悪役令嬢に成り代わったので奮闘しました。だからって貴公子と呼ばれるとは思わなかったんです
欺き
そうと決まったらすぐに行動に移さねば。我が国では10歳になると、男女問わず城へ行き、名を名乗り貴族の一員とならなくてはいけない。私は今9歳、もうすぐ10歳になる。今年の年末、晴れて10歳となり貴族として認められた子女は、お互いの顔を知る為、パーティーが開かれる。
それまでに私は自分の事を男だと偽り、完璧に振舞わなければならない。つまり、座学はまだ良いとしても礼儀作法やダンスの練習などは全て、水の泡だという事だ。
出だしから心が折れそうだが、立ち止まっている暇はない。
「ユーリ。」
名前を呼べば部屋の隅に居た侍女がこちらに来て礼をした。ユーリ、おそらく私が産まれてから私に仕えているだろう彼女は、聡明で決して主人の私であろうと媚を売らず、気を病まれているお母様の代わりに私をここまで育ててくれた。お陰でクリスティーネは立派なレディとなれた。まぁ性格は例外としてだ。
「私の髪を切ってください。」
それを聞いて彼女はギョッとした。基本的に貴族の女は髪を短くすることはない。けれど、多すぎる髪をすくことはあるから、それ自体は何もおかしくない。けれど私はつい先日、それをしたばかりだった。
「失礼ながらお嬢様、それは三日程前に終えております。故に今行われるのはまだ‥‥」
「分かっています。だから短くしてくださいと言っているのです。出来れば首辺りで。」
「なりません!」
私の発言にユーリは珍しく声を荒げた。
「お嬢様、御令嬢にとって髪がどんなに大切なものか、私はお教えしたはずです。そうと知って尚、髪を切れと申されますか。」
「はい。」
何の躊躇もなく私は答える。
「ユーリ。今この屋敷に次期当主と呼べる者は居りません。このままでは、お母様が本当に壊れてしまいます。お父様もそれを望んではいないでしょう。だから私が、お母様を繋ぎとめます。」
私の斜め後ろに居る彼女を振り返る。その瞳は戸惑いを隠せず、揺れていた。それを安心させる様に私は微笑む。
「このキャンベル家に産まれた子供はクリストファー・キャンベル。キャンベル公爵家現当主、クリスチアン・キャンベラの第一子にして次期当主の私だけです。」
立ち上がって彼女の正面に立ち、はっきりと告げる。するとユーリは戸惑って居た顔を哀しそうに歪めた。
「お嬢様、貴女は‥‥」
その続きを言おうとした彼女の唇を人差し指で抑えてまた微笑む。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お嬢様、ではありません。私は男です。ね?ユーリ、髪を切ってください。」
もう一度彼女に要望を出す。彼女はハッとして瞳を固く閉じた後、ゆっくりと私を正面から捉えた。その顔はいつもの凛とした彼女であって、もう心配は要らない。
「畏まりました。クリス坊っちゃま。」
彼女の返答に安心して鏡台の前に座る。すると自分の首元に挟みを近づけられた。そしてバツンと思い切った様な音が聞こえる。鏡の向こうにいる自分。右側の髪は肩より上で終わっていた。
そして左側の髪も切り形を整えていく。その間、私はこれからの心の準備をする為、瞳を閉じていた。
「終了致しました。」
ユーリの声を聞いてもう一度鏡に目を向けると、そこには中性的な美男子が居た。元から吊り上がった目元と細く通った鼻筋は冷たい印象を与えていたから、髪を切っただけでもかなり違う。
「ありがとう。服の用意をしてくれ。きっと奥の物品庫に入っているから。」
着る人も居なかったその服を送ってきたのは、父方の親戚。それを目にした母は酷く狼狽していた。けれどそれももうお終い。あの服は私の為の物だ。
白のコートの袖に腕を通し、履きなれないピシッとした黒のパンツスーツを履く。コートの中から覗くベストは紺色で、コートとベストを縁取るのは金色の刺繍。そして紐ネクタイの中心を止める私の目と同じ色をしたアメジストのペンダント。
鏡に向かい微笑む。やはり中々様になっていると思う。髪や服の準備だけで大きな時間を割いてしまった様でもう昼食頃だった。
「では、参りましょう。坊っちゃま。」
「ああ。」
コツコツという革靴の音が広い廊下に響く。我が家の屋敷の使用人は多いが、殆どが常に仕事をしている。だから廊下には使用人は多くない。だが居ないわけでもなく私を見た者は皆目を見張っている。
見知らぬ人間が廊下を歩いていたらすぐに追い出されそうだが、私の後ろを歩くユーリがそれをよしとはしない。彼女が使用人に目配せすれば、誰もこちらに近づいて来ようとはしない。
食事の場に着いた。煌びやかなドアの前に立つ使用人が怪訝そうな顔をしながらも扉を開ける。向こう側に座っているのは両親。私に目を向けた瞬間、固まってしまわれた。
「誰‥‥‥貴方‥‥。」
母上が呆然のしながら言葉を紡ぐ。それに対し私は冷静に礼をしてから目を合わせ、微笑んだ。
「誰だなんて仰らないでください、母上。貴女様の息子のクリストファーです。」
それを聞いた母上はまだ状況が飲み込めていない。しかし父上は違った。私の言葉を聞いて再度驚いた後、悲しそうな顔をして私を見つめていた。
「クリストファー‥‥?嘘よ、だって私には娘しか、クリスティーネしか‥‥っ!!」
片手で顔を覆いながら、勢いよく立ち上がった母上。その目は私を見てはいない。だから無理矢理にでも私を視界に入れる為、私は母上の顔を覗き込んだ。
「クリスティーネ?はて、聞き覚えもありませんが‥‥。母上、体調が悪いのではないですか?お顔の色がよろしく御座いません。きっとその所為でそんな幻影を見るのでしょう。昼食は使用人に運ばせて、お部屋でお休みになられた方がよろしいのでは?」
そう言って母上の手を取る。今の私は、誰から見ても母親思いの良い息子である。母上も私の言葉を聞き、安心した様に微笑んだ。
「ええ、そうね。今日は失礼させていただくわ。心配してくれてありがとう、クリストファー。貴方は優しい子ね。」
そう告げて満足したのか、母上は部屋を出て行った。
それまでに私は自分の事を男だと偽り、完璧に振舞わなければならない。つまり、座学はまだ良いとしても礼儀作法やダンスの練習などは全て、水の泡だという事だ。
出だしから心が折れそうだが、立ち止まっている暇はない。
「ユーリ。」
名前を呼べば部屋の隅に居た侍女がこちらに来て礼をした。ユーリ、おそらく私が産まれてから私に仕えているだろう彼女は、聡明で決して主人の私であろうと媚を売らず、気を病まれているお母様の代わりに私をここまで育ててくれた。お陰でクリスティーネは立派なレディとなれた。まぁ性格は例外としてだ。
「私の髪を切ってください。」
それを聞いて彼女はギョッとした。基本的に貴族の女は髪を短くすることはない。けれど、多すぎる髪をすくことはあるから、それ自体は何もおかしくない。けれど私はつい先日、それをしたばかりだった。
「失礼ながらお嬢様、それは三日程前に終えております。故に今行われるのはまだ‥‥」
「分かっています。だから短くしてくださいと言っているのです。出来れば首辺りで。」
「なりません!」
私の発言にユーリは珍しく声を荒げた。
「お嬢様、御令嬢にとって髪がどんなに大切なものか、私はお教えしたはずです。そうと知って尚、髪を切れと申されますか。」
「はい。」
何の躊躇もなく私は答える。
「ユーリ。今この屋敷に次期当主と呼べる者は居りません。このままでは、お母様が本当に壊れてしまいます。お父様もそれを望んではいないでしょう。だから私が、お母様を繋ぎとめます。」
私の斜め後ろに居る彼女を振り返る。その瞳は戸惑いを隠せず、揺れていた。それを安心させる様に私は微笑む。
「このキャンベル家に産まれた子供はクリストファー・キャンベル。キャンベル公爵家現当主、クリスチアン・キャンベラの第一子にして次期当主の私だけです。」
立ち上がって彼女の正面に立ち、はっきりと告げる。するとユーリは戸惑って居た顔を哀しそうに歪めた。
「お嬢様、貴女は‥‥」
その続きを言おうとした彼女の唇を人差し指で抑えてまた微笑む。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お嬢様、ではありません。私は男です。ね?ユーリ、髪を切ってください。」
もう一度彼女に要望を出す。彼女はハッとして瞳を固く閉じた後、ゆっくりと私を正面から捉えた。その顔はいつもの凛とした彼女であって、もう心配は要らない。
「畏まりました。クリス坊っちゃま。」
彼女の返答に安心して鏡台の前に座る。すると自分の首元に挟みを近づけられた。そしてバツンと思い切った様な音が聞こえる。鏡の向こうにいる自分。右側の髪は肩より上で終わっていた。
そして左側の髪も切り形を整えていく。その間、私はこれからの心の準備をする為、瞳を閉じていた。
「終了致しました。」
ユーリの声を聞いてもう一度鏡に目を向けると、そこには中性的な美男子が居た。元から吊り上がった目元と細く通った鼻筋は冷たい印象を与えていたから、髪を切っただけでもかなり違う。
「ありがとう。服の用意をしてくれ。きっと奥の物品庫に入っているから。」
着る人も居なかったその服を送ってきたのは、父方の親戚。それを目にした母は酷く狼狽していた。けれどそれももうお終い。あの服は私の為の物だ。
白のコートの袖に腕を通し、履きなれないピシッとした黒のパンツスーツを履く。コートの中から覗くベストは紺色で、コートとベストを縁取るのは金色の刺繍。そして紐ネクタイの中心を止める私の目と同じ色をしたアメジストのペンダント。
鏡に向かい微笑む。やはり中々様になっていると思う。髪や服の準備だけで大きな時間を割いてしまった様でもう昼食頃だった。
「では、参りましょう。坊っちゃま。」
「ああ。」
コツコツという革靴の音が広い廊下に響く。我が家の屋敷の使用人は多いが、殆どが常に仕事をしている。だから廊下には使用人は多くない。だが居ないわけでもなく私を見た者は皆目を見張っている。
見知らぬ人間が廊下を歩いていたらすぐに追い出されそうだが、私の後ろを歩くユーリがそれをよしとはしない。彼女が使用人に目配せすれば、誰もこちらに近づいて来ようとはしない。
食事の場に着いた。煌びやかなドアの前に立つ使用人が怪訝そうな顔をしながらも扉を開ける。向こう側に座っているのは両親。私に目を向けた瞬間、固まってしまわれた。
「誰‥‥‥貴方‥‥。」
母上が呆然のしながら言葉を紡ぐ。それに対し私は冷静に礼をしてから目を合わせ、微笑んだ。
「誰だなんて仰らないでください、母上。貴女様の息子のクリストファーです。」
それを聞いた母上はまだ状況が飲み込めていない。しかし父上は違った。私の言葉を聞いて再度驚いた後、悲しそうな顔をして私を見つめていた。
「クリストファー‥‥?嘘よ、だって私には娘しか、クリスティーネしか‥‥っ!!」
片手で顔を覆いながら、勢いよく立ち上がった母上。その目は私を見てはいない。だから無理矢理にでも私を視界に入れる為、私は母上の顔を覗き込んだ。
「クリスティーネ?はて、聞き覚えもありませんが‥‥。母上、体調が悪いのではないですか?お顔の色がよろしく御座いません。きっとその所為でそんな幻影を見るのでしょう。昼食は使用人に運ばせて、お部屋でお休みになられた方がよろしいのでは?」
そう言って母上の手を取る。今の私は、誰から見ても母親思いの良い息子である。母上も私の言葉を聞き、安心した様に微笑んだ。
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