竜の巫女と光剣使いの剣聖譚

ベル

第13話「獣少女と蠢く影」

「ハハハ!ハハハハハ!!」

紫月の下、1匹の獣少女と狼が戯れている。
獣少女は冷気を放つ氷槍を血に濡らし、振り回して、狼達を屠り穿っている。
小さくて頭に2つの獣耳をちょこんと添え可愛い獣人の少女テトラス。その容姿からすれば、一見この戦場は1匹のか弱い少女が魔物に襲われているようにしか見えないが、実際は逆のようだ。
獣人は、人間やエルフなど他の種族よりも身体能力が高い。例えば、大人の獣人ならば大きな岩石が降ってきても片手で受け止めることもできるし、跳躍力も一跳びで数メートルは跳ぶ。さらに足も早く、獣人はこの身体能力の高さを駆使してきた。
その獣人の血を引く少女テトラスはいつもの紫色の瞳孔を真っ赤な血の色に変えて、まるで別人のように狼達を狩り尽くしている。
その姿はまるで、猛り狂った獣が子犬を蹂躙じゅうりんしているようにも見えた。

「ひぇー。おっかない」

その姿を戦いながら背中越しに見ていたアイルは驚きと同時に少し恐怖を覚えた。
ハンチの笛らしき道具で村の周りにいた全てのワーウルフがアイル達の方へ仕向けられてから多くのワーウルフが現れた。その数はもう数えている余裕をくれないほど増していき、同時に地に伏せるワーウルフのむくろも増えている。

「しかし。やっぱり多いな...」

「ははっ!アイル。もう疲れたのかい?」

「まさか!」

1匹を慣れた手つきで倒したアイルの背中にテトが背中を向けて戻ってきた。

「血に濡れやがって。様になってるじゃないか」

「あ、女の子にそういう事言っちゃいけないんだよ!アイルのバーカ!」

「そんなこと言ってられる次元じゃないんだよお前の戦い方は!」

「まぁ、楽しく狩ってるのは否定しないよ。ボクもこんなに暴れたのは久し振りだからね」

言いつつ、迫ってきたワーウルフを氷の槍で串刺しにするテト。槍を抜くと矛先がどす黒い赤に染まっていて、薄い青の氷の色にグラデーションがかかっているようで少し綺麗だった。
と、考えているうちに3匹が一気に迫ってきて、テトは槍で薙ぎ払い、勢いで横の木に3匹とも叩きつけた。鈍い音と共に、骨が砕ける音がするのと、獣が断末魔をあげる。

「ところでアイル。1つ提案があるんだ」

「提案?どんな提案だ?」

戦闘中のアイルの背中にテトはそっと呟いた。

「流石にこれ全部と闘うのは時間が掛かるし、お互い体力が持たないと思う。早く行かなきゃ、アリーちゃんが心配だ」

「うん」

「だから、君は先に洞窟の中に入ってあのハンチって男を追ってくれよ」

「は?どういう事だよ」

「だから、この犬達はボクに任せて、アリーちゃんや子供達の為にも、君は先に行きなと言っているんだ」

「は?...は!?」

テトの提案に驚くアイル。

「お前それどういう事だよ。この数を1人でやれるわけないだろ!」

「無理も承知さ!でもね、アリーちゃんが。君の妹が待っているんだよ!今も危険な目にあっているかもしれない。それに...」

「それに?」

会話を区切り、何か考え事をしている様子のテトは闘いながら器用に話を続けた。

「この先、この洞窟の奥に、嫌な感じがするんだ。正直凄く怖いんだ」

そう言ったテトは迫ってくるワーウルフを次々に倒していくが、よく見ると手が震えているように見える。
テトの勘はよく当たる。だとしたらこの先、本当に何かがある。
ふとそう思った時、背中に掛けてあった金の鞘の光剣が頭をよぎる。何か、この剣が自分を呼んでいるような気がした。気のせいだろうか。

「そうか、お前が言うんならその可能性は高いだろう。けど、お前1人でこの数、本当に大丈夫なのか?」

テトの考えに一理あると思ったが、やはりこの数を1人で狩りきるのは難しいだろう。それにテトも少しづつではあるが、息を切らし始めている。これでも女の子なので、あんまり無理をして欲しくはない。

「ボクは大丈夫!なんてったってボクは獣人ビーストだよ?傷の治りだって君よりも早いし、何よりヒールだってある。それに、ピンチになれば全部引き連れて逃げたらいいのさ!」

「そうか」

それでも本当はテトが心配だ。だけどアリーの事だって心配だし、テトの気持ちを無下にするわけにはいかない。
しかし、戦闘中に敵は考える時間をくれるはずもなく、ワーウルフ達はキリがないくらい一斉に攻撃を開始する。倒しては後ろからまた来ての繰り返しで、疲労は溜まっていく。
このまま2人共倒れては意味がないと、よく考えた上でアイルは決断を下した。

「わかった。じゃあお前を信じて先に行かせてもらう」

「うん。君ならそう言ってくれると思ったよ!」

「あぁ、だけど無茶だけはするなよ。ピンチになったら直ぐに村へ逃げるんだ。分かったか?」

「うん、分かってるよ。ボクだって命は惜しいしね」

へへっと少し疲れた笑い方をしたテトはアイルの背中に自分の背中をくっつけてきた。そしてお互いに信頼の証として片手の掌を握り、拳をぶつけ合った。

「じゃあボクが洞窟前のワーウルフを一気に掃討する。すこしやりもらしちゃうかもしれないから、それは自分でお願いね!」

「あぁ、了解した」

「じゃあボクの合図で行くよ。3つ数えたらだ」

色々なものを背負いながら、自分はこれから大きな敵と対峙するのだと興奮と同時に緊張感を覚え、ハラハラドキドキしているアイル。
妹と村の家族を助け出すため、この先なんとか抜けなければならない。

「1.....2....3!!」

テトは合図と同時に駆け出した。風のように速いスピードで敵との間合いを詰めたテトは、この体躯からは想像もつかないような踏み付けの音を鳴らした。そして力一杯に槍を握り、洞窟の入り口周辺のワーウルフを一掃した。

「アイル!ごめん、1匹残した!」

「あぁ、問題ない!」

テトに遅れて駆け出したアイルは右掌を1匹残したワーウルフに向けた。そして

「ラムズ・ボルト!!」

アイルは覚えたての魔法を発動した。掌にバチバチと電気を迸らせると、指先に雷属性の魔力が充填される。するとその刹那。目にも止まらぬ速さで電流が走り、目の前のワーウルフに命中。
命中したワーウルフは雷銃の衝撃にやられて、黒焦げになってぶっ飛んでいった。

「や、やるじゃないかアイル!」

「まぁな!じゃあ頼んだぞテト!」

「あいさ!アイルも、村の子供達を、アリーちゃんをよろしく頼んだよ!」

「あぁ!」

力強く返事をしたアイルは暗がりの洞窟へと駆け込んで行った。

「いけー!アイルー!!」

テトはアイルに届いているかは分からないが、大きな声でアイルに向かって叫んだ。
すると、アイルを逃がさないとばかりに洞窟へと向かおうとワーウルフ達は走り出した。

「おっと。ここは通せないよ。君達はボクと一緒に踊ってもらうよ!」

するとテトは大きな氷の槍を捨て、詠唱を始める。

「アクア!フリーズ!...」

そしてテトは目を見開き叫んだ。

「アイス・ピストレーゼ!!」

一瞬で詠唱を終わらせると今度はたちまちに氷の剣が二本生成された。氷の双剣は月の光を反射し、妖しく紫色に光っている。

「さぁ、第2ラウンドと行こうじゃないか!」

再び獣の目の色に変えたテトは縦横無尽に狼達を蹂躙し始めた。









光を通さない闇の洞窟をハンチはリズミカルにカツンカツンと踵を鳴らして歩いていた。

「あぁ、順調だ。このまま潔く、竜の巫女が投降してくれれば、被害は最小限に出来るんですがねー」

長いもみあげを骨張った指でくるくるしながら、ハンチはそう言った。
すると先程まで洞窟の道中だったが、急に壁の感覚が広くなり、1つの部屋に開けた。
パチンとハンチが指を鳴らすと同時に奥にある2つの松明が火を灯し、洞窟内は明るくなった。
洞窟の中はとても広く、縦横で20メートルくらいの感覚はありそうだ。

「さてと、あの子達はどうしているでしょうかねぇ」

松明を1つ持ちながら、ハンチは洞窟の奥へと向かった。
すると、すこし大きめの鉄格子が見えた。その中には小さな子供達がたくさん閉じ込められていて、子供達はグスグスと泣いていた。
すると、1人の赤毛の少女がハンチに気付き鉄格子に勢いよく飛びついた。

「あんた!私たちを解放しなさい!」

「そうはできませんねぇ。あなた方は人質だ。人質は殺しては意味がないですし、逃しても意味がないでしょう」

「ふんっ!どうせすぐにおにぃやテトさんが助けに来てくれるわ!おにぃが来たらあんたなんかちょちょいのちょいよ!」

「ほぅほぅ。それは楽しみですね。おにぃというのはあなたと同じ赤い髪に青の瞳の青年ですか?」

「ええそうよ!それがどうかしたの!?」

「いえいえ、ここに来る途中、見つかってしまいましてね。やはり、あなたの兄でしたか。殺すと言われてしまいましたよ?なんと物騒な発言なのでしょう」

「おにぃが...ここに来る..」

兄アイルが助けに来ていると知った妹アリーはとても嬉しかった。しかし、ハンチは安心したような顔のアリーを見て高笑いをした。

「来ませんよ!なぜなら森中のワーウルフを彼に仕向けたのですから。あの数を倒せるわけがありませんよ」

「ううん、おにぃは来る。絶対来る。そしてあなたを絶対に倒してくれるわ!」

怒ったようにハンチに宣言したアリーを見て、ハンチは更に高笑いをした。

「な、なによ...何をそんなに笑っているのよ」

「いえ。失礼。素晴らしい兄妹愛です。しかし、来たところで彼は私を。いいえ、正確にはこの子を倒す事はできないでしょうね」

「どういう....!?」

ハンチの発言の意図を聞こうとしたその瞬間に、洞窟の最奥に何かが蠢くのがわかった。
するとハンチは最奥へと歩き出し、松明の光で奥を照らした。すると

「!?...嘘よ....こんなの。こんなのって」

「ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッ!どうです!この子がいる限り私に勝つ事は不可能なのです。」

ハンチは腹を抱えて壊れているように更に高笑いを続けた。

「おにぃ....」

あまりの驚きに絶句したアリーは腰を抜かした。
その影はあまりに大きく、あまりに恐ろしい存在だった。
蠢く影は大きな鼻息と喉を低く鳴らしてその場に佇んでその時を、今か今かと待ち構えていた。

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