最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

王都防衛

「らっ!」
「はあっ!」

 アルマがタワーシールドで魔族の攻撃を弾き、体勢を崩したところに、ヨナスの鋭い攻撃が直撃する。
 途中からカレンたち教会の人間も加わり、戦況は圧倒的に人間有利に進んでいた。

「この調子なら怪我人も少なそうだ」
「……いや、そう簡単でもないらしい」

 魔族の数も減り、数える程しか見えなくなった頃、アルマとヨナスの足が止まる。
 その視線の先には、明らかにほかの魔族とは雰囲気が違う、怪物がいた。
 真っ黒な全身に普通の両腕と、肩甲骨辺りから伸びる、合計4本の腕。
 顔がある部分には穴が空いており、赤い光が灯っている。

 異形の怪物の周囲には、2桁を超える数の人間が倒れており、怪物はその場に悠然と佇んでいた。
 2本の右手は、大きな剣を持っており、剣の先端には炎が燃え盛っていた。

 怪物は2人を視界に収めると、体を向ける。
 今までの魔族など比較にもならない強さを、2人は肌で感じていた。
 アルマはタワーシールドを、ヨナスは両手の細い剣を構えるが、仕掛ける気配はない。
 2人が自分に攻撃してこないと感じ取ってか、怪物から仕掛けた。

「うおおっ!?」

 怪物の振るった剣を、アルマがタワーシールドで受け止める。
 予想以上に怪物の筋力が強かったのか、アルマの足は地面にめり込んでヒビを作り、ミシミシとタワーシールドが嫌な音を立てる。

 それでも、決して自分や他の仲間に攻撃を逸らすことなく、アルマは攻撃を受け止めた。
 そこへ、大きく踏み込んだアルマが、低い姿勢から両手の剣を振る。
 怪物はヨナスの攻撃に危機を覚えたか、大きく飛び退いて回避する。

「よく耐えた」
「当然。伊達に兵士長やってないからな」

 怪物は2人を他の人間とは違い、脅威と認識したのか、迂闊に攻撃するようなことはせず、睨み合う。

「悪しき存在よ、貫けかれよ」

 怪物の左胸を、白い閃光が貫いた。
 穴が空いた怪物の左胸からは、血などは出ることはかったが、ダメージはあったようで、少しよろける。

「異形ね。あんなの初めて見たわ」

 怪物に攻撃を放った人間、カレンがアルマとヨナスの後ろに歩いてくる。
 その手にはメイスが握られており、既に聖属性魔法による攻撃で、何体もの魔族を仕留めていた。

「3人でやるのはいつぶりだろうな」
「さあ? みんな年取ったわね」
「お喋りはおわりだ。来るぞ」

 3人は長年の動きが体に染み付いているように、自然とフォーメーションを組む。
 アルマが前衛、少し下がってヨナスと、その後ろにカレンが構える形だ。
 怪物は3人の出方を伺うように見ていたが、やがて大上段に剣を構える。
 すると、剣の先端の炎が剣全体を包み込む。

「「水よ、壁となり、我が身を守れ」」

 それを見るなり、アルマとカレンが同時に魔法を詠唱する。
 タワーシールドを構えたアルマの前に水の壁が出来上がると、怪物はそこへ剣を振り下ろした。
 振り下ろされた剣から炎が放たれ、渦となって水の壁と激突する。
 辺りは水蒸気で視界が隠れたが、炎の渦は水の壁とアルマによって防ぎきれたようで、誰も怪我はない。

「ヨナス、時間稼ぎを」
「……1分だ。それ以上は俺が死ぬ」

 カレンがヨナスの言葉を聞くなり、メイスに魔力を溜め始める。
 アルマはカレンを守るために後ろへ下がり、前衛はヨナス1人となった。
 ヨナスは目を閉じて、全神経を聴覚に集中、水蒸気に包まれた周囲から怪物の気配を探る。

「そこか!」

 直後、ヨナスの耳が自分の左上からの音を拾った。
 怪物が振り下ろした剣を、ヨナスは左手の剣で受け、体ごと回転させて受け流す。

「はああああっ!」

 完璧に攻撃を受け流され、怪物はガクンとよろける。
 そこから始まるのは、ヨナスの目にも留まらぬ連撃だった。
 右手の剣で斬り上げたと思えば、間を置かず横薙ぎに振られた左手の剣が、怪物の肉を深く抉り斬る。

 怪物が体勢を整えるまでに10の斬撃を浴びせ、ヨナスは1歩引く。
 怪物は人間ならば致命傷になったであろうヨナスの攻撃にも耐え、まだまだ動ける様子だ。
 辺りの水蒸気は晴れ、2人の姿を全員が視界に収める。
 怪物の傷と無傷のヨナスを見て人間側は歓声を上げるが、ヨナスは手応えを感じていなかった。

(やはり倒すのは無理か……ならば)

「君、それを投げ渡してくれるか」
「は、はい」

 両手の剣を鞘に収め、近くの兵士から槍を受け取る。
 ヨナスは軽く槍を振って具合を確かめると、腰を落として静かに槍を構えた。
 もしも、熟練の槍使いが今のヨナスを見たならば、自分と槍使いだと思うに違いない。
 それほど、ヨナスの槍の構えは洗練されていた。

 怪物は武器を変えたヨナスにも、臆することなく接近していく。
 ヨナスは怪物へなにもすることなく、剣の範囲内にヨナスを収めた怪物は、剣を振りかぶる。

「お前、知能は低いだろう」

 怪物の剣は、振られることはなかった。
 ヨナスの槍が、剣を振りかぶった怪物の腕を突き、体勢を崩したのだ。
 再び怪物が剣を振りかぶるが、それも同じようにヨナスの突きによって体勢を崩され、振られない。

 どれだけ強力な攻撃でも、魔法でもなければ、直前にどうしても隙ができる。
 そこを見逃さずリーチの長い槍で突くだけで、相手は攻撃をするための体勢を崩されてしまう。
 出鼻をくじく。
 相手の攻撃を防ぐ、口で言うだけなら簡単なやり方だ。
 実際にやるのは相当な鍛錬と技術が必要だが、ヨナスはそれを、怪物が剣を振りかぶる度にやってのけた。

「人間も、あまり舐めたもんじゃないだろう」

 ヨナスは、最後に大きく槍を振って剣を弾くことで、怪物と自分の距離を離す。
 時間稼ぎはできた。
 あとは、自分の仲間の仕事だ、と。

「カレンの名において、魔の者に裁きを下す。天罰」

 充分に魔力を溜めきったカレンが、詠唱と共に魔法を放つ。
 カレンのメイスから何本もの閃光が空へと飛ぶと、高い放物線を描いて怪物へと落ちていく。
 聖属性のその閃光は、怪物を貫き、地面にいくつもの穴を開ける。

 やがて、閃光が収まったあとには、穴だらけとなった怪物が残っており、その頭部の穴に灯っていた光は消え、前のめりに倒れた。
 3人はそれでもしばらく警戒していたが、動く気配がないことを確認すると、ヨナスが怪物の首を刎ねた。
 怪物の体は塵となっていき、サラサラと風に吹かれて消えていく。

「「「おおおおおおおおおおおお!!!」」」

 最後の魔族を討伐し、人間側が大きな歓声を上げた。
 ヨナスたちも魔族が残っていないのがわかり、ホッと胸をなでおろす。

「おめでとう。人間の皆さん」

 安心した人間側へ、水を差すような男の声が響く。
 その声はヨナスが持っている、怪物の頭からしているようで、ヨナスは咄嗟にその頭を投げ離した。

「投げるなんて酷いことをする。まあいい。それよりも、今日は人間の皆さんに伝えることがあってな」

 リアルタイムで喋っているのか、男の声は投げられたことに反応し、そのまま続けていく。
 人間の誰もが口を開けず、動くこともできないまま、男は衝撃の言葉を吐いた。

「魔王は死んだよ」

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