転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第20話 彼との初めての出会い

昼間なのに人っ子一人いないその公園は、初夏の日差しに照らされてむしむしと焼かれていた。


公園の中心に設置されたブランコが、時折風に吹かれて所在なさげに揺れている。


その公園に漂う哀愁のようなものは、その時の私にすごく馴染んでいた。もしかすると、私の抱えていた淋しさを嗅ぎつけた公園が、似た者同士の私をここまで運んできたのかもしれない。


そんなどうしようもない妄想を浮かべている自分に気付いて、自嘲した。


吸い寄せられるように、公園の真ん中に設置してあるブランコに腰掛ける。
ぶらぶらと足を放り出して、ぎこちなく揺られた。
錆びついた鎖が擦れる嫌な音が、虚しく響いた。


そうやってぼうっとしている間に、火傷を負ったみたいにひりつくような胸の痛みは、徐々におさまってきた。


泣き疲れたせいか、なんだか頭がぼうっとする。


後さき考えずに、ほとばしる衝動に任せて家を飛び出してしまったけれど……これから夜まで、どうやって時間をつぶそう。


嘘を吐いて、家を出てきたことには全く後悔してない。あのまま、あの空間にいたら、いっそ消えてしまいたくなるような疎外感を味わうところだっただろう。これまでの経験上、嫌という程に分かっている。


かといって、クラスで仲良くしている友達は、今頃みんな部活に行っているところだ。


こんな学校が終わって間もない時間にクラスメイトで暇をしているのは、帰宅部の私くらいなもので――


「……小野寺さん?」


公園の入り口に、黒髪ショートカットがよく似合う、私と同じブレーザーの制服を着た女の子が立っていてた。


切れ長の瞳でひんやりと私を見つめていた彼女は、クラスメイトの木下さんだった。


まだ少しだけ朦朧としている頭で、ぼんやりと彼女の小さい顔を見つめ返す。


他でもない木下さんに声をかけられたことに、内心とても驚いて、すぐに言葉が出てこなかった。凛とした空気をまとわせてクラスメイトの誰よりも大人びていた彼女は、なんとなく近寄りがたい存在だったから。


「…………泣いているの?」


グラスに水を注いだような凛とした声でそう聞かれた時、私は急に我に返ってハッとした。


私としたことが……! クラスメイトの前で、なんという醜態を!


目が充血している上に腫れぼったくなっていて、散々な顔だったに違いない。
急いでブレザーの裾で目元を拭き取ったけれど、動揺は収まらない。


なんて答えれば良いのか分からなくて戸惑っている間にも、彼女は迷いなく公園に足を踏み入れた。あっけにとられながら、どんどん近づいてくる彼女をただ見ていた。


ついに私の目の前までやってきた彼女は、素っ気なく私に白いハンカチを差し出した。


「辛いときは、思いっきり泣いた方が良いのよ。そしたら、すっと胸が晴れるから」


クールで素っ気ない言い方だったけれど、その言葉は、陽だまりみたいにあたたかくて、凍えていた心をそっと溶かしてくれるようだった。
それと同時に、私の涙腺はまたもや完全に決壊した。


木下さんの前で、赤ん坊に戻ったみたいに声をあげて泣いた。
彼女はその間ずっと口を噤みながら私の隣のブランコに腰かけて、時折、ひくつく私の背中をさすってくれたりした。


あの時の私にとってそれは、どんな言葉よりも、身に染みるやさしさの形だったと思う。


「ごめん、ねっ……急に、こんなっ……みっともない上に、時間まで取らせちゃって……」
「良いの。小野寺さんも……大変なのね」
「えっ?」
「ねぇ。小野寺さんが良かったらだけど……今から、うちに来ない?」


漆黒の綺麗な瞳が、じっと私のことを見つめていた。
突然の申し出にすっごく驚いて、伺うように木下さんの綺麗な横顔をおずおずと見返したんだった。


私なんかが突然お邪魔して、迷惑にならないかな……?


釈然としない私の態度に、彼女が首を傾げる。
艶のあるショートカットの黒髪が、はらりと揺れた。


「今のあなたはそんなに家に帰りたくなさそうだけれども……ダメなの?」
「……ダメ、じゃないっ! それどころか、むしろ行かせてもらいたいくらいだけど……そんなに急に押しかけちゃって、大丈夫なの? お家の人、困っちゃうんじゃない?」


これ以上、もう誰にも、邪魔に思われたくない。
クラスメイトにお家に招待されてすら、真っ先に、こんな風に考えてしまう自分がいた。
言葉にしてから、なんてじめじめしたネガティヴなやつなんだろうって呆れられたかもしれない……って、息苦しくなったりした。


木下さんは、私の心に巣食っている黒い影を見抜き、それを鎮めるように微笑んだ。


「じゃあ、決まりね。その心配なら、要らないもの」



迷いなく道を突っ切っていく彼女に、着いていく。
木下さんは始終無言だったけど、家に向かう足取りはどこかはずんでいるように見えた。


そんなにお家が好きなのかな?
羨ましい。
きっと、優しいお母さんがあたたかく帰りを迎えてくれるのだろう。


それに比べて私は……と、また暗い気持ちに引きずり込まれそうになっていたところで、彼女があるマンションの前で立ち止まった。何の変哲もない、赤煉瓦調の外壁のマンションだった。彼女は颯爽と通学鞄から鍵を取り出すと、手慣れた所作でマンション入り口のオートロックキーを操作し始めた。


えっ?
もしかして……今、お家に誰もいないのかな。


「小野寺さん? ぼうっと見てないで、早く来て。こっちよ」


手早く機械の操作を終えた彼女が、ガラス戸の向こう側から、立ち止まってしまった私を急かした。
慌てて彼女の後を追ってマンション内部に入る。
エレベーターであがって、三階へ。そのまま右に向かって二番目の部屋が、どうやら彼女のお家らしい。


「ただいま!」


彼女が勢いよく扉を開いたその家に、出迎えてくれる人は、誰もいなかった。
消されていた明かりを流れるような所作でつけていく彼女は楽しそうで、どこか生き生きしていた。


「お家の人は……?」
「お母さんなら、夜まで戻ってこないわ。だから、心配は要らないって言ったでしょ?」


じゃあ、お父さんは……?
そう言いかけて、寸前のところで言葉を呑みこんだ。
木下さんはぐっと言葉を呑みこんでおろおろと立ち止まってしまった私の心の内を見透かしたように、なんでもないことを話すように言った。


「あなたも察してる通り、私はお母さんと二人暮らし。お父さんは、私が小学生だった時に離婚したの」


心臓を、素手でギュッと引き絞られるようだった。
汗がどっと噴き出てくる。


危なかった。


もしかしたら私……折角親切にしてくれた木下さんを、何気ない言葉の刃で、傷つけるところだっかもしれない。ううん、言葉にはしなかったけれども彼女はきっと私の言わんしてしまったことを、察してしまっただろう。


私、最低だ。
木下さんが楽しそうにお家に帰る姿を見て、勝手に嫉妬したりなんかして。
玄関で靴も脱がずに俯いてしまった私を見て、彼女はくすくすと笑った。


「そんな暗い顔しないでよ、こっちまで辛気臭い気分になるじゃない。私は、全然淋しくないわ。もちろん全く淋しかないのかって言われたら嘘になるかもしれないけれど……それでも私には、ゲームがあるもの」


ゲーム……?
突然飛び出た思いもよらないワードに、私はきょとんとしてぱちぱちと瞬きをした。


「小野寺さんも、一緒にやりましょう。ね?」


木下さんの勢いに気圧されて、そのままお部屋の中にあがる。
テレビの前で当然のように正座しはじめた彼女の姿にぎょっとしつつも、私も倣って正座した。


一体これから何が始まるのだろう、とドキドキと胸を高鳴らせたその時。


テレビのスピーカーから流れ出した、荘厳な大作ロマンス映画を思わせる重厚な音楽。


テレビ画面には、少女漫画に出てきそうな超ど級のイケメン王子たちがたちどころに現れ、桃色の髪を持つ美少女とのそれぞれの馴れ初めのシーンが流れ出した。


へっ?


ゲームっていうと、てっきり……戦ったり、冒険したりするものなのかと思っていた。クラスの男子達が話していた内容から勝手に抱いていたイメージだけれども。


それまでの人生でゲームというものにまともに触れてこなかった私には、その華やかで綺麗な映像がすごく衝撃的で、ぎゅっと胸を掴まれた。


まさにそこには、女の子が憧れる世界が映し出されていた。


「『ときめき★王国物語』という、最近発売した乙女ゲームよ。今、乙女ゲー界隈をにぎわせている、一番熱いゲームなの」


隣に座る木下さんが興奮しているせいかいつになく早口になっているのに気付いた時、微笑ましくて、思わず頬が緩んだ。画面をうっとりと見つめるその瞳は爛々と光っていて、教室の大人びた彼女とはまるで別人のように輝いている。


「乙女、ゲーム……?」
「ええ。乙女ゲームっていうのは、異なる魅力を持った複数の美男子たちとの様々な恋の過程を楽しむゲームのことよ。私はもうもちろん全ルートクリア済みなんだけど、今は、一推しのシャルロルートを周回中なの!」


火がついたように熱弁をふるい始めた木下さんの言葉の内、半分くらいは理解できなかったものの、とにかく彼女が全身全霊でこのゲームに入れ込んでいるということだけは良く伝わってきた。


もう一度その映像に目をやった時、私の胸は、酷く高鳴った。


映像に出てきた三人の王子様は全員麗しくて素敵だったけれども、中でも私が真っ先に引かれたのは、金の髪に、物憂げな色を宿した緋色の瞳の王子様だった。


なんて、美しくて、綺麗な人なんだろう。
それなのに、どうしてこんな……全てを諦めきっているような、酷く冷めた瞳をしているのだろう。


木下さんはその後も延々と第二王子の魅力について講釈をたれていたけれども、彼女の話は正直、半分くらいしか耳に入っていなかった。


初めて彼の姿を見たその時から、私はきっと、彼に心奪われていた。

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