悪役令嬢に成り代わったので奮闘しました。だからって貴公子と呼ばれるとは思わなかったんです
秘密
パシッと模擬刀同士がぶつかり合う音がする。それと同時に、ルドルフの息の音も聞こえる。こめかみから顎にかけて汗が伝う。あまりいい感覚ではないが、拭う余裕なんてない。
私の剣術が上達してから、ルドルフとは手合わせを行うことが増えた。今はその真っ最中なのである。
彼の剣を真正面から受けるのは女の私には重すぎる。だから受け流すしかない訳だ。力が無いのなら速さで勝負するのみ!
「はぁっ!」
「くっ‥‥」
一旦間を置いてから素早く切り込む。大振りをし過ぎては隙ができる。そのため振るのも効率良く。
流石にルドルフは手加減してくれている。それでもこの実力なのだ。私が弱いのもあるが、彼は彼でかなり強い。
なんとかルドルフの剣を弾き飛ばして勝敗は決した。
「お見事です。ここまでくればもう鍛錬は要らないかと。」
「いや、まだまだだ。手加減している相手に対し、時間を取り過ぎだ。もっと強くならねば、キャンベル公爵家に泥を塗ってしまう。」
「ご自分にお厳しいのですね。」
ルドルフから苦笑いが返ってくる。私は息を整えるのに必死なのに、彼は乱れていない。汗だって殆どかいていない。
「‥‥ルドルフ。お前は強い。騎士の中でも精鋭になれるほどに。なのになぜ、護衛などをやっているんだ?」
「クリス様は、私が邪魔でしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。しかし、お前の才能を私が縛りつけていないか心配なんだ。」
そう答えると彼は不安そうな顔を緩めて、ほっと息をついた。
「そんな事は御座いません。私はクリス様に一生涯仕えると決めております。どうかお側に置いて下さいませ。」
綺麗な礼をしながらスラスラと告げる。彼の目は慈愛に満ちていて、何故そんな目で私を見るのか見当もつかない。
「なぁ、一つ聞く。何故お前はそんなに私に尽くしてくれるんだ?」
ずっと、気になっていたこと。率直に問えば貴方は教えてくれるの?
ルドルフは照れた表情をした後ニッコリと笑った。
「秘密です。どうかご容赦ください。」
「なっ!?‥‥なんだそれ。」
思わず不貞腐れてしまう。悪戯に成功した子供の様に、彼はクスクスと笑っていた。
私の主人は強い人だと思った。
家を守る為に自らの性を偽るという覚悟。実の母まで騙す覚悟。御令嬢に出来るとはとても思えなかった。
けれど作法やダンスを学んでいき、私には剣を習っている。
美しい流れる様な静かな剣術はとても良く似合っていて、剣を振る姿さえ優雅で。これは社交界で他の貴婦人方が放って置かないだろうなとすら考える。
きっとなんでも綺麗にこなしてみせる、完璧で天才な人間なのだと思った。
けれどそれは少し違った。
奥様と会われる時はいつも緊張で手が震えていた。
朝起きて鏡をご覧になられた後、ご自分の短くなった髪を触り顔を歪めていた。
鍛錬後、自由時間にも素振りをしていた。
他にもいくつもの彼女の努力の欠片が、そこら中に落ちていた。
あれはまだ私が15,6の頃。騎士団に入ったばかりで、貴族にこき使われ、荒れて酒に呑まれた結果、酔い潰れて道端に座り込んでいた夜。
「貴方、こんな所で何をしているの。」
こんな治安の悪い通りじゃ滅多にいない、女の子供の声が聞こえた。思わず顔を上げると生意気そうな顔の貴族の娘が立っていた。
「ハッ‥‥どっかのお姫様かよ。こんな所にいちゃダメだぞぉ?」
「それはこっちの台詞よ。騎士がこんな所で飲んだくれて風邪ひいて、任務に支障が出たらどうしてくれるのよ。」
忠告したのにまだ生意気に意見してくる娘に腹が立って、つい怒鳴ってしまった。
「うるせぇな!任務っつったってどうせお前らの機嫌取りだろ!?俺がどうなろうとお前らにゃ関係ねぇんだよ!誰も気にしねぇんだよ!」
そこまで言うとぺちっと音がした。自分の両頬を娘の手が包んでいる。
「知ってる?言葉は何よりも強い魔法なの。口から出たものはいつか真実になるわ。だから寂しいならそんなこと言っちゃダメ!」
自分より何歳も下の子供に説教された。怒鳴られる事なんて慣れてないだろうに、プルプルと震えながら私を見つめる。
そしてその言葉に射抜かれた。両親が死に、親戚もいなくて行く当てもなくて騎士団に入った。そうか、自分‥‥寂しかったんだな。
幼子に自分ですら気づかなかった気持ちを言い当てられ、久しぶりに自分を本気で考えてくれる人に会ってその子の前で私は泣いた。
その次の日から、私はあの令嬢に仕えたくて必死に情報を集め護衛となった。あの強く聡明な方に仕えたい。そう思えた。強いあの方なら私をこれからも導いてくれると思った。
しかし、それが甘えであった事に気づいた。彼女も一般的な令嬢で、母親の愛を貰えず凍えている事を知った。そんな彼女の弱い部分を知って、とても愛おしく感じた。
ある日、彼女は中庭で泣いていた。自分を偽らなければ、家族すら守れない。自分はなんて無力なんだ。と悔しそうに泣いていた。
貴女が泣く必要はないのに。なんて慰めることも出来ないまま、胸は締めつけられる。
きっと私は主人にもってはいけない感情がある。けれどそれを告げはしない。告げれば、優しいあの人は戸惑ってしまう。もしかしたら私の為を思って、私を受け入れてしまうかもしれない。それは彼女の幸せではない。
誰にも知られない様に隠している気もち。貴女はきっと、私と初めて会った日すら覚えていないでしょう。それでも構わない。
強くて弱くて優しくて愛おしい、私の主人。クリスティーネ様、お慕いしております。
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