最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

洗脳

「どうじゃ? なかなかの破壊力だったじゃろう?」
「うん、さすがマリーだね」

 駆け寄ってきたあと、褒めて褒めてとキラキラした目で見るマリーを、ワタルは撫でて褒める。
 それが嬉しいのか、マリーは笑顔でされるままになっている。

「イチャイチャはそれぐらいでいいですか?」
「こ、これは違うから!」

 しばらく見ていたハラルがそう言い、慌てたマリーがワタルから離れ、素の口調で否定する。

「ハラル、なにか見つかった?」
「ちょっと待ってくださいね」

 ハラルは地面に手を当て、目を閉じる。
 しばらくそうしたあと、なにか見つけたのか、目を開け立ち上がる。

「この下に大きめの地下がありますね」
「どうやって探したの?」
「音魔法で、ソナーみたいにして探しました。簡単ですよ」

 ハラルは簡単だと言うが、音を同じ出力で一定の感覚で続けるのは、想像を絶する難易度だ。
 そんなことなどつゆ知らず、ワタルはあとで挑戦して諦めるのだが、それは別の話だ。

「入口は?」
「わかりますよ。こっちです」

 ハラルが先頭で歩き、それにワタルと立ち直ったマリーが続く。
 竹林だった更地の真ん中に来たところで、ハラルが立ち止まって辺りを見回す。

「ありました」

 地面に上手く同化していて気付かなかったが、よく見ると切れ目が入っており、地下への入口になっていた。
 ハラルがその入口を開けると、中は奥が見えないほど長い、階段が下へ続いていた。

「私が先頭で行きます」
「わかった。真ん中はマリー、後ろは俺が行くよ」

 人1人が通れる通路なので、簡単に隊列を決め階段を降りていく。

「これは……歌?」

 最初に気付いたのは、先頭のハラルだった。
 少し遅れてワタルとマリーも、かなり小さく聞こえる歌に気付く。

「ワタル、耳を塞いでおけ」
「いいけど、それだけ反応が遅れるかも」
「構わん。後ろはわしが見る」

 ワタルがマリーと場所を変更し、耳を塞ぐ。
 マリーも自分に状態異常回復の魔法をかけ、警戒しながら階段を降りる。



 階段を降り始めて5分、かなり降りたところで、開けた場所へと出た。
 歌声も少し大きくなり、はっきりと聞こえるようになる。

「いくつか扉がありますね。ワタル、どこから行きます? ……ワタル?」

 ハラルはワタルに話しかけるが、返事が来ないことを不思議に思い、振り向く。

「ん……あっ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃって」

 それを聞き、マリーとハラルは戦闘態勢に入る。
 普段から慎重なワタルは、今のように敵がいる可能性のある場所では、決して気を緩めることはない。
 パーティで1番最後まで気を張っているワタルが、ボーッとするなど考えられなかった。

「洗脳ですか」
「この歌が原因のようじゃな。ワタル、回復魔法をかける。動くでないぞ」

 ハラルとが周囲への警戒を続ける中、マリーが回復魔法をワタルにかけようとする。
 その時だった。

「マリー!」

 鞘と剣の擦れる音。
 抜剣を意味するその音に、先に気付いたハラルが、マリーに飛びつくようにして左へ飛ぶ。
 振り返れば、先程まで2人がいた場所を、ワタルが横薙ぎに斬り払っていた。

「いくらなんでも、早すぎるじゃろう。本当に魔法か?」
「スキルがあるんでしょう。種族特有のものとか」

 ワタルは虚ろな目で、ゆっくりと夜想曲の剣と盾を構えた。
 戦闘態勢だ。

「ワタルは私が止めます。マリーはこの歌を止めてきてください」
「うむ。死なないように気を付けるんじゃぞ」
「わかってますよ。多分、かなり手強いでしょうから」

 ハラルは大きく息を吐き、両手に手袋を付けて構える。
 マリーはハラルに一言忠告をし、1番近くの扉に向けて走り出した。

「どれくらい強くなったか、直接見てあげますよ」

 マリーが扉の中に入ろうとすると、ワタルがそれを追いかける。
 が、それを止めるようにしてハラルが割り込むと、最優先で倒す相手をハラルにしたようで、追いかけていた勢いのまま、夜想曲の剣を振り下ろす。
 ハラルは振り下ろされる剣に対し、真横から拳を降る。

バキンッ!

 夜想曲の剣が、半分にへし折れた。

「洗脳されてるからか、弱くなってます?」

 剣を折ったハラルの拳が、今度はワタルの鳩尾を狙う。
 ワタルは盾で直撃を防ごうとしたが、ハラルがそれを見て、拳の起動を真っ直ぐから下から振り上げるように変える。
 結果、盾は壊れなかったが、盾は上へと弾かれ、ワタルは大きく体勢を崩し無防備な状態となる。

「そーっれ!」

 ハラルは焦って追撃はせず、1度拳を引いて再び構え直す。
 その整った体勢の右拳から放たれるのは、内側に捻りながら放つストレート。
 コークスクリュー・ブローと呼ばれるパンチだ。

 肩、肘、手首を連動させて内側に捻り込むこの技術は、空手の正拳突きなどと同じで、相手へのダメージの増大が狙える。
 それに加え、ハラルの音魔法による振動での強化だ。
 重傷かもしくは、致命傷を与えるパンチになる。

「…………」

 それをまともに受けたワタルは、後ろへ3mほど飛ばされ、地面に仰向けに倒れ動かなくなる。

「……殺しちゃいましたかね?」

 骨の折れる感触が自分の拳に伝わったハラルは、少しやりすぎたかと、ワタルへ駆け寄る。
 もしかしたら、内蔵を損傷しているかもしれない。
 心配していたハラルだったが、それはすぐに杞憂となる。

「っと」

 跳ねるようにして起き上がったワタルは、最初となにも変わらない速度で、夜想曲の剣をハラルの首に向けて振る。
 スウェーバックでギリギリ避けたハラルだったが、その顔は曇っていた。

「動けるはずないんですけどね」

 ハラルの攻撃は確かに命中し、ワタルといえども深いダメージを負ったはずだった。
 その証拠に、口の端から血を流しており、ハラルが殴った場所は凹みが見える。
 だというのに、ワタルは虚ろな目のまま、そこに立って動いていた。

「強制ですか……嫌なことしてくれますね」

 今ののワタルは、痛みを感じていなかった。
 強い洗脳は、人の体の限界を突破させ、まるで不死者のように力尽きるまで動かすことができるという。
 今目の前で立っているワタルが、その何よりの証拠だった。

 内心でかなり焦りながらも、ハラルは拳を構え直す。
 このままワタルが動き続ければ、折れた骨が内蔵に刺さる可能性だってある。
 ハラルは、別行動をしているマリーが早く洗脳を解くように祈りながら、向かってくるワタルを迎撃する。

「第2ラウンドですか。上等です」

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