最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

空間の女神

「はぁ……はぁ……」

 肩で大きく息をし、苦しそうにしながらもレクシアは顔を上げる。
 視線の先には未だ立っているラースの姿がある。

「そんな」

 さすがにこの攻撃が通用しないとなると、精神的な衝撃が強い。
 勝てない。
 そう顔を下に向けてしまいそうになった時だ。

「大丈夫、ちゃんと効いてます」
「え?」
「ぐッ……」

 大きくラースの体がぐらつくと、前のめりに倒れそうになる。
 それをモラルタを地面に突き刺し、杖のようにして体を支えることで、膝をつくことも拒否する。

(一瞬意識が飛んだか? 神殺し、これほどか)

 想像以上のダメージに、思考を必死に回して次の手を考える。

「攻めるよ!」

 しかし、その考えがまとまる前にワタルが動いた。
 ワタルはラースの体がぐらついた瞬間に駆け出しており、既に間合いまで距離を詰めている。
 その後ろにはハラルとセリカも続いている。

「魔法剣・三重奏!」
「邪魔だ!」

 渾身の振り下ろしを放つワタルへ、それを弾き返そうとラースがモラルタを振る。
 2人の攻撃は互いに弾き合う結果になると思われたが、ワタルの横から1つの影が飛び出した。

「やれ、ワタル」

 急加速したセリカがラースのモラルタを持つ腕に斬りかかった。
 腕こそ斬れなかったものの、衝撃でラースの腕は後ろへ流される。

「はぁぁぁッ!!」

 ワタルの振り下ろしたデュランダルは、ラースの右肩から鮮血を吹き出させる。

「もう1回!」

 それでも、致命傷には程遠い。
 追撃の振り上げを放とうとしたワタルだが、そこで霧散するように魔法剣が解除させる。
 それと同時に、体が何倍もの重力がかかったように重くなり、その場で崩れるように膝をつく。

「魔力切れッ!?」

 連戦に次ぐ連戦で魔力を使い続けたワタルには、魔法剣を維持するのは不可能だった。
 追撃に失敗したワタルは焦りを浮かべ、目の前のラースが体制を整えようとしている。

「倒れてる場合じゃないですよ」

 焦りで思考が停止しそうになるワタルを落ち着かせるように、背後から声がかけられる。
 ワタルとエレナより少し遅れてラースとの距離を詰めたハラルは、超至近距離まで踏み込むと、ラースの顎へ掌底を放つ。
 攻撃は直撃し、続けざまに連撃を放つ。

(このまま押し切る!)

 面白いほどラースに攻撃が命中し、確実にダメージも与えられている。
 これならば倒せる、そう思ってしまったハラルは、重心が前に行き過ぎる。
 そして、ラースはそれを狙っていた。

「急ぎすぎたな」

 ハラルの攻撃を紙一重で避けたラースは、カウンターとしてモラルタを振り上げる。

「ハラル!」
「きゃっ!?」

 避けられないと悟ったハラルだったが、横からワタルがハラルのを押しのけるようにして、場所を代わる。
 盾でラースの攻撃を受け流そうとしたワタルだが、がっしりと構える暇がなかったために、盾は大きく弾かれて後方へ飛んだ。

 ラースは盾を弾くと、モラルタをピタリと止め、今度は真っ直ぐに突きを繰り出す。
 これを咄嗟に上体を逸らし、デュランダルの剣背で受け流そうとしたワタルだが、いかんせん体勢が悪く、受け流しに失敗してデュランダルまでも弾き飛ばされた。

「よくやった方だとは思うが、もう楽になるといい」

 武器はなく、魔力は切れた。
 それでもワタルは諦めず、ラースの攻撃が届くまでの間に思考をフル回転させる。

(素手は無駄。避けるのは間に合わない。剣も魔法もなし。せめて武器があれば)

「ワタルくん!」

 ワタルの思考をかき消すように、背後からレクシアの声が響く。

「手遅れだ」

 ラースの言う通り、レクシアが今から攻撃しても、まず間に合うことは無いだろう。
 しかし、レクシアは攻撃する素振りはみせず、ワタルに向かって飛び込むようにダイブした。

「っ、レクシア!」

 レクシアが何をしようとしているのかを察したワタルは、限界まで手を伸ばす。

「最後に手を繋いで死にたいのか? よくわからないが、大人しく死んでおけ」

 モラルタがワタル眼前まで迫り……そして受け流された。
 その手には、美しい刀身を持つ刀が握られている。

「武器だと? 空間魔法……いや、神殺しか!」

 レクシアを見たことのないラースは、神殺しの正体が神の力を操る少女だと思っていた。
 だが、本来のレクシアは刀。
 神殺しと謳われたその力は、持ち主が持ってこそ発揮される。

「悪いけど、まだ死ねないんだ!」

 攻撃後のラースは、まだ硬直が解けていない。
 そこへワタルの振るった神殺しが、鎧ごとラースの肉を断つ。

「ぐ、ああああッ!?」

 初めて痛みに声を上げたラースを前に、ワタルは確信を持つ。
 神殺しならば、ラースを倒すことが出来る。
 勝利のイメージが湧いてくる。

「殺す、殺す殺す!」

 吹き出る自分の血液を見たラースは、今までにないほどの殺意を漲らせ、ワタルたちを見据える。
 ワタルも正眼に構え、迎撃するつもりだ。

「ワタル、死ね! 死ねぇ!」

 ラースが血を蹴り、有らん限りの力を込めてモラルタを振り下ろす。

「う、強ッ!?」

 どうにかそれを受け流し、距離を取ったワタルだが、魔力もなく体も限界に近い。
 こんな状態では、今のラースは荷が重い。

「レクシア、やるよ」
「うん、わかった!」

 ワタルがレクシアに呼びかけると、その刀身が淡く輝く。
 すると、ワタルの全身に力が漲っていく。

「3分が限界だよ」
「了解。3人とも、援護お願い!」

 身体能力を超強化し、勝負を決めに行く。
 これがダメならば後がない。
 ワタルはハラルたち3人にそう言うと、ラースの懐に向かって駆け出す。

「動き自体は単調!」

 ラースはワタルが間合いに入るなりモラルタを振り回すが、ワタルはそれを全て受け流し、避け、当たることはしない。

「はぁッ!」
「アルヴヘイム!」

 途中エレナやマリーの助けもあり、ラースは体勢を崩すことも多くなった。
 そのスキに何度も神殺しを振り、確実にダメージを蓄積させていく。
 蓄積させていくのだが……

「やばいね、これ」
「効いてるはずなのに……」

 怒りに身を任せたラースは、傷を負ってもまったく動きが衰えない。

「今のラースを倒すなら、継続的な攻撃じゃなく、強力な一撃が必要です」
「でもぶっちゃけ、もう俺限界だよ。あと1分で多分立てなくなる」
「わかってます。方法がありますから。エレナ、マリー、少し時間を稼いでください」
「わかった」
「了解じゃ」

 ラースの相手を2人に任せ、ハラルは神殺しを持ったワタルの手を握る。

「え、ハラル? どうしたの?」
「時間がないですから」

 そしてそれを、躊躇なく自身の胸に突き刺した。

「ハラル!?」
「ハラルちゃん!?」

 慌てて引き抜こうとするワタルだが、ハラルはそれを許さない。

「いいですか。私は空間を司る女神です。私の力を全開で使うことができれば、ラースなんて敵じゃありません」

 傷口から白い光の粒が溢れていき、神殺しの刀身に吸収されていく。

「そして、レクシアならそれができます」
「でも、それじゃハラルちゃんが……」
「渡すのは私の力だけで命までは取られませんよ」

 ハラルの言葉は正しく、神殺しを引き抜いてもハラルの様子に変わりはない。

「これで私は戦力外です。ワタルさん、レクシア……あとはお願いします」

 力を貸し与えるだけとはいえ、神殺しから自分の力を取り戻す方法はわかっていない。
 力を失う可能性もあるというのに、ハラルには一切の躊躇いがなかった。
 それに応えるべく、ワタルは覚悟を決める。

「レクシア、次で決めるよ」
「うん! 絶対失敗しない!」

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