薬師シャルロット

なつめ猫

薬師シャルロット(6)

「くそっ! どうしてだ! どうして、こんなことが!」

 魔王サタンの問いかけに、クレイクは表情を歪めながら自身の唇を強く噛み締め、呪詛を紡ぐように低い声色で自身と魔王に向けて問いかける。
 その表情には、説明を聞いたとしても、魔王本人が出張ってくるなど、到底納得できないと言った表情が見て取れた。

「どうしてだと?」
「――い、いくら国境を無断で兵隊が越えたとは言え……、お前ほどの大物が出てくるなど……」
「そうだな……。たしかに、貴様の思っている通りなのかも知れぬな」
「なら! 何故だ! 何故、お前みたいな大物が!」

 魔王サタンは、肩を竦めると口元を歪める。
 その表情を見たメロウなどは、床に染みを作っていく。

「そうだな――。簡単に言えば気にいらなかったというところか?」
「…………き、気に入らない? 気にいらない……だと?」 

 クレイクの表情が、魔王サタンの言葉を聞き呆ける。
 目の前の、自分よりも二周りは小さい男が、気にいらないから直接、人間や亜人が住まう国に出張ってきたといったからだ。

「琴線に触れるような――」

 途中までクレイクが言葉を紡いだところで。

「そうだな。退幼香の材料となる退幼草は、使いようによっては洗脳の効果があるからな。そんな非人道的な真似は、気に入らんからな」

 クレイクの言葉に被せるように魔王サタンは言葉を紡ぐ。
 その声色は大きくはない。
 だが、部屋の隅々までよく響く。

「な……なん……だと? 貴様ら魔族も他国の滅ぼし侵略してるではないか!」
「そうだな。それが、どうかしたのか?」
「なんだと!?」

 即答である。
 クレイクの言葉に即答した魔王サタンは、両手を頭上に掲げると芝居がかった動きを見せ、クレイクに向けて語りかける。

「我は、生ける者の天敵である魔を総べる王であり魔王だ。だが、我にも誇りはある! それは、戦う術を持たぬ者に一度も人質などを取ったこともないし、傷つけることもせん! それは、我が全てを総べる王であるからこそだ。それに比べて、貴様はなんだ? 一国の王でありながら、自分の利益の為には、どんな卑怯なことにすら手を染めるなど……恥を知れ!」
「――そんな理由で……、そんな理由だけで魔王自らが……」
「そんな理由? 違うな! 貴様は重大な思い違いをしているぞ?」
「思い違い?」
「そうだ!」

 魔王サタンは、シャルロットの方へと視線を向ける。
 そして、その瞳には何の感情も残っていないことを確認すると、強く拳を握りしめ――。

「王というのは民を、弱き者を守る者であり、民の規範となるべきものだ。そしてあまつさえ自らの子すら――」
「グハッ」

 握り締められた拳がクレイクの腹部に突き刺さる。
 それだけで、魔王よりも二周りは体格のいいクレイクの体が中に浮かび上がり、5メートル近く浮かび上がり大理石で作られていた天井に体を強打させたあと落下し絨毯の上で転げまわる。

「痛い……痛い――!」

 痛みのあまり絨毯の上で転げまわっていたクレイクの頭を、無雑作に、無遠慮に、無表情なまま、魔王サタンが足で踏みつけ「痛いのか?」と語りかけ――。

「ぐああああああ、あたまが割れ……」
「くだらん!」

 そう叫ぶと同時に、クレイクの頭から足をどけると魔王サタンは、クレイクの腹部を蹴りつけた。
 踏みつけられていた事から開放され、ホッとしたのも束の間、腹部を蹴られたクレイクは苦悶の表情を浮かべ部屋の壁に、すさまじい速さで叩きつけられる。
 そして、そのまま壁を破壊し隣の部屋――王妃が、王女を見るために引っ越してきた部屋へ姿を消しいった。

「さて、メロウとやら……」
「――ヒッ!」

 魔王サタンに声をかけられただけで、とうとうメロウは意識を失い、その場に失神して倒れてしまう。

「やれやれ――」

 魔王が肩を竦めながら、捕縛の魔術でメロウを拘束したあと、シャルロットと王妃のほうへと視線を向ける。

「王女がいない?」

 王妃だけがベッドの上で寝ているが、ベッドの横で蹲って魔王を見ていた王女の姿がどこにも見当たらないことに、すぐに探知の魔術を発動させる。
 そして王と王女が一緒に移動してるのを確認しながら「……なるほどな、往生際が悪いことだな」と、魔王は眉を潜めた。

「聞こえているか? サリウス、ベルタ、ロンギヌス、ハルバード。クレベルト王国の国王が王宮から逃げ出そうとしている。すぐに捕まえ我の前に――」

 念話の魔術を発動させ、魔王配下に指示を出そうとしたところで「魔王様! 聖教会の聖騎士や勇者に、各国の軍隊がクレベルト国、国境に近づいてきています。すぐに対応しなければ!」と、それぞれの幹部から報告が上がってくる。
 そのことに魔王は、眉間に皺を寄せ。

「なるほど……、回復の魔術師を手に入れようとしているわけか……。そういえば、その部分に関しても情報で流してしまったな。なら……全軍に命じる! 戦いに来る力ある者に魔王軍の力を示してやれ!」

 魔王サタンの号令に念話を通して大歓声が流れこんでくるが、すぐに魔王は念話を切ると歩き出す。

「やれやれ……。今日は、災難な日だな」

 すぐに、シャルロット王女の部屋扉を蹴破ると、クレベルト王のあとを追うように魔王は走り始めた。

「……はぁ、はぁ、はぁ……冗談ではない。なんだ? なんなのだ? あの化け物は? あんな化け物が、存在していていいのか! 聖教会は何をしていたのだ! いや、いまは、こいつを、こいつを確保しておけば……、いくらでも他国から援助をしてもらえ――」

 クレイクは、脇に抱えていたシャルロットを見ながら、一人愚痴る。
 シャルロットを、隷属の指輪を使い自身の奴隷へと仕立てることに成功した彼は、念話でシャルロットの体を操作し合流。
 シャルロットを脇に抱え王妃の部屋から逃げ出したのだ。
 そこには、すでに国を憂う王の気持ちなど一遍も存在していない。
 そんな彼の思考を遮るかのように一人の男が目の前に立ちはだかった。

「何者だ!」
「私です。アレスです」

 クレイクの前に立ちはだかったのは、無表情なまま淡々と自分の名前を告げた男、近衛兵のアレス。

「アレスか! 魔王が追ってくるのだ! 貴様は、ここで奴を牽制し……な、なんのつもりだ?」

 アレスは、腰から抜いたブロードソードを、自身が仕える国の王に向けながら手のひらに握っていた白い歯を見せながら「何のつもり? それは、私のセリフです」と、怒りを滲ませた声で、言葉を紡いだ。




コメント

  • コーブ

    やっつけちゃえ~(≧▽≦)!!

    0
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