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薬師シャルロット

なつめ猫

薬師シャルロット(9)

「はっ!」

 アレスは、王妃の言葉に従いすぐに部屋の中を移動し、両手で抱かかえていたシャルロット王女を、ベッドの上に下ろすと「メロウはどちらに?」と、ルアル王妃に問いかけた。

「メロウは……、ベルタという魔族の方が連れて行かれました」
「そうなのですか?」
「ええ、連れて行かれる際に、魔王サタンの命だと言っていましたが……」

 ルアル王妃の言葉に、近衛兵アレスは眉間に皺を寄せる。

「魔王というのは残虐非道な存在と聞いておりましたが……」
「そうですね。ですが、今はそれよりも……」
「分かりました……」

 アレスは、王妃の言葉に頭を下げると部屋から出ていく。
 彼から見た王妃の顔色は、芳しいとは言えない……が……。
 寿命を利用して発動する回復魔術を、自身が生んだ幼い王女に使うというなら、それを止めることは、幼少期からのルアル王妃を見てきた長命なエルフであるアレスには出来なかった。

 ルアルは、アレスが部屋から出ていき扉が閉まったのを確認すると、シャルロットを強く抱きしめ――。

「ごめんなさいね」

 強く自分の子供であるシャルロットを両手で抱きしめながらルアルは、謝罪の言葉を口にする。

「本当に、お母さんは……いつも、貴方を……傷つけてばかりね」

 ルアルは、シャルロットの頭を優しく撫でながら言葉を紡ぐ。
 それは精霊と契約したエルフが使う事が出来る精神魔法でもなく、この世界の魔術ともかけ離れたモノ。

「ラーニング・メモリー」

 彼女の言葉と同時に、シャルロットの体から無数の白い光が立ち上ると収束していき一冊の本が作りだされる。
 その本は、シャルロットが好きだったと、メロウが言い、いつの間にか損失していた絵本であり……。

 ルアルは、シャルロットの体から出た光で作られた本を手に取り、目を落とす。
 その本の表紙に書かれているタイトルは、「暁綾香の記憶と半生」であり、クレイクに蹂躙された本来のシャルロットが辿る運命が書かれた本。

 その本の表紙であるタイトルが変わっていく。
 変化していくタイトルを見てルアルの瞳から涙が零れる。

「本当に、お母さんは駄目ね……。綾香を守るために、この世界に転生してきたのに……。記憶が戻るのが遅くて、貴女を守れなくて……、隷属の指輪に抗って貴女を守ろうとして、回復の魔術は使わないように教えたのに……」

 ルアル――暁綾香の母親である暁静香は、自分の子供である綾香がシャルロットとして、別の世界に転生し悲劇の道を辿ることを一人の男神に知らされていた。
 そう、綾香の葬儀が終わったあと彼女もまた、少しして後を追うようにして亡くなり、そして……男神という存在に綾香という存在が、どうなるのかを知らされた、もう一人の転生者であった。

「教えたことが、逆に綾香を苦しめることになるなんて……貴女は夫が死んだことを自分のせいだと自身を追い詰めていたことに私は気がついていたのに、何も出来なくて何の相談にも乗れなくて、私は本当に駄目な母親ね……」

 暁静香は、手を自分の娘である綾香に手を当てながら、「綾香の記憶」と、タイトルが変化した本を見ながら固有魔術を発動。

 彼女が転生するときに男神により与えられた能力はラーニング・メモリー。
 神が、彼女に与えた能力。

「本当に、ごめんなさいね。お母さんが綾香に出来ることは、こんなことくらいしか出来ないから……」

 暁静香が魔術を発動すると同時に、「綾香の記憶」の本は、淡い光に変化していき大気中に膨大な記憶が表示されていく。

 一番古い記憶は、暁綾香が暁静香の娘として、この世界に生れ落ちたときのこと。
 つまり、ルアルがシャルロットを産んだ時の記憶。

 その時には、シャルロットは転生してきたということもあり綾香としての記憶をすでに保持していた。
 ただ、彼女は自分が世界で異端であることを理解していた。
 それと同時に、世界の在り方を知っていたルアルには、シャルロットに自分の事を打ち明けることを許されてはいなかった。
 だからこそ、彼女は自分の娘であるシャルロット救うために、「ラーニング・メモリー」つまり綾香としての記憶の保存を行った。
 綾香にこれから起きることを知っていたからこそ、静香は綾香を守るために彼女を彼女として存在させる要素である記憶と人格を保存するためにそのバックアップのために「ラーニング・メモリー」という固有の魔術を使ったのだ。

 そして、その固有の魔術発動には一つの制限があった。
 それは極端に寿命を縮めるということ。
 そのことを静香は理解しており……。

「……ほんっ……とうに……」

 粗い息を整えようとしながらも、静香は回復魔術を発動させる。
 回復魔術に必要なイメージは、現代医学や生物学・身体構造学に精通した知識を持っているかどうかであって……。

「――学生の頃、きちんと勉強しておけば良かったわ……」

 地球の医学をどこまで理解しているのかが、この世界の回復魔術の発動条件であった。
 逆に言えば、精通さえしていれば誰でも回復魔術を使う事は可能であったが……。

 所詮、聖女と言っても歴代の回復魔術を使ってきた人間の知識を言葉伝手に聞いただけで、その回復魔術の精度はたいしたことは無かった。

 だからこそ、異世界の知識をもった人間が転生し回復の魔術が使えるとなると、とても希少性が生まれたし、そのことを異世界人は人に教えることは無かった。
 何故なら理解する方が、理解するだけの土台が出来上がっていないから。
 教えて、問題が生じれば時の権力者に何をされるのか分からないというのもあったのだろう。

 静香が回復魔術を発動している間にも部屋の中には、中庭の泉にシャルロットである綾香が落ちた光景が写る。
 それは、ただの事故であったが……。
 綾香は、その事故で池の一度、命を落としかけていたのだ。
 メロウが助けようとはしなかったから。

「綾香にかけておいた回復魔術が、役にたったのは良かったけど……貴女の記憶までが自動的に復元されるなんて思っても見なかったわ……」

 静香の言葉が終わると同時に、綾香であるシャルロットの体中から傷が消え折れていた歯ですら修復された。

 静香が見ている前で、綾香がゆっくりと瞼を開けていく。
 そして……。
 綾香が目を覚ましたことに安堵した静香は、ゆっくりと意識を落としていった。
 シャルロット――綾香の「お母さん!」という言葉を聞くこともなく。




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