薬師シャルロット
エスケープ・プリンセス(2)
「シャルロットが、それをする必要はないのよ?」
お母さまが後ろから抱きしめながら諭すように私に語りかけてくる。
「ううん、大丈夫。それに、お母さまには元気になってほしいもの」
「――でも……」
お母さまが言いよどむ。
きっと、私のことを心配しているのだろう。
それでも、私の決意は変わらない。
「お母さまは、心配しないで! どうせ、やる事はないから!」
「……王族として貴族としての勉強があるのよ?」
「…………私は、お母さまの元気になってほしいから!」
「シャルロット様……」
エンハーサさんが、呆れたような声で語りかけてくる。
「わ、わかっています! きちんと王族としての勉強もしますし……」
一度も勉強をサボったこともないのに、私がサボるための口実のためエンハーサさんの薬を作る手伝いをすると思われるとちょっとやるせない気がする。
「王妃様、私としては、別にシャルロット様に手伝って頂けるのは問題ありませんが、どうでしょうか?」
「……私は――」
お母さまが迷った素振りを見せる。
いつもなら、私が王族関係の勉強をするときは、すぐに許可をくれるのに、魔術の修行のときもそうだったけど、王族の仕事と関係ないときは、すごく渋ってくる。
どうしてなのか分からないけど、やっぱり王族に生まれてずっと暮らしてきたから? と考えずにはいられない。
「――シャルロット、貴女は他国との交渉も勉強しなくてはならないのですよ? それに貴女には貴女の仕事があるのです。王族として義務と権利を果たさなくてはいけないのですよ?」
「きちんと、その点に関しては取り組みます。でも、魔術に割いていた時間をエンハーサの薬を作る手伝いに使うなら問題ないと思います」
私の言葉に、お母さまは「絶対だめよ」と、抱きしめたまま耳元で語りかけてきた。
「エンハーサ、シャルロットが貴女のところに行ったら、私に報告しなさい」
「――わかりました。ですが……シャルロット様は王妃様の容態を鑑みて――」
「二度は言いません。シャルロットに薬学を教えることは許しません。わかりましたね?」
「……畏まりました」
「お母さま……?」
何故だかよく分からない。
だけど、お母さまが後ろから私を抱きしめる手に力が入っていた。
そう――。
大事なモノが、どこにも行かないようにという意思が伝わってくるかのように。
「いいのよ? シャルロットは私は守ってあげるから。何も恐い思いはさせないから、今度はきちんと大事に守ってあげるからね」
「お母さま、私は大丈夫です」
「エンハーサ、席をはずしてもらえるかしら?」
「…………わかりました」
お母さまを迎えに来たはずのエンハーサさんは、お母さまに命令され、その場から立ち去っていく。
私はかれの背中を見て、何故か分からないけど嫌な予感が膨らんでいく。
「シャルロット」
お母さまは、私の名前を呼びながら後ろから抱きしめていた腕を解くと私の真正面に移動してきて、ジッと私を見てきた。
「お母さま?」
「シャルロット、よく聞きなさい。この世界では、女性は一人で暮らしていくのはとても大変なのよ? とくに人権なんて無いような物なの。貴女だってクレイクに、奴隷として扱われたでしょう?」
「――ッ!?」
唐突に、クレイクやメロウにされたことが脳裏に浮かび上がってくる。
それは不自然なほどのタイミングで――。
私は頭を抱える。
恐怖が……。
苦しみが……。
悲しみが……。
心の中に闇を生み出していく。
「カハッ――」
呼吸が……息が……。
「――お、おかあさ……ま……」
目の前の光景が――。
歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。
根源的な恐怖が全身を覆いつくしていく。
寒い、寒い――。
誰か……私を――。
そんな時だった。
暖かい何かが私をやさしく包み込んできた。
それは、よく嗅いだ匂い。
それは、よく知っている人の温かさ。
異世界に来てから、ずっと一緒に居た人。
それは――。
「お、お母さま――」
私は、涙で濡れた声でお母さまの名前を呼ぶ。
すると、お母さまは私の耳元に口を近づけてくる。
「思い出せたようね? 私は、貴女が心配なの。貴女は、この世界を甘くみているわ。それは王族として、城から出たことがないから。人というのは基本悪意で出来ているの。特に、この世界ではね。だから――」
お母さまは、私を抱きしめながら言葉を続けて紡いでくる。
「貴女は、余計なことをしなくていいの。余計なことを考えなくていいの。前世では、私は貴女を守ってあげられなかった。だから、この世界では、貴女を守ってあげるから。だって私はエルフだから。人間の血が混じっている綾香、貴女よりも私の方が長生きできるからね。だから、貴女は守られていればいいのよ?」
お母さまの言葉は、とても強くて何も言葉を返すことが出来ない。
まるで反論を許さないとばかりに、強く、とても強く私の体と心を縛りつけてきた。
お母さまが後ろから抱きしめながら諭すように私に語りかけてくる。
「ううん、大丈夫。それに、お母さまには元気になってほしいもの」
「――でも……」
お母さまが言いよどむ。
きっと、私のことを心配しているのだろう。
それでも、私の決意は変わらない。
「お母さまは、心配しないで! どうせ、やる事はないから!」
「……王族として貴族としての勉強があるのよ?」
「…………私は、お母さまの元気になってほしいから!」
「シャルロット様……」
エンハーサさんが、呆れたような声で語りかけてくる。
「わ、わかっています! きちんと王族としての勉強もしますし……」
一度も勉強をサボったこともないのに、私がサボるための口実のためエンハーサさんの薬を作る手伝いをすると思われるとちょっとやるせない気がする。
「王妃様、私としては、別にシャルロット様に手伝って頂けるのは問題ありませんが、どうでしょうか?」
「……私は――」
お母さまが迷った素振りを見せる。
いつもなら、私が王族関係の勉強をするときは、すぐに許可をくれるのに、魔術の修行のときもそうだったけど、王族の仕事と関係ないときは、すごく渋ってくる。
どうしてなのか分からないけど、やっぱり王族に生まれてずっと暮らしてきたから? と考えずにはいられない。
「――シャルロット、貴女は他国との交渉も勉強しなくてはならないのですよ? それに貴女には貴女の仕事があるのです。王族として義務と権利を果たさなくてはいけないのですよ?」
「きちんと、その点に関しては取り組みます。でも、魔術に割いていた時間をエンハーサの薬を作る手伝いに使うなら問題ないと思います」
私の言葉に、お母さまは「絶対だめよ」と、抱きしめたまま耳元で語りかけてきた。
「エンハーサ、シャルロットが貴女のところに行ったら、私に報告しなさい」
「――わかりました。ですが……シャルロット様は王妃様の容態を鑑みて――」
「二度は言いません。シャルロットに薬学を教えることは許しません。わかりましたね?」
「……畏まりました」
「お母さま……?」
何故だかよく分からない。
だけど、お母さまが後ろから私を抱きしめる手に力が入っていた。
そう――。
大事なモノが、どこにも行かないようにという意思が伝わってくるかのように。
「いいのよ? シャルロットは私は守ってあげるから。何も恐い思いはさせないから、今度はきちんと大事に守ってあげるからね」
「お母さま、私は大丈夫です」
「エンハーサ、席をはずしてもらえるかしら?」
「…………わかりました」
お母さまを迎えに来たはずのエンハーサさんは、お母さまに命令され、その場から立ち去っていく。
私はかれの背中を見て、何故か分からないけど嫌な予感が膨らんでいく。
「シャルロット」
お母さまは、私の名前を呼びながら後ろから抱きしめていた腕を解くと私の真正面に移動してきて、ジッと私を見てきた。
「お母さま?」
「シャルロット、よく聞きなさい。この世界では、女性は一人で暮らしていくのはとても大変なのよ? とくに人権なんて無いような物なの。貴女だってクレイクに、奴隷として扱われたでしょう?」
「――ッ!?」
唐突に、クレイクやメロウにされたことが脳裏に浮かび上がってくる。
それは不自然なほどのタイミングで――。
私は頭を抱える。
恐怖が……。
苦しみが……。
悲しみが……。
心の中に闇を生み出していく。
「カハッ――」
呼吸が……息が……。
「――お、おかあさ……ま……」
目の前の光景が――。
歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。歪む。
根源的な恐怖が全身を覆いつくしていく。
寒い、寒い――。
誰か……私を――。
そんな時だった。
暖かい何かが私をやさしく包み込んできた。
それは、よく嗅いだ匂い。
それは、よく知っている人の温かさ。
異世界に来てから、ずっと一緒に居た人。
それは――。
「お、お母さま――」
私は、涙で濡れた声でお母さまの名前を呼ぶ。
すると、お母さまは私の耳元に口を近づけてくる。
「思い出せたようね? 私は、貴女が心配なの。貴女は、この世界を甘くみているわ。それは王族として、城から出たことがないから。人というのは基本悪意で出来ているの。特に、この世界ではね。だから――」
お母さまは、私を抱きしめながら言葉を続けて紡いでくる。
「貴女は、余計なことをしなくていいの。余計なことを考えなくていいの。前世では、私は貴女を守ってあげられなかった。だから、この世界では、貴女を守ってあげるから。だって私はエルフだから。人間の血が混じっている綾香、貴女よりも私の方が長生きできるからね。だから、貴女は守られていればいいのよ?」
お母さまの言葉は、とても強くて何も言葉を返すことが出来ない。
まるで反論を許さないとばかりに、強く、とても強く私の体と心を縛りつけてきた。
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