オッサンラブ
一章 6
「うまいよい」
グツグツと音を立てる湯気の向こうで、部長はガツガツと食べていた。
当たり前だ。
自慢じゃないけど私は料理がうまいのだ。
まだ見ぬ未来のだんな様の為に、日々腕を磨いている。
いや、正直に言うと、まだ見ぬ未来のイケメンで甲斐性があってセンスがよくて、そんでもって優しい男の人を釣り上げる為だけど。
「生活の基本は食事ですよ、部長」
だからちゃんと食べなきゃダメ。
ビールとするめはご飯じゃない。
私がそう言うと、部長は熱いのか口をホフホフさせながら、謎の雑学を口にした。
「あぁそうだねい。肉は体内で合成出来ない9種類のアミノ酸を含んでるらしいからねぃ。ビタミンB,E,K,B1,B2,ナイアシン,B6,B12とか、あとは」
「そうですか」
何だ、こいつ。
えのきとしいたけの区別もつかないくせに、無駄な知識はあるのか。
て言うか絶対肉の区別もつかないだろう。
部長は私の引きまくった反応も特に気にならないらしい。
と言うか多分気付いていない。
随分鈍感野郎だなと私はまた心の中で失礼な事を考えた。
微妙な沈黙が降りたガツガツと言う音だけが響くリビング。
私は部屋を見渡す。
家電は最新式、家具も全てコーディネートされている。
恐らくまとめて業者にでも頼んだに違いない。
邪魔だとばかりに壁にぴたっと寄せられている黒い革張りのソファは、随分座り心地がよさそうだ。
ど真ん中にはこたつがチマっと置かれている。
これだけが部長のセンスなのだろう。
先ほど部屋を片付けている時の事を思い出した。
私が真っ先にコタツを捨てようとしたら、部長は慌てた。
「だ、だめだよいっ!これは捨てたらだめだ!」
随分必死だった。
その表情を思い出して少し笑ってしまう。
普段はこのこたつのみで過ごしているらしい。
こんなに広い部屋で、しかも素敵な家具が揃っていると言うのに。
何とも勿体ない。
部屋をぐるっと一周して、壁に掛けられた絵画に目が留まった。
あぁ最近大学を卒業したばかりだと言う画家の絵だ。
ふわふわとした雰囲気がとても綺麗で、現実ともファンタジーともとれるその画風はとても洗練されたもの。
目が飛び出るほどの値段だって聞いたけど。
ふと、その隣に掛けられた小さな何かに気が付いた。
ものさしで測ったように完璧なバランスで床と平行に飾られている。
部屋が広すぎてよく見えない。
私の視力があんまり良くない所為もあるけど。
目を凝らしてようやくその物体を認識した瞬間、私は無言で立ち上がった。
「ん?何処行くんだい。あ、それもダメだよいっ」
「うっさいっ!」
私はうっさいと部長を睨み付けながら、「大安」と達筆で書かれた日めくりカレンダーを床に叩きつけた。
信じらんない。
こんな日めくりカレンダーとあのおしゃれな絵を並べて飾るなんて!
大好きな画家の作品だけに、余計に腹が立った。
「宝の持ち腐れしすぎです、部長」
日めくりカレンダーを手にしながら、部長はまたきょとんとして首を傾げた。
「だめかい?毎晩11時にめくるのが楽しみなんだよい」
「…そうですか。じゃあ、うんまぁいいや」
部長の謎の日課を知ってしまった。
正直知りたくなかった。
何それ、と思うと何だか力が抜けて冷静になった。
まぁそもそもここは部長の部屋なんだから、私がとやかく言うのはおかしいか。
「母親みたいだねい」
しょうがないとばかりにため息をついた私を見て何故か嬉しそうに笑う部長に、私の顔は激しく引きつった。
【部長、それ褒めてないです】
コメント