薬師シャルロット

なつめ猫

未練未酌

 私は、クレベルト王国の王城。
 その後宮近くの湖に落ちてからの出来事を、転生と魔王さんの事を抜いて説明した。

 最初は、半信半疑であった彼も話が少しずつ現在の私が置かれている境遇に近くなってくると、理解し始め――。

「――そんな……バカなことが!」

 彼は、怒りのあまりに床板を殴りつけていた。
 ラウリィさんが、怒る場面を見たことが無かったこともあり、一瞬、私は驚いてしまった。

「――す、すまない……」

 彼は、左手で震える右コブシを押さえつけてはいたけど、どうやら怒りは収まらないようで――。

「もういいのです。終わったことですから……」

 そう、父であるクレイクは魔王に殺されたというのは、世界中の人間なら知っている。
 さらに魔王に私と母は軟禁と言う形で幽閉されていると言うことになっていて。

「……君は、まだ過去の呪縛に囚われたままではないのか?」
「――そ、それは……」
「はぁー……」

 彼は、私のことを頑固だと思ったのか、小さくため息をつくと私の肩に手をおくと。

「まぁ、魔王が自分の領土にクレイク元国王が入ってきたからと倒してくれたのは良かった。だが、軟禁状態とは言え無事に過ごせたのは奇跡だったとも言える。おそらく君や母君が魔王の手に掛からなかったのは、諸侯からの連合軍の相手に魔王も戦っていて、それどころではなかったのだろうな」
「……そ、そうですね……」

 いい感じで誤解してくれた。
 でも、こんなのでいいのかな? と思ってしまうけど――。
 せっかくクレベルト王国は、現在では政治が安定しているのだ。
 私が要らぬことを言って混乱を招いても仕方ない。

「――だが、一つだけ腑に落ちない事がある」
「腑に落ちないこと?」

 私の言葉に、ラウリィさんは頷くと真剣な表情で。

「君の母親であるルアル王妃のことだ」
「お母様のことですか?」
「ああ、私も勇者として多くの場所を巡ってきたし帝政国立軍事学校で精神魔術についての講義もあった。そこには精神に異常を発生させる魔術というのは、相手に触れているか、もしくは手が届く範囲が有効範囲だ。君が精神に異常を来たした時。たとえば、急に眠くなり、意識が薄れている時だが、そんなときに居たのはメロウという女だったよな?」
「はい、そうですけど……」
「ふむ――」

 ラウリィさんは、顎に手を当てながら難しい表情をしたまま、考えをまとめるように思案する。

「これは、俺の想像――つまり過程の話だが……」

 何故だか知らないけど、ラウリィさんが言い淀んでいる。
 いったい、どうしたというのか――。

「確信を話す前に、君に確認しておきたい。本当に、精神魔術を破ったのは君なんだな?」
「――え? どうして……」
「重要なことだ」
「そ、そうです。私ですが――」
「そ、そうか……」

 ラウリィさんは、額に手を当てると「なんということだ。なるほど、だからエンハーサは本当のことを……いや、もしかしたら彼女を王宮から遠ざけたのも」と、呟いたあと、私を見てきた。

「アヤカ、君は、このまま、ここで薬師として暮らした方がいい。私も、力を貸そう」
「――え?」

 精神魔術の攻撃を受けたお母様を助ける術があると思っていただけに、いきなり薬師として暮らした方がいいと言われて私は首を傾げてしまう。

「どういうことですか? 精神魔術について教えてくれないのですか?」
「ダメだ! 精神魔術はおいそれと教える魔術ではない!」

 私の問いかけに、彼は突然、声を荒げてきた。
 そして私の両肩に手を置くと。

「アヤカ、君は自分の回復魔術が原因で国の民が戦火に巻き込まれるかもしれないといわれたのだろう?」
「――は、はい?」

 え? 何? どうして、いきなり……そんな話を……。
 たしかに、そう言ったけど――。
 でも、お母様にかけられた精神魔術とは、それは関係ないのでは――。

「いいか? 君は特徴的な容姿だ。黒髪に黒い瞳。この特徴を持つ人間はめったにいるものじゃない。君が母親を助けにいけば必ずクレベルト王国に、他の国の軍隊が君を手に入れるために来るかも知れない。たしかに、母親に会えないのはつらいだろう。だが、国民の生活を守るのが王族の義務なのだろう? だったら、このまま、ここので薬師として暮らすのが最善策だと俺は思う」
「――え? どうして、突然、そんなこと言うのですか? 私は、お母様を助けるために、いろいろな事を調べていこうと――」
「余計な知識は、身を滅ぼす。だから、君は過去に囚われず今を生きたほうがいい。それにクレベルト王国のルアル王妃は大森林国アルフの元・王女なのだから、かの国が助けてくれるのを待ったほうがいいだろう。余計なことをすれば、要らぬ争いを生むからな」

 何故か知らないけど、ラウリィさんは私の瞳をまっすぐに見て話かけてくる。
 しかも、さっきまでは精神魔術に関して饒舌に教えてくれていたのに、私が精神魔術を解除したと言ったら、魔術に関して答えてくれなくなった。

「約束してくれ」
「約束?」
「ああ、俺は君のことを誰にも話さない。だから、君も精神魔術に関しては一切、調べないと――」
「……え? で、でも……。お母様を助けないと――」
「ダメだ! 精神魔術はエルフ固有の魔術だ。それを調べていると周囲に分かればルアル王妃の血を引いているハーフエルフの君が特定される可能性だってあるんだ。だから、精神魔術は調べたらいけない。いいな?」

 私の言葉に、ラウリィさんがまったく耳を傾けてくれない。
 意味がわからない。

「……もしかして――」
「どうした?」
「私が王族だから……ラウリィさん、私のことが嫌いになったから、教えてくれないのですか?」
「そういう問題じゃない。余計なことを知ろうとすれば、必ずリスクが発生する。また、奴隷のように扱われる可能性だってある! 魔王が偶然助けてくれたような奇跡は、もう起きない! だから、絶対に精神魔術については調べるな! いいな?」

 ――だめだ。
 私の話をまったく聞いてくれない。

 彼が精神魔術について教えてくれるならリスクなしで精神魔術について分かるのに、どうして教えてくれないのか意味が分からない。
 なんだかんだ言っても、ラウリィさんは王族や貴族が嫌いだと言っていたから、私が嫌いになったのかも知れない。



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