最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

要塞陥落

「今日はもう休もうか」
「そうじゃな。移動の疲れもあるしのう」

 エリヤの鍛冶屋から出たところで、ワタルは他の3人にそう提案する。
 まだ日は沈みきっていないが、ずっと歩いていたため、全員疲れが溜まっているだろうと思ってのことだ。
 マリーはそれに賛成し、エレナも頷く。

「えー、私は疲れてないよ」
「そりゃあ、俺がずっと腰に差してたんだからね」

 レクシアはまだ王都を歩きたいらしく、駄々をこねていたが、ワタルが説得して納得させる。
 これで全員一致で休むと決まり、4人は楽しく話しながら家へと戻っていった。

***

 翌朝、普段通り目を覚ました4人は、依頼を受けるつもりはなかったが、ギルドには顔を出すことにした。
 朝食を済ませ、ギルドに向かった4人だったが、ギルドの中は朝だというのに多くの冒険者が集まっていた。

「なにかあったみたいだね」
「どうする? 今日は帰るか?」
「いや、リナさんになにがあったかだけ聞いていこう」

 エレナからそう聞かれたワタルだったが、なにがあったのかは気になるため、リナに聞くことにした。
 受付にはあまり人はおらず、冒険者たちはお互いにいろいろと話しているようだった。

「なにがあったんですか?」
「あ、ワタルさん。実は……」

 それからリナが話し始めたのは、信じられないような話だった。
 王都から離れた四方には、魔王軍の進行に備えた、頑丈な要塞が存在している。
 前に起こった魔王軍の軍勢との衝突も、その要塞の1つが止めていた。
 それだけ防御に優れていた要塞だったが、それが昨日陥落したということが、要塞から命からがら逃げ延びた兵士から伝えられた。
 それも、1人の魔族の手によって。

「その魔族はまだ要塞に留まっていて、王都に来る様子はないようです」
「その魔族って……」
「はい、王都はこの魔族を幹部だと考えて、対処することにしました」

 大規模の魔族の進行にも耐えられる要塞を、1人で落とせる魔族など、幹部以外には考えられない。

「その魔族の特徴は?」
「その兵士によると、青髪に赤い瞳をした男で、種族は吸血鬼だそうです」
「吸血鬼だと?」

 リナの言葉に、エレナがすぐに反応した。
 その拳は握り締められ、歯は砕けそうなほど噛み締められている。

「はい、そう聞いてます」
「エレナ、様子が変だよ」
「……その魔族は、恐らく私の一族の仇だ」

 明らかに様子のおかしいエレナは、ワタルの言葉で体の力を抜き、ゆっくりと落ち着けていく。
 次の言葉は、エレナが何故取り乱したか、その理由が十分にわかるものだった。

「一族の仇? すまんが、わしらにわかるように話してもらっていいかのう?」
「ああ、わかっている」

 それからエレナは、前にワタルに話したのと同じことを全員に話した。
 自分がなぜ魔王軍を抜け、人間に助力すると決めたかを。

「リナ、その魔族の討伐、私に行かせてくれ」
「エレナ、落ち着いて」
「落ち着いてられるか!」

 エレナの珍しい怒号に、ギルドは一瞬静寂に包まれ、ワタルたちに注目する。
 だが、冒険者同士の喧嘩とでも思ったのか、またがやがやと話を再開していった。

「すまない……」
「大丈夫だよ。でも、その討伐に行くのは私じゃなくて、私たちにしておいて」

 エレナが危険なことをするというのなら、それを共にするのが仲間だ。
 マリーとレクシアも同じ気持ちなのか、ワタルの言葉に同調するように頷く。

「俺たちでやろう。その魔族の討伐」
「ワタル、マリー、レクシア。ありがとう」

 エレナは3人の顔を順に見て、笑顔で礼を言う。

「決まったみたいですね。ヨナスさんとアルマさんには、私から話しておきます。ワタルさんたちが討伐に行くなら、納得してくれると思いますよ」
「ありがとうございます、リナさん」
「いえいえ。それよりも、絶対に死なないで帰ってきてくださいね」
「もちろんです!」

 ワタルはリナに胸を張って答え、依頼の受注をしてギルドを出る。

「出発は明日。今日は各自で準備と、疲労の回復に専念しよう」
「うむ、了解じゃ」
「はーい」

 エレナもこくりと頷き、それぞれ準備を始める。
 武器の整備、魔法の確認など、やることをやっていればすぐに夜が来る。
 目的地の要塞は南門の先で、移動時間も長くなるだろう。
 ワタルたち4人は家に集合し、明日の出発に備えて早めに眠りについた。

***

 時刻は深夜、王都も明かりがほとんど無くなり、静寂が辺りを包み込んでいた。

「みんな、すまない」

 その静寂の中を、足音が1つ。
 エレナはフードを深く被り、1人で南門を抜けていった。

「これは、私がやらないといけないことなんだ」

 ワタルの言葉を聞き、素直に嬉しかった。
 自分には、こんなに素晴らしい仲間がいるのだと。
 だからこそ、危険な目には合わせられない。
 ワタルたちを巻き込まず、1人で終わらせる。
 エレナは、そう決めていた。
 背後の人影には気づかず、エレナは走る。

***

「ワタル、エレナが消えた!」

 出発の日、ワタルはマリーの慌てた声で目が覚める。

「エレナが? トイレとかじゃないの?」
「家のどこにもおらんのじゃ。それに、部屋に書き置きがあった」

 ワタルは、マリーから渡された小さな紙を見る。
 そこには、1人で南の要塞に行くことと、3人への感謝と謝罪が述べられていた。

「すぐに追うよ!」
「わかっておる。準備は既にできておるぞ」
「レクシアは?」
「私もいつでも」

 ワタルは素早く着替え、所持品を確認する。
 夜想曲の剣と盾を装備し、家を飛び出す。
 まだ周囲は薄暗く、人もまばらだ。

「ここから要塞まで、最低限の休憩でいくよ」
「元よりそのつもりじゃ」

 3人は急いで南門を出て、要塞を目指す。
 馬車でも時間のかかる道程で、歩けば数日はかかるだろう。
 そこは強行し、絶対にエレナに追いつく。

「エレナ、どうして……」

 エレナの行動を理解できずに、ワタルは走り続ける。

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