竜の巫女と光剣使いの剣聖譚

ベル

第14話「絶望」

アイルは洞窟の中を一人走っていた。
この先に逃げたイかれた獣使いを追っているのだ。
そして奴がいる場所にはアリーや村の子供たちがいるはずだ。
洞窟の中はひんやりとしていて暗い。先を見通す事はできない。
よく見ると壁に蜘蛛くもやトカゲなんかの小さな生き物が結構いるようだ。
年頃のアリーや小さな子供たちにとって、こんなに暗くて気味の悪い場所はかなり怖いだろう。
とても静かで、アイルの走る足音だけがこだまし、なんだかよく分からない焦燥感が胸の内から込み上げてくる。
一刻も早く助けてあげたい。そして、皆んなでまた村に帰って平和な生活を。と、そう考えた時だった。

「きゃぁぁぁぁぁぁー!!!」

洞窟の奥から悲鳴が聞こえて来た。まだ凛とした鈴のような高さの声からして、小さな女の子だろう。
やはり、この先に子供たちはいる。
そう確信してアイルはスピードを上げると、洞窟の奥にオレンジ色の光が浮かび上がった。
よく耳をすませると高い笑い声を上げるハンチの声が聞こえて来たので、アイルは片手剣を鞘からじゃりんと金属音を鳴らして抜剣した。
警戒しながら走っていると、横の壁がどんどん広くなっていく。
そうして進んでいくと縦横20メートルほどの大きな空間。高さは50メートルはありそうで天蓋てんがいを見る事はできなかった。
オレンジ色の光の正体は松明だったようで、空間を薄い橙色に照らしている。
大きな洞窟の奥にたどり着いたアイルは周りを見渡した。すると左奥に鉄でできた籠のような物があり、中には...

「おにぃ!!」

鉄籠の中にはアリーや見覚えのある村の子供達が閉じ込められていた。

「アリー!やっぱりここに居たのか!良かった。今助けてやるからな!」

そう言ってアリーや子供達の方向へ歩き出すと背中に悪寒が走る。

「だめ!!おにぃ後ろ!逃げて!!」

アリーがそう言った直後、背後から堅い何かに吹き飛ばされ、一瞬で奥の壁に衝突する。
かなりのスピードで背中から衝突して、骨が折れた音や内臓が震えた音が頭の中に響いた。
口からは喉からのぼったきた血が流れてきて、耐えきれず勢いよく吐血する。
真っ赤な血を地面に吐き出し、地に伏せたアイルは元にいた場所へと目を向ける。
すると、そこには恐ろしく、初めて見るくらい大きなバケモノが佇んでいた。
バケモノは前進し、再びアイルの前へとのしのしと大きな足音を立てて歩み寄る。
大きな巨躯の胴体はワーウルフとは比べ物にならないくらい太くて、その胴体からは4本の脚が生えている。その脚の先には剣のように先の尖った恐ろしい爪。そして胴体の後方からは鞭のようにしなった長い尻尾がはえている。
よく見ると体には、松明の橙色の光を反射して薄い赤をチラチラ輝かせるいくつもの鱗。
そして何よりもアイルの目に飛び込んできたのは太い胴体から伸びる5つの頭。

「な、んだ...これ........」

驚愕のあまり声になったかわからない声をもらしたアイルは目を見開いた。
5つの頭一つ一つにはギラギラと輝く眼。万物を噛み砕く強靭そうかあぎとに、口には何本あるか分からない牙が並べられている。吹き荒れる風のような鼻息を吐き、喉はゴロゴロと鳴っている。おとぎ話やフォクス爺に聞いた伝説上の生き物の竜か、と思ったその時。耳に煩わしい声が届いた。

「ハハハハ!どうです?この子。私の最高傑作の子ですよ!?」

憎きハンチはバケモノの背中に跨り、勝ったと言いたげな顔でアイルを嘲笑してきた。

「ほらほらほらほら!立ってください。ガキ共を助けるんですよね?あの一撃で倒れ伏したくらいじゃ、何年経っても大事な大事なガキを助けられませんよぉ〜?あ、何年どころか、今ここで殺してしまうんですけどね!ヒェッヒェッヒェッヒェッ!」

「相変わらず...気持ちの悪い...声、だな..」

何とか体勢を立ち直し、立ち上がったアイルはハンチに向かってそう言った。

「さっきの一撃であばら骨の数本はやられたけど、それだけじゃ俺は止められないぜ?イカれ野郎」

「ふむふむ。そうですかー。それじゃあこれはどうですか?」

アイルの煽りを聞き流したハンチは、バケモノの首をトントンと叩いた。
すると五頭のバケモノは重そうな右前脚を持ち上げ勢いよくアイルの頭に振り下ろす。
どがん。と岩を砕くような音を立ててバケモノの脚はアイルを踏み潰す、はずだったがギリギリでアイルは躱しバケモノの懐へ潜ると腹を剣で縦一直線に切り裂き、バケモノの背後へと周り距離をとった。
バケモノは動きが鈍く、このくらいなら余裕だ、と思った刹那。
左から赤黒くて長い鞭が流れてきて、アイルの左脇腹を叩き、再び横の壁で叩きつける。

「くはっっ!!」

「おにぃ!!!!」

「傑作です。傑作すぎて笑いが止まりませんよヒェッヒェ!そのような業物でもない剣で、私のヒュドラを倒れるとでも!?舐めないで欲しいなあああ!」

ハンチは更に甲高い笑い声をのけぞりながら上げた。
折れた肋骨を更に堅い尻尾で叩かれ、怪我が悪化していく。呼吸が辛くなりながらアイルは懸命に再び立ち上がった。

「くそっ。本当にバケモノだ、この竜は」

「竜?ドラゴン?違いますよ?この子はドラゴンではありません。強いて言うならばドラゴンの親戚って所ですかね?」

「ドラゴンの親戚?よくわからないが、バケモノって事に変わりはない」

そう言って再び剣を中断に構えてヒュドラが動くのを待つ。
数秒の睨み合いが続くと、五頭のバケモノの上に跨ってニヤニヤ笑いをこちらに向けていたハンチが再び命令を出す。
そしてヒュドラはその重い足を進め、だんだんとスピードを上げて突進してきた。距離3メートルのところで右に躱してヒュドラの横っ腹を斬ろうとすると、アイルを追っかけるように1つの首が伸びてきた。
ヒュドラは口をいっぱいに広げ、アイルの体を噛み砕こうとする。
間一髪で跳躍し、なんとか避けると剣を上段に高く構えて、自由落下のエネルギーを最大限に利用して首を斬る。

「—————!!」

ヒュドラはその苦痛に耐えかね、叫び声をあげる。
鱗を通り、肉を断つ生々しい感触が剣から手へと伝ってきた。
ヒュドラの首がドスッと地面に落ち、切り口からは黒血が吹き出て、地面に血の水たまりを作った。
追撃を避ける為にすかさずヒュドラから距離を取ると、剣を払い、剣身を濡らした血を払う。

「へっ。どうだ!首1本は頂いたぞ?」

「何を一本くらいでそんなに粋がってやがる」

もみあげを指でくるくるさせているハンチは悔しがっている様子は見せない。

「ではでは、私のヒュドラの本気を見せてあげますよぉ!」

そういうとハンチはヒュドラの体から飛び降り、距離を取る。

「さぁ、ヒュドラ!やってやるのです!」

そういったハンチは黒いマントのような服から真っ赤な笛を取り出した。息を吐いて、吸い、思いきり笛を吹く。
ピィーという高い音が空間に鳴り響き、音が途切れる。
ハンチの赤い笛は自然と粉砕しカケラも残さずに消え去った。
何か起こると感じ、ヒュドラへの警戒を強める。
すると...

「ぐるるるる....」

ヒュドラの鱗が紅色へと変色し、その体からは蒸気が湧き上がる。眼の色も黒から鱗と同じ紅へ変色。
そして5つの頭の口の端から炎が溢れ出ている。

「———!!」

アイルは戦慄した。
橙色に薄く照らされた空間が、ヒュドラの紅い鱗が発光し、空間は赤く染められる。
その赤い空間が、かつての悲劇の記憶を甦らせたのだ。

「ふひひひ、怖くて声も出せないのですか?」

フラッシュバックした記憶のせいでパニック状態になったアイルは一歩二歩と下がり、手から剣がこぼれ落ち、小さな石に足をかけ尻餅をつく。

「先程までの威勢はどこに行ったのですか??」

闘わなくてはいけないのに、体が震えて。思うようにいかない。
怖い。怖い。怖い。

「あらあら、そんなに震えて。可愛いですねぇえ?ヒェッヒェッヒェ!」

あの悲劇は克服したつもりだった。
森のワーウルフ達を毎日毎日倒して、強くなって皆んなを護ると誓ったはずだった。
だけど本当は、そう自分に考えさせることであの悲劇を心の片隅に閉じ込め、避けていただけなんだと、アイルは悟る。
そしてアイルの脳裏に1つの記憶が甦る。

まだ子供だった自分とアリーを守るために、自ら大きなバケモノに立ち向かう父と母。

『アイル!アリーを連れて逃げろ!』

『アイル!アリーをお願いね?』

そう言った大好きな2人を、長い2つの首が噛みちぎる。
崩れ落ちる最愛の人。大好きな母は惨たらしく胴体を2つに割けられ、大好きな父は首を奪われた。
途端、2人の体は焼けた地に転がった。
母の温もりに触れることも。叱られてばかりで、でも本当は優しい父こ言葉を聞くことも。目の前の怪獣によって叶わなくなってしまった。
小さな少年は家族を目の前で殺され、小便を漏らす。
バケモノは亡骸を咀嚼し、ゴクリと飲み込むと今度は泣き続けるアリーを狙う。

『や、やめて!お願い!...』

泣きながら5つの頭を持つ怪獣に叫ぶ。しかし怪獣は少年の願いを聞き入れずそのまま妹を襲う。
その時、アイルの背後から鉄の棒を持った男が現れ怪獣の頭を殴る。
怯んだ怪獣は三歩後ずさり、喉を鳴らして怒りを示した。

『妹を連れてここから離れろ!今すぐに!』

『え...でも、おじさんは?...』

『いいから!急げ!』

『わ、分かった....』

そうして少年は泣きじゃくる妹を抱えて怪獣から離れて走る。
数十秒走ると、助けてくれたおじさんの悲痛な叫びが耳に届いた。

『うわぁぁぁぁあ!』

少年は叫びながら焼けた地を妹を抱えながら走っていった。
愛する人を殺され、自分たちを助けてくれた人も殺された。
大切な人を目の前で奪われる。
そんな残酷な事を少年は目に焼き付けられた。
アイルは克服してなんかいなかった。
だけど、誰かを守りたいと思う気持ちに嘘は無い。誰も悲しませたく無いし、悲しみたく無い。誰も失いたくない。誰だって守ってあげたい。その為には自分にない力がほしい。だからあの日、アイルは銀髪の青年から光剣を預かったのだ。
でも、あの恐怖はアイルを離さなかった。
だから、逃げて逃げて。忘れようとして。挙げ句の果てには魔物を倒して自分を飾っていただけなんだ。
そう気付くと、知らぬ間に頬に雫が流れる。
自分の情けなさに、臆病さに絶望する。

「もっと、もっと俺に力があれば...。自分にだって克てる強さがあれば...もっと俺に、勇気があれば....」

そう言ってアイルは拳で地面を殴った。

「なーんだ。つまらない!」

興醒めだと言いたげなハンチはため息をこぼす。

「そうだ、こうしてしまいましょう!これなら面白くなりそうだ!」

そう言うと、ハンチはヒュドラに向かって指笛を吹いた。
するとヒュドラは反応し、ハンチの方向を向く。

「あれを、やってしまいなさい」

首でヒュドラに顎で指示を出すと、ハンチは再びニヤニヤと気味の悪い笑い顔を浮かべた。
そして指示を受けたヒュドラは、子供達の閉じ込められた鉄籠へと歩み始める。

「な、なによ!」

アリーが叫ぶ。

「来ないでよ!」

数歩で目的の鉄籠までたどり着いたヒュドラは主人の命令を待つ。

「な、なにを...」

「さぁさぁさぁ!私のヒュドラよ!やってしまいなさぁぁい!!」

「————!!!」

バケモノは嘶き、残り4つのうち1つの口を大きく開き、口から炎が込められる。

「や、やめろ!やめてくれ!!」

四つん這いになり、アリーに手を伸ばす。
あまりにも頼りない、届くはずのない震えた手を。

「.......やれぇぇぇぇっ!」

「——やめろォォォォ!!」

ヒュドラの口から灼熱が解き放たれ、子供達が、大切な家族が無惨な黒い炭へと焼き殺される。
はずだった。

「エル・ラムズ・ボルト!!」

炎が吐き出される寸前、凛々しく透き通った声が洞窟に響いた。
すると同時に、空間の入り口から凄まじい出力の雷電が迸り、ヒュドラに直撃。
魔法の勢いで吹っ飛ばされたヒュドラは奥の壁へと打ち付けられた。

「な!ななな!なんですか!?」

予想外の展開にアイルもハンチも驚いた。
そして洞窟の通路からカツンカツンと足音がこだまする。

「よくも、私の命の恩人を。友人を....痛めつけてくれましたね!」

整った顔に綺麗なパーツの口や鼻。そして碧色の双眸は調教師のハンチを映し、強い怒りを浮かべている。
長い艶のある金髪はなびき、彼女の全身には電流が纏われていた。
服を所々小さく破かれているが流血の様子は伺えない。
そして、その美しすぎる少女が、アイルはそれが誰なのかすぐにわかった。

「......ルナ..」

「調教師。あなたはここで、私が倒す!!」

金髪碧眼の美少女は、怒りをあらわにしてハンチにそう告げた。

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