落ちこぼれの復讐者

紗砂

2日目

昨夜のパーティーの翌日。
僕は疲労感で満たされながら学園へと来ていた。
……それは、今朝の事だった。


「あ…お祖母様、おはようございます。
朝食はテーブルの上に用意してありますから良かったら食べてください。
では、行ってまいります」


お祖母様は僕を見て「ありがとう」といったと思ったら次の瞬間、僕の前に転移していた。
……無駄に魔法を使っている人だ。


「マシェリ、大丈夫?
いい?
何か言われたらすぐにこの魔道具を使って言いなさい。
あの馬鹿王女や馬鹿王子が接触してきてもこの魔道具を使ってすぐに報告しなさい。
いいわね?
大丈夫よ。
私も明日には学園に行けるわ。
それまでの辛抱よ」


…………そう、お祖母様はやはり過保護だった。
僕に対して何故か凄く過保護だった。


「大丈夫です、お祖母様。
自分の事は自分でなんとか出来ますから。
それに、皆僕に優しくしてくれますし」


僕はそう笑みを浮かべ、登校しようとしたがお祖母様に捕まった。


「もう!
私を心配させないためとはいえそんな事を言うだなんて…!!
本当に優しい子ね!」


いや、ただ面倒臭いだけです。

……そんな事を言える訳もなく、僕はただされるがままだった。
解放されたのはそれから30分たった頃だった。
ギリギリ間に合うか?
程度の時間だったが、過保護なお祖母様は


「道中、なにかあると大変だわ。
私が送っていくわよ」


と、半強制的に転移させられた。


「あ、ありがとうございます、お祖母様…」

「あらあら…もう。
マシェリ、貴方は私の孫にあたるのだからそんな固くならなくともいいのよ?
ふふっ…また迎えに来るわ」

「え……」


……迎えに来られるらしい。
そんなこんなでお祖母様は帰っていった。


………何故こうなった!!


「おはよ~!
流石はマシェリ!
王子様だね!
転移で学校来るとか…」


違うんだ!
誤解なんだ!!
僕は歩いてくるつもりだったんだ!!


「半強制的に捕まって転移させられただけであって僕の意志とは全くもって関係ないんだよ!」

「マシェリ、昨日の件ですが……。
その…あの方は…」


キャロは聞きにくそうに、恐る恐るといった様子で聞いてきた。


「………僕の母方の祖母だよ」

「………あの方はレラン様では?」

「……………そうだよ」


僕らの間に沈黙が流れる。
分かっているんだ!
あの厳しいと噂のお祖母様があんな…あんな過保護な人って…。
僕でも信じられないんだよ!?


「………その、やはり噂は噂なのですね…」

「………僕もそれ昨日思った」


なんとも言えない空気が流れる中、僕に近づいてくる人物が1人いた。
その人物に、カシュとキャロは警戒を隠せていない。

その人物は、僕の姉、リリーフ・デラ・アーカイブだった。


「…マシェリ、申し訳ありませんでしたわ。
私は…王族失格ですわ。
……昨日、あの後私もお兄様もお父様に怒られました。
私は、貴方の事を何も知らないで罵ってしまいましたわ。
貴方が、誰よりも苦しみ、誰よりも優しく、強い…。
私は、そんな貴方の事など知ろうとせずにただ、罵ってしまいましたわ。
ですから…申し訳ありませんでした」


この姉が、リリーフが僕に謝るなど有り得ない。
それに、僕が優しく強い?
優しいなんてあるわけない。
僕は、父に復讐を誓ったんだ。
そんなやつが優しいなんてあるわけない。
それに、強い?
僕はただ復讐をするために力が必要だっただけだ。
そんな強さなんて偽物だ。
しかも、僕はまだカーティスに勝ってない。
そんな奴が強いだなんてあるわけがない。
苦しんだのは、僕じゃなくて母上だ。
僕は何も苦しんでない。
僕は、僕は………。


「ふざけないで下さい!
貴女のせいでマシェリがどれだけ傷ついたと思っているんですか!?
あなたがマシェリを『落ちこぼれ』だの『王族の恥晒し』などと言ったせいでマシェリは!!」


違う。
違うんだ。
僕は、『落ちこぼれ』なんだ。
僕は魔法を使えないんだから。
僕が使ってるのは魔法じゃない。
精霊なんだ。
ただ、精霊の力を借りてるだけに過ぎないんだ。
僕は、『落ちこぼれ』だから母上は……。


「分かっていますわ。
…マシェリがどれだけ練習をしてきたのかもあの成績を見れば一目瞭然。
私は、そんなマシェリの努力を踏みにじってきました…」


違う。
僕は、皆が、姉上が思っているほど努力なんてしてない。
僕は他の奴の力を借りてるだけなんだ。


「…僕は、僕は!
落ちこぼれなんだ!
僕は本当は魔法なんて使えないんだよ!
初級魔法すら使えない、『落ちこぼれ』で、『王族の恥晒し』なんだ!
優しい?
強い?
僕は他の奴の力を我が物顔で使ってるに過ぎないんだよ!」


そう。
これでいい。
僕は、魔法なんて使えないんだ。
ずっと、ずっと魔法書を見て勉強してきて、それでもどうしても使えなかった。
今もそれは変わらないんだ。
僕の力は偽物に過ぎないんだ。


「魔法が使えないだなんて有り得ませんわ」

「有り得るんだよ!
現に僕は魔法が使えないじゃないか!
僕が使ってるのは…精霊術なんだよ!
魔法じゃないんだ!」


精霊術。
それは、精霊とある特殊な契約を交わすことで精霊から力を借り、それによって起こす奇跡の力である。
精霊術は術者に多大な負担をかける。
それは契約する精霊が上位であれば上位であるほど負担が大きくなり、術者は死に近づく。
僕がそんな精霊と契約を交わしたのは2年前だった。
僕は力欲しさに禁術を使用したのだ。
自らの命を使い精霊を呼び出すという術を。
その術によって契約をしたのが僕の精霊『エラルカ』である。
エラルカは僕と契約する際、条件を出した。
1つは、僕が彼女の依代になる事。
これは特に僕には害がない。
あるとすれば頭の中に直接響く甲高い声が不快なだけだ。
2つめは彼女が僕を主と認めない限り貸し与える力は少量だという事。
僕はまだ主と認められていないためエラルカから借りてる力は少量だ。
だが、一つ一つの力が少量というだけで組み合わせれば特に問題はない。
3つめは他の精霊とは契約しない事。
ただし、神霊や悪魔、天使といった精霊以外のものならば問題ないらしい。
4つめは僕が死んだ後は彼女が僕の体を使用するという事。
死んだ後の事はどうでもいいので問題はないのだが。
5つめは僕が簡単に死なない事。
僕は復讐を果たすまで死ぬつもりはない。
という事でこの5つの条件を呑み、僕は彼女と契約を交わした。
そして魔法として使用しているのがこのエラルカの力なのだ。
つまり、僕は魔法なんて一切使えないのだ。
生まれてからこの方1度も使った事がない。
魔力の流れすらも分からない。


「精霊…術……。
そ、そんな……精霊に認められるだなんて……!?」

「僕は、まだエラルカに認めて貰ってない。
まだ、少量の力しか借りていないよ」


突然、頭の中に甲高い声が響く。
その聞きなれた声に僕は少しうんざりしながら耳を傾ける


『ふふっ。
私は別にいいわよ?
貴方に力を上げても』


なんだそれ。
もっと速く言ってくれよ。


『あら、だって面白かったんだもの!
仕方ないじゃない?』


「……僕、結構思いつめてたんだけど?」


『し~らな~い!
私は1年位前、貴方が寝てる時契約してあげてもいいわよって言ったもの!』


これは、怒っていいだろうか?
いいよな?
いいはずだ。


「………寝てる時に言われても分かるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「マ、マシェリ?
だ、大丈夫?」


『あぁもう。
五月蝿いわね』


「五月蝿いのはお前だぁぁぁぁぁ!!」


はっ。
乗せられてしまった。
つい素が出てしまった。
しかもいきなり大声で叫ぶ奴って傍から見たら凄く怖い。


「……エラルカのせいで完っ全に変人として見られてるんだけど!?」


『あら、良かったじゃないの。
お礼なら受け取ってあげるわよ?』


「だ・れ・が!!
お前にお礼なんてするかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


『あらあら。
照れちゃって。
もう、仕方ないわね』


あぁ……やっと出てきたよ。
速く出てこいっての。


『ふふっ。
この姿では初めましてかしら?
私はエラルカ、この子と契約している精霊よ』


うん?
前の時(契約する前)と姿変わってない?
気の所為……じゃないよなぁ……。


『姿が変わったのは契約をした事で私の存在が強く結びついたからよ。
結びつくことで私の力が増強されたのが姿を変えた原因みたいよ?』


人事みたいだな。
まぁいいか。
興味ないし。


『もう!
つれないわね!
貴方のせいで私はさしてなりたくも無かった准精霊王になっちゃったっていうのに』


は?
准精霊王ってさ……精霊の中で2番目だった気がするんだけど……?


「……マシェリ、何者よ。
どうすれば魔王やれ准精霊王やらと契約出来るわけ!?」

「ユーリの件は僕に魔王の血が入ってるからだし!
エラルカの方は……僕は全く関係ないからね!?」


うん。
僕は全く関係ない……よな?


「……魔王の血…?」


あぁぁぁぁぁぁ!
何やってんだ僕!!


「ふふっ」


……は?
姉が、笑った?
あの姉が?
嘘だろ?
……嘲笑った?
うん。
きっとそうだな。


「あ………申し訳ありませんわ。
マシェリのこの様なところなんて見た事ありませんでしたから…。
……いえ、それ程までに私達が追い詰めてしまっていたんですのね。
……本当に申し訳ありませんでしたわ」


え?
僕、追い詰められたっけ?
………追い詰められたとしたら父に、だろうなぁ……。


「姉上、僕は気にしてなどいません。
はっきり言って迷惑です。
やめてください。
別に僕は姉上になにかされた覚えなんてありません。
それでも悪いと思っているのでしたら…そうですね、『サファレディ』のブラックベリーのパフェを奢ってください」


あれは本当に美味しかった。
もう一度行きたいと思う位には。
僕の要望に姉は目を丸くしたがまた柔らかな笑みを浮かべた。


「分かりましたわ。
ポプラと貴方の契約者も一緒に連れて行きましょう。
そうね、お父様とお兄様も誘ったら来るかしら?」


父……か。
正直勘弁して欲しいな。


「あ…」

「どうしましたの?」


やばい…。
忘れてたけど……。


「お祖母様に報告しろって言われてたんだった………」


でも、報告したら多分飛んでくる……。
……はぁ……面倒臭い。


「すればいいじゃありませんの」


うん。
普通の人だったらそうしたさ。
だけどさ、相手はあのお祖母様だよ?
無理無理。
そんな対応出来そうにない……。


「……うん、そうだね。
一応、しておくよ。
『発動しろ』」



僕はエラルカに頼み魔道具を発動させる。
魔道具はすぐに繋がった事を示す青の光を放った。


「マシェリです。
お祖母さ……」

『どうしたの?
何か行ってくる奴がいた?
それともあの馬鹿王の一族が接触してきたの!?
マシェリ、すぐ行くわ。
待っていなさい』


やっぱりこうなるか。
分かっていたさ!
信じたくなかっただけで。

僕は現実逃避を試みつつも全力でお祖母様を止めようとした。


「お祖母様!
大丈夫ですから!
姉上と『サファレディ』に行きたいので……」

『転移』


お祖母様が転移してきた。
………僕のせいじゃないはずだ。


「お祖母様ぁぁぁぁ!?
何やってるんですか!?」

「マシェリ、サファレディには私とマオと3人で行きましょうね。
さて、馬鹿王女。
私の孫であるマシェリに近付かないでちょうだい」

「お祖母様!
姉上は何もしてませんから!
僕は何もされてません!
ただ、その僕の王宮での扱いを変えられたのに、という事で謝罪してくださっただけですから!」


ここでお祖母様に暴れられても困るからね。
嘘をついてでも誤魔化したい。


「マシェリ…こんな奴を庇う必要なんてないのよ?」


だから何故そうなる。
そんな時、先生が学級に入ってきた。


「皆、席につ……失礼した」


……扉を閉めた。
うん、分からなくもない。
確かにこのお祖母様が僕を抱きしめ、お祖母様が転移してきた影響で机やら椅子やらが散乱し、一部の者が目を輝かせ尊敬の眼差しでお祖母様を見つめ、一部の者は畏怖の眼差しを向け、残りの者は戸惑い、悪魔達は平然と喋っているというこの変な光景はとてつもなくシュールだ。
……そろそろお祖母様は離してくれないだろうか?

先生が再び扉をあけ、入室してくる。


「……出席をとるぞ。
マシェリ」


この状況でか。
勇者だな。


「はい」


僕はお祖母様に抱きしめられながら返事をする。
先生は僕を1度見ると頷き、スルーした。


「リリーフ」

「はい、ですわ」

「カシュア」

「はーい」

「キャロット」

「います」


誰か、助けてくれないだろうか?


「……お祖母様、お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「えぇ、問題ないわ。
マシェリは私の事を心配してくれるのね!
本当に見た目通りかわい……優しい子ね」


おい、今可愛いって言おうとしなかったか?
それに見た目通りってなんだ。


「……でも、そうね。
これから用事があるんだったわ。
マシェリ、何かあったら…なくてもすぐに連絡しなさい?
いいわね?」


お祖母様の有無を言わせぬ様な射抜く視線に僕はただ頷く事しか出来なかった。

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