薬師シャルロット

なつめ猫

魔術師への道(1)

「朝食……」

 私は、思わず沈んだ声が出てしまっていた。
 ずっと命を狙われていたと思っていたこともあって、食べ物から味がしないことを思い出したから。

「大丈夫よ、綾香も回復魔術が使えるようになったのだから」

 お母さんが励ましの言葉と共に後ろから私を抱きしめてくる。

「うん……」

 私が頷くとお母さんが、「どうぞ!」と威厳のある声色で扉の外にいる人に命令をしていた。
 威厳のある声は、王女から王妃まで経験してきた長年の賜物だと思う。
 きっと私には無理だと思う。

 お母さんの言葉の後、部屋の扉が開く。

 入ってきたのは、私が見たことのある犬耳を頭に生やしたメイドさんで――。
 彼女はパンやスープなどのモーニングセットを並べていく。

「何かあったら私が守ってあげるから、シャルロットは安心して暮らしていればいいのよ」
「……」

 人前で、お母さんの事を何て言えばいいのか判断がつかない。
 お母さま? お母さん? どちらで答えていいか分からないからこそ、無言になってしまう。
 だから、私は小さく頷くだけで答えた。
 それが、現状では一番の選択だと思ったから。

「ご用意ができました」

 朝食の準備が終わったのか、お母さんが「そう、今日は部屋の外に出ていてくれる?」と命令すると、メイドさんは命令に従って部屋から出ていった。
 扉が閉まる音が部屋内に響き渡ると、お母さんは私を抱っこして配膳されたテーブル前の椅子に座る。
 そして、何故か知らないけど私を膝に乗せたまま。

「はい、あーんして」

 お母さんに言われるまま口を開けると、スプーンを口に入れられ、スープが口の中に入ってくるけど……味はしない」
「どう? おいしい?」

 お母さんの言葉に、私は頭を振る。

「そう、それなら……」

 それからお母さんは料理を一口食べたあと、同じものを私に食べさせた。
 でも結局、味は分からなかった。

 メイドの人が来て配膳が終わるのと入れ替わり魔王さんが部屋に入ってくる。

「魔王さん?」
「ああ、魔王だ。それよりも朝食は食べ終わったようだな」

 魔王さんの言葉に「ええ、おかげさまで」と、お母さんが答えた。
 私は、二人の様子を見ながらアレ? と思った。
 なんだが……魔王さんと、お母さんの仲が良くない気が……。
 昨日、寝る前は、そんな事なかったのに?

「それじゃ、今日からシャルロット王女の魔術修行を行いたいと思う」
「まじゅつのしゅぎょう?」
「ああ、まずは自分の身を守れるようにならなければいけない。自らの手で、自身の身を守れないようでは、自立も侭ならないであろう?」

 魔王さんの言葉に、私はたしかに……と頷く。

「魔王、娘には魔術は……」
「そのことについては、散々話し合ったであろう? いつまでも親が守ってばかりでは、子供は、自立はできぬものだ。それに、また同じ悲劇を繰り返すつもりなのか? 今度、浚われた場合、いかに我でも簡単に助けることは出来ぬぞ? 今回も、クレイク国王が我が領内に立ち入ったから、助けることが出来たのだからな」
「おかあさん――」
「シャルロットはいいのよ……、何も気にしなくて――」

 お母さんは、私の頭を撫でてくる。

「この子は、長い間の拷問と、人への猜疑心で心が傷ついているのです。そのおかげで味覚障害まで、ですから心身が安定するまで!」
「ふむ……。だがな、魔術を発動させるための魔力は幼少期に鍛えたほうがいいのだぞ? そして、それは将来に必ず力となり、自身の身を守るための力となる。それに……」
「魔王さん! 私は……」

 よく分からない。
 でも、よく分かったことがある。
 それは、お母さんが私を心配しているということ。
 そして魔王さんは、私の将来のために小さいころから魔術の修行をした方がいいと提案してきている。
 それに対して、お母さんは、私の身を案じてくれていて魔王さんと意見を対立させている。
 どちらの意見も重要だし、大切なこと。
 でも、私は……お父さんやお母さんに守られているだけなんてもう嫌だ。

「魔王さん、私は魔術の修行をしたいです!」
「そうか。わかった……。ルアル王妃、シャルロット王女の意見を、私は汲んでやりたいと思うのだが?」
「――ッ!?」

 私を抱きしめるお母さんの力が強くなるのを感じる。
 そのお母さんの体は、少し震えているような気が――。

「大丈夫。私、絶対に自分で自分の身だけじゃなくてお母さんも守れるくらい強い魔術師になってみせるから!」




コメント

  • 柴衛門

    ええ子や…(/ _ ; )

    0
  • コーブ

    綾香頑張る子♪(≧▽≦)

    0
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