俺の妹が知らぬ間にネットでグラドルやってたんですけど

青キング

第9話ダイエット事変(ランニング)

RIRUのブログに送られてきてきた匿名の女子のメッセージが、ぷっつりと途絶えた。
母のレッスンの成果か、いろんな人からコメントがつくようになった。
しかし最初にコメントをくれていた匿名の女子のメッセージが見当たらないと、しっくりこない。
__忙しくてブログを見ている時間がないのか? それとも興味をなくした? 後者であって欲しくはないな。
見るからに妹も近頃寂しそうな顔をすることが多い。兄としては理由が察せられるだけになんとかしてやりたいが、方法もわからない。
俺が堂々巡りにも思案していると不意に部屋のドアがノックされる。
「りくとー、入れてもらっていいかなお話があるの」
なんか随分ご陽気で。
「お話? どんな用件だ?」
「入れてー」
「用件は?」
「入れてー」
「何用だ」
「入れて、そう……そこ」
「どこにだよ!」
「はい、入ったーいっちゃったー」
「…………ふざけたいだけなら出てけ」
禅問答を経て、ついには断りなく入室してきた。
俺はパソコンを閉じて、目力を鋭くさせて振り返る。
さすがというか面倒というか、俺の目力など屁でもなく正座で腰を下ろした。
「りくとにお願いがあってきたの」
「なんだ?」
「お母さんのダイエットを手伝って」
「……嫌だ」
俺は顔をしかめて、拒否する。
母は唇を尖らせる。
「りくとはお母さんが、綺麗であって欲しいとは思わないのね」
ついこの間、ダイエットに失敗した人の言える台詞じゃない。
母は続ける。
「お母さんはまことさんにもう一度ときめいてもらいたいんだもの、良妻賢母ならぬ美妻艶母よ」
賢さが抜け落ちゃってるよ、それは母親として不合格だな。
「お願い、りくと。お母さんのためだと思って、ね?」
とりすがるようにして俺の服の裾につかまる。
どちらが子なのか、見ようによってはわかりかねる。
俺は母の襟首を掴んで引き離し尋ねる。
「なんで俺に頼むんだ?」
「だってりくと、暇そうだもの」
暇そう、結構グサッときた。
切り返しに窮まり、俺は視線をどこに向けようかさ迷わせる。
「暇でしょう?」
「どうなの、かな?」
「暇人にしか見えないわ」
「…………はい、暇人です」
しれっと断定されて俺は渋々白状した。悪かったな、暇人で。
ばつ悪くした俺に、母はんふふっ、と愉快げに笑みを声に出した。
「ランニングに付き合ってもらうだけよ、そんなに時間はとらせないわ」


夜の八時、俺は意気盛んなランニングウェアの母を伴って外に出た。
「りくと、何からすればいい?」
「うーん、軽い準備運動だな。怪我だけは避けたいからな」
「わかったわ、それじゃ肩入れしましょ」
母が両腕を俺の肩に伸ばしてくる。
すかさず俺はその両腕を払い落とす。
「ランニングするのに、なんで肩入れなんだよ。普通は足首とか膝とかほぐすだろ」
「だって最近肩が重いのよ、歳かしらね?」
「一人で前〇ン体操しとけ、気持ちよくほぐれるぞ」
赤い野球帽に赤ユニフォーム時代の体操考案者の姿を思い出す。
母は合点のいかない顔をしている。
「えっ、マツ〇ン体操? 聞いたことないわ」
サンバはしておりません。
話が益もない方向に脱線したので、俺は話を回帰させる。
「とりあえず足首と膝を回しとけばいいよ」
「そう、わかったわ」
母は従って準備体操を済ました。
俺らは並んで軽めに走り出した。所々立つ照明灯が夜の闇の街路に淡く光を落としている。
「夜の街って、静かね」
振りもなく母が隣で呟いた。
「そうだな」
住宅街を抜けて車道沿いに出た。
向かってくる丸みのある小さな自動車のヘッドライトを全身に浴びる。眩しい。
「りくと~、疲れた体が重い~」
いつの間にへこたれたのか、声に気づいた俺の後ろで母がうずくまっていた。
体が重いのは若い時より余分に肉がついたからだよ。
とはいえそれを口に出すわけにはいかず、別の言葉をかける。
「酷い運動不足だな、走るのいつぶり?」
「二十代以来ないはずよ」
どんだけゆとりある生活送ってたんだよ。
「もうちょっと頑張ろうぜ、駅まででいいからさ」
時間を確認するため、腕時計に視線を落とす八時二分、走り出して一分しか経ってないのに疲れた発言か、早すぎるだろ。
さじを投げかけている母に俺を手を差し伸べた。
母は一変して強く頷き、俺の手を持ち立ち上がる。
「こんなところで挫けてちゃ、良い結果は得られないわね」
母のゆっくりなペースで俺らは折り返しの最寄りの駅を目指した。

駅についたなりお手洗いに向かった母を、俺は駅の外で待ち駅の往来を眺める。
改札を抜けて溢れてきた人達は、やはりスーツを着た社会人が多い。
お手洗いから出てきた母が、早足に戻ってくる。
「お待たせ、りくと。早く帰るわよ」
俺に声をかけてすぐ、母は走り出した。
疲れたって言ってたのに、気が変わったのか?
俺を置いて走り出した母にあっという間に追い付く。
走ることに集中しているのか、会話のないまま家に戻ってきた。
「付き合ってくれてありがとね、りくと。明日も時間があったらランニング行きましょ」
「ああ、わかった」
そう言葉を交わして母は寝室に入っていった。それが母らしくないしずしずとした所作で、相当に疲れたんだと俺は母の運動不足に心配した。
























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