オッサンラブ
一章 5
「春菊取ってください」
「よい」
「春菊です」
私はしらたきを流水ですすぎながら再度言う。
春菊を取れ、と。
「これかい」
「それは白菜」
「……」
「喧嘩売ってんですか?」
部長が首を傾げた。
きょとんとしながら無言で出した手には長ねぎ。
何だ、こいつ。
もしかして野菜は全部葉っぱだとでも思っているのだろうか。
それにしても長ねぎはないだろう。
仕事は恐ろしくデキる癖に、生活能力がなさすぎやしないか。
「部長」
「よい」
しらたきをお皿に置いて、隣に立つ部長に向き直った。
首をかなり曲げないといけないのは部長の身長が高すぎるからだ。
「糸こん、取ってください」
試してみる事にした。
不思議そうな顔をしている部長に早くしろ、と目線で急かすと、あぁ、よいと言いながらキッチンに並べた食材をじっと見て、おもむろに手を伸ばした。
白くて細いものに。
「どうやって生きてきたんですか?」
それはしらたきだと教えながら、正解の糸こんを目の前でぶんぶん振って見せる。
「あーいや、料理はした事ねぇし前までは家政婦を雇ってたんだよい」
その前は料理好きの友人がやってくれていたらしい。
なるほど。こうやってバカは生まれるのか。
いくら仕事が出来たって、こんな生活能力じゃいつ倒れてもおかしくない。
「今は居ないんですか、家政婦」
「あぁ。困ってんだよい」
「でしょうね」
困ったと言いながら眉を下げて頭をポリポリ掻いている部長は、本当に困っていますという表情をしていた。
「しょうがない。じゃあ私が作りますよ。どうせ一人分も二人分も一緒ですし」
ご迷惑でなければ、
と付け加えて再度見上げると、部長は物凄く驚いた顔をしていて、私は何だか可笑しくなって笑った。
毎日職場で顔を合わせているのに、部長のこんな顔は見た事がない。
「助かるよい」
ふわっと笑ったその顔に、嬉しそうな目元のしわに、私は驚いて目を逸らした。
「べ、別についでですから」
【えさ係に就任しました】
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