない、寿命だ。それよりも、あとは、任せたぞ?」
「ハッ! 魔王軍一同、魔王領維持のために奮闘いたします!」
俺の言葉を聞いたサリウスが、赤い瞳から涙を零しながら敬礼をしてくる。
やれやれ……。
1000年間という約束は想いのほか長いものであったな……。
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魔王格好良すぎだろ!!(T△T)