薬師シャルロット

なつめ猫

偽りの心(1)

 日差しが、部屋の窓から入ってくると同時に私は目を覚ます。
 そして本棚に近づいて、背伸びをして手を伸ばして本を一冊、本棚から取る。
 感覚的にだけど、メロウさんが部屋に入ってくるまで1時間近くはあると思う。

 異世界に転生して言葉が通じたのは良かった。
 意思疎通が出来なかったら大変なことになっていたとおもう。

 問題は、本物のシャルロットさんとしての記憶が私の中には無いということ。
 つまり、まったく王族と貴族としての知識が私にはまったくない。
 私が読んでいた小説だと、小さい頃から王族としての義務、マナーそしてルールなどを小さい頃から、少しずつ教えていく描写が書いてあることが多かった。 

 つまり6歳であったとしても、すでに心構えくらいは教えていたのかもしれない。
 貴族として、王族としての心構えというのは何だったのか……。

「たしか……ノブレスオブリージュだったかな?」

 直訳すると高貴なる者に課せられた義務だったはず。
 身分の高い人、資産のある人は、それに見合ったボランティアとかしなさいとか欧米では言われていたりしたはず。
 問題は王族だと、ボランティアではなく国民に奉仕するという形になるけど……。
 普段は税金を貰っているのだから、何かあれば国民の財産と命を、その身をもって守りなさいって事になる。

「この世界でも、存在するのかな?」

 一人呟きながら、ベッドの上によじ登って端っこに座る。

「文字は読めないけど……」

 私は、膝の上に本を置いて本に書かれている文字ではなく絵を見ていく。
 絵と文字を見るかぎり、印刷技術が使われている様子は見受けられない。
 どの文字も読めないけど、似ている文字はある。
だけど、そのどれもが同じ文字の体を成していないから。
 王族が読むような本に限っては木版印刷技術が使われて無いということは無いと思う。

 おそらくだけど、この世界では本を手書きで複製していると考えられる。
 そうすると、きっと本は、かなり貴重品なのかも知れない。

 本のページを捲り、手書きで描かれたと思われる絵を見ていく。
 どうやら、この本は貴族としての立ち振る舞いを書いた本のようで、少しだけ肩の力が抜けた。
 絵が描いてあるということは、同じページに書かれている文字は、恐らくだけど絵について解説しているから。

 文字は読めないけど、多くの本を読んできたから、何となくだけど書かれている内容は分かる。
 それでも、細部までは分からないのはきつい。

「やっぱり、あれを実行するしかないよね……」

 メロウさんが、国王陛下に私のことを報告していたとき、6歳児が話す言葉としては違和感を覚えると言っていたけど、それを何とかするためには3つしか方法がない。

 一つ目は、記憶喪失で押し通すか――。
 でも、違和感を覚えると言われたから、これ以上は押し通すことは無理だと思う。

 二つ目は、同年代の子供を紹介してもらうってこと。
 王族の友人になるほどの子供だということは、貴族としての身分も高いはず。
 そうなれば、シッカリと教育もしていると思う。
 それに同じ子供同士なら、ある程度は情報収集が楽だと思うし――。
 でも、問題は国王陛下が私のことをわざわざ聞きにくるほど、気にしているという点。
 おそらく、攻撃魔術が使えないから王族の恥だ! みたいなことで紹介されるのは難しいかもしれない。

 そうなると三つ目しかないんだよね……。
 私は、膝の上に載せている本のページを捲りながら小さく溜息をついた。



 コンコンと扉を叩く音が部屋の中に響いてくると同時に「失礼いたします」と、メロウさんの声が部屋の外から聞こえてきた。
 私は慌てて本を本棚に戻すと、走って布団に潜る。

 いつもの日課のごとく、メロウさんは窓際までいくとカーテンを開けた後に窓を開けて室内の換気を行っている。
 そして窓を閉めたあと「シャルロット様、おはようございます」と、私に語りかけてきた。
 私は、しばらく寝ているふりをする。
 すると、彼女は「シャルロット様、今日は王妃様のところに行かれるんですよね?」と話かけてきた。
 そういえば、そんな話を昨日していた気がする。
 でも――。
 貴族や王族としての心構えも知識も無い私が会いに行ったら、王妃様は、きっと落胆すると思う。
 一度、思ってしまうと会いに行こうと思っていた気持ちに抑止力という鎖が絡まってしまう。
 だから――。

 ベッドから起き上がった私は無言で、否定的な意味を込めて頭を振った。

「シャルロット様? どうかなさったのですか?」

 私の態度に思うところがあったのか、メロウさんは表情を変えて私に話かけてきた。
 だけど、私はもう一度、首を振る。
 何でもないですという意味で――。

 そう、会話をして不審に思われるくらいなら、貴族としての言葉使い、常識が身に付くまでは極力、話をしないほうがいいと私は結論付けた。



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