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転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

間章 第二王子の憂鬱Ⅱ

ネリの前では、女の子の喜びそうな甘い仕草や言葉は何の意味も持たなかった。
何度か試してみたけれど、『私をからかっても何もでませんよ』と軽くあしらわれるだけだった。


もしかして……僕、全然相手にされてない?
そう考えたら、すごくムッとした。


どうにかして彼女に相手をしてもらいたくなった僕は、ある時、ネリが特別に大事にしていたお気に入りの絵本を隠した。


一つは彼女の興味を僕に向けたかったから。
もう一つは、その絵本に出てくる王子様とやらが妙に兄様に似ていて気に喰わなかったからだった。


彼女は頬をふくらませて怒った。でも、最後には屈託のない笑顔で、『まぁ、ちょっと意地悪なところもシャルロ様の良いところですけどね』と言った。その時、心臓をぎゅっと握られるような気持ちになった。


それから僕は、ネリに子供っぽい意地悪なことをたくさんするようになった。
もっと彼女に構ってほしくて、でも素直にそうとはいえなくて、だからついつい苛めてしまう。
僕が悪いことをすると、彼女は当然のように僕のことをきつく叱った。けれども、呆れて完全に愛想を尽かすことはなかった。


最初はちょっとした好奇心に過ぎなかったのに、気づいたら彼女のことばかり考えるようになっていて愕然とした。


そして、だからこそ気づいてしまった。


彼女の視線の先にはいつも、兄様がいるということに。


彼女は忠犬のように兄様について回った。兄様は昔からあの冴え冴えとした無表情を浮かべていて何を考えているのかまるで分からないような人だったけれど、それでも彼女といる時だけは微妙にいつもと違うことを僕は見抜いていた。


彼女を見つめる時の兄様の目には、いつになく優しい光が宿っていた。
まるで、お互いがお互いだけを欲しているようだった。世界はそこで完結しており、そこには他者が入りこむような隙間は微塵もなかった。それにも関わらず二人とも無自覚そうなところが、より一層僕を苛々させた。


そして、あのシネカで起こった凄惨な事件の後、二人の結びつきはさらに強固なものになった。


兄様が、シネカで聞くだけでも吐き気がするような残酷な目に遭ったと聞いた時には、流石の僕も彼のことを心底から気の毒に思った。


優しいお母様が殺されたと聞いた時は、胸が張り裂けんばかりに泣いた。
それでも僕の周りには、一緒にその哀しみを分かち合える父上や弟や城のみんながいたけれども、兄様は敵国の中、たった一人でその残酷すぎる事実をつきつけられた。それだけでも血反吐を吐きそうな凄惨な体験だったろうに、その憎しみが、罪のないシネカの国民までをも焼き滅ぼしてしまったというのは、一体どれほどの悪夢だっただろうか。きっとそれは、体験した兄様にしかわからない。


正直に言うと、僕はあの事件の後、彼がどうにかして生きながらえていると聞いた時、帰ってきたらどんな顔をして会えば良いのだろうかと困惑した。だって、不可抗力とはいえ仮にも一国を焼失させたのだ。実の兄とはいえ、実際に会ったら化け物を見るかのような瞳で見てしまうかもしれない、と思い悩んでしまった。誰も憚って言葉にはしなかったものの、きっと城中の全員が思い悩んでいたことだった。


城の空気がどんよりと暗い闇の底に呑みこまれていく中、ネリだけは違った。


彼女だけは兄様が無事だと聞いた時、『エルシオ様がご無事で、本当に本当に、良かった』と号泣し続けた。彼女は矢も盾もたまらず、一刻も早く彼に会いたくてたまらないようだった。彼女に翼があったなら、すぐにでも兄様の下に羽ばたいていってしまったと思う。


彼女は毎日何度も何度も天にお祈りを捧げて、彼の帰りを待っていた。その時の彼女には、いつも以上に、兄様以外のことが何も見えていなかったように思う。彼女と一緒に過ごしていても、まるで自分が透明人間になったような気分にさせられた。


そうして、彼女の望み通り、兄様が城に帰ってきた。


皆が固唾を呑んで、馬車から降りてくる兄様をおずおずと見守っていた時、ネリは一目散に駆け出して、やつれきった彼を迷うことなく抱きしめた。


その時、兄様のビー玉のように感情の映らない真紅の瞳に生気の光が宿り、ぼろぼろと涙を流し続ける彼女を映し出したことを、僕は鮮やかに思い出せる。


『エルシオ様っ……貴方の為に、私は何もすることができなかった……お役にたてなくてごめんなさい、ごめんなさい……』


彼は、彼女を恐々と抱きしめ返した。


『…………ネリ、ただいま』


二人の間に、そう言葉は多く要らなかった。


この時、僕が彼らの間に入り込む隙は、本当に微塵もないのだと徹底的に思い知らされた。それまでも、勿論そういう空気は往々にしてあったのだけれども、この時程みじめな気持ちになったことはなかった。自分が空気になったようで、このまま透けていってしまうのではないかと本気で思った。


あの事件以来、兄様は前にも増して口数が少なくなり、無表情がさらに酷くなった。


そして、彼女に対する依存がより一層激しくなった。
兄様は、彼女と一緒に過ごす時だけ、唯一人間らしい姿を取り戻す。


周りの誰がどう見てもそうとしか思えないくらいに彼は分かりやすかった。あまり自覚がないのは当の本人である彼女くらいだと思う。そして、彼女は彼女で、あの事件があってからは前にも増して、兄様のことを気にかけるようになった。


たしかに、兄様は酷く不幸な目に遭ったと思う。


けれども、その凄惨な過去によって負った傷こそが、結果としてさらに彼女をより深く繋ぎとめるようになった。


兄様と同じように凄惨な目に遭いたいとは思わない。けれども、もし一国を焼き滅ぼしたという重過ぎる咎を背負うことが兄様の運命だったとするならば、彼女は兄様のその不幸な人生における埋め合わせのために舞い降りた天使なのではないかと思う。


彼女と出逢っていなければ、間違いなく兄様の人生は不幸そのものだっただろう。


しかし、兄様は彼女と出逢った。


実のところ、城の皆が噂しているよりかは、兄様の心は壊れていない。彼女が兄様の割れそうになっていた心を、その温かい笑顔と手で守り続けてきたからだ。彼は、それくらい彼女に救われ続けてきた。


もう、あの事件から九年近くが経とうとしている今でも。



気づいたら、女性を虜にしてしまい、何をやっても赦されてきた人生。
焦がれられて、ひれ伏されて、まるで神かなにかのように、常に顔色を伺われてきたけれど……そんな風に扱われたって、全く嬉しくなかった。


どうしてこんなに酷いことをやっているのに、みんな簡単に僕を赦してしまうの?


人の心を踏みにじるような酷いことばかりしておきながら、ホントは『そんな風に身をすり減らすようにして刹那だけを生きていたら、いつか、本当に取り返しのつかないことになっちゃうよ』って、誰かに本気で怒ってほしかったんだと思う。


そんな中、ネリだけが、僕をただの一人の男として見て、対等に扱ってくれた。
彼女だけは、僕が悪いことをした時に、ちゃんと叱ってくれたんだ。
それが、どれほど心に染みて嬉しかったことか……彼女は、勿論知らないのだろうけれども。



望む前から、全てを与えられているような人生だった。
でも、生まれて初めて本気で欲しいと望んだものだけは、決して手に入らなかった。


誰からも愛されてきた僕は、本気で愛されたいと願った彼女にだけは、見向きもされなかった。
出逢った瞬間からとっくのとうに、彼女の心は、兄様のものだった。


あまりにも彼女に振り向いてもらえなさ過ぎて自暴自棄になった僕は、寄ってくる女をより一層、食い荒らすようになった結果、何も得られなかった。それどころか、もっと、虚しくなっただけだった。どの女にも、彼女が撃ち抜いた僕の心の穴を埋めることはできなかった。


その結果、こうして父様に呼び出され説教をくらった挙句、早く身を固めろと婚約者を探される羽目に陥った。しかも、完全に自業自得なので反論することもできず、断ることもできなくてこのざまだ。


本当に、我ながら滑稽極まりない。



あまりにも退屈過ぎて、つい考え事に没頭しすぎた。


目の前の女は僕の顔を見ている内に段々とぼうっとなってきて、頬を徐々に赤らめさせていった。それから、熱に浮かされたようなとろんとした瞳になる。


その時点で、彼女もまたその他大勢へとカテゴライズされる。


「シャルロ様……貴方様ほどにお美しい方に、私は初めて出逢いました」
「有難う。君ほどではないと思うけれど」


そんなの聞き飽きた台詞だし、全く嬉しくない。
女が瞳を潤ませていくのに反して、僕の心はどんどん凍えていく。


「教えてくださいませ。どうやったら……貴方様の、特別になれますでしょうか?」


浮かんできたのは、ネリの屈託のない笑顔だった。


「…………呆れてしまう程に馬鹿で、間抜けで、能天気」
「えっ?」


目の前の彼女が、大きな瞳をしばたかせる。


「そのくせ、僕なんかに見向きもしない人」


僕は自嘲気味に笑った。

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