普通な僕の非日常

Kuro

第10話 あぁ、あぁ。

    白。どこまでもどこまでも続いていく終わりを感じさせない色。今現在、目に入り込んでくるものは何一つとして存在しない。目の前にいたはずの人、踏みしめていた地面、黒に染まりつつあった空、はち切れんばかりに緊張した空気、場違いに緩やかな風、お互いをお互いたらしめる音、そして自分自身でさえ存在しえない。
   もしかすると色すら無いのかもしれない。そこに広がるのは『無』。そうであるなら白という表し方は明らかな間違いということになるが、その表現が正解なのかの判断基準すらも無いのであろう。
    あらゆる概念が通じない世界。あるのは僕という主観の思考のみ。今の状況に陥るのは今回のを合わせて二回目だ。過去に一度迷い込んでしまった経験がある。現在同様、自分が大きな障害に阻まれた際にこの現象が起きた。あの時も確か何かに負けそうになった時だった記憶がある。勝負内容の全ては思い出せないが間違いなく何か重大な勝負の最中であった。きっと過去の勝負には勝っていたことだろう。負けた記憶は明確に残るが勝った記憶は絶対に残るとは言い難い。故にその勝負は勝ったはずだ。
   ところでこの世界への訪問が二回目であるからこそわかったことがある。僕の意識だけの、僕のためだけの空間は僕の関知しない側面が作り出したに違いない。一種の現実逃避と言えばいいのだろうか。言っておくが能力だとかそんな摩訶不思議な異能力なんてものはこの世に存在しないから、生じている現象はそんな類のものとは一切無縁である。
勝敗が決まる直前になって創造されたのは僕が負けを認めたくないからだ。負けを許さない強固な思いがここに引きずり込まれた原因だろう。
そこで気になるのが現実での僕の肉体の状況だが、現実では意識が飛んでいる状況に近いのだと思う。倒れているだとかではなく、時間が止まっていると考える方がわかりやすい。
   人間、無意識の時間の記憶は当然のようにない。記憶する事象そのものがないからな。しかし、この現象は無意識の中に存在する意識なのだ。つまりは記憶できるということ。
自分の意識だけで構成されているゆえ、戻りたいと願えばすぐにでも戻ることが可能だ。
だが、すぐに戻るなんて馬鹿な真似はしない。これは氷室に勝つための大きなチャンスとなりうるのだ。
   相手に勝つには情報量で勝らなければならない。
まずはこれまでの氷室とのやり取りについて振り返ろうか。
    彼は僕の表情を暴きたくて巧みな演技で屋上に連れてきた。その後、僕が急に持ち出した賭けを承諾。賭けは僕の圧勝で幕を閉じたが、現状僕の惨敗。というのが今の状況。
   重要なのは「賭けは圧勝だが勝負は僕の惨敗」という点だ。世で言われている「試合に勝って勝負に負ける」とは全くもって話が違う。あれは「形式的な勝ちは自分だが本質的な勝ちは相手のもの」だが、僕らの賭けにおいて形式的にも本質的な勝ちも僕がもらった。
実際、僕には勝ちの自覚があり氷室も負けを自覚する態度をとった。誰がどう見ようが勝敗は決していたのだ。
そこから氷室は天地をひっくり返す言葉を投げかけたのだ。彼の言葉は勝負外の僕を負けさせた。しかも、一番負けてはいけない場面で。
    ・・・・・・後悔をするなら状況を打破してからにしよう。
それに、まだ完全なる敗北が決まった訳では無い。
相手が逆転したのなら次はこちらから逆転し返せばいい。やられたらやり返す倍返しだ!・・・・・・すみません。
というか、この場合、倍返しにしたら逆転し返されることになっちゃうよね。・・・・・・・・・・・・すみません。

    さて、悪ふざけは一旦置いて、もう少しだけ深く氷室の考察をしよう。
   氷室雄輝は言ったのだ、「これが本当のお前の顔なんだな」と。彼の当初の目的は僕の表情の理由を求めていた。それを賭けという形にして僕が勝利することで押さえ込んだ。しかし、彼は現在目的を九割型達成している。僕が事実を認めさえすれば彼の目的は晴れて達成ということだ。
   その言葉が出るまでは九割型目的達成していたのは僕であったのだ。要するに、本当の顔に気づかなければ僕の勝ちだった。あと数歩、屋上の扉を開き閉じてしまえば逃れられたのに。
    正直なところ気づかれる可能性はあると思ってはいたのだ。いくら隠しているからといって本性を覗かせてしまったのだから。そう、調子に乗って本気になったりしたのが僕にとって最悪の展開の幕開けであったのだ。
そもそもなぜ僕は本性をさらけ出すような馬鹿な真似をしたのだろう。彼の口車に乗せられた?いや、違う。本気を出すきっかけとなった賭けを提案したのはこちらだ。それに、賭けは僕の突発的な思いつきに過ぎない。賭けを持ち出されるような想定は万に一つの可能性を信じるようなものだ。心配性なやつでもそこまでの発想はしないだろう。さらに言うならば、トランプを常に持ち歩いていることに気づかれていることへの驚きを顔にも口にも出していたしな。
   それじゃあ、賭けに負けた後の悔しがったり解説を頼んだのが演技だったのだろうか?いや、それも違う。
彼の悔しがる姿は確実に本物だった。本性を出している時の僕の目が見たのだから間違いない。加えて賭けの前の彼の自信は相当のものだった。自分が負けることを想定しないような傲慢な態度は嘘偽りで飾れるものではない。
   これまでの考察でわかったこと、それを一言で表すとーーーー





『偶然』




彼の行動全てが狙って起こったことでないのなら『偶然』と言うしかない。
本性を引き出し、それに気づいたのは『偶然』でしかなかったのである。
   自分で言っておきながらなんだが、あまりに不自然ではなかろうか?
導き出した結論に間違いはないはずだ。だが、過程にちぐはぐな感じがしてならない。結果論にすぎないが、元々そういう風にできていて、そうなる運命で決まっていたかのごとく。一つ一つで見れば劇的な奇跡であるが、俯瞰して見ることでいかにも胡散臭く見えてしまう。言い換えるならご都合主義とでも言うべきか。
   マンガやラノベじゃないこの世でご都合主義極まりない出来事が起きていいのだろうか。まるで氷室が物語の主人公で、氷室が勝つのが世界のルールで、勝利が約束された世界ではないかーーーーーー
・・・・・・いや、ありえない。ありえない。ありえない。
天が地上に降ってくるほどに実現不可能な、地球が内部爆発を起こして散り散りになるくらい奇想天外な仮説が浮かび上がってしまった。
しかしながら成り立ってしまえば全て辻褄があってしまうそんな仮説。
    仮説を仮説たらしめる理由はピースが欠けているからだ。残りの数ピースが集まれば事実に変わってしまう。それを確かめなければ氷室に勝ったことにならない。
残りの欠片を集めるには彼に質問をするしか方法がない。
この空間を飛び出さなければ。
少々名残惜しいが先に進むためだ。
    願わくばもう二度とこの場所には戻りたくないな。
物語の主人公ではない僕にとって危機的状況は好きじゃないんだ。
*******************
    意識の覚醒。辺り一面に鮮やかな色が流れ込んでいく。何も目に入ってこなかっただけあって急激な景色の変化はどうにも気持ち悪い。
ーーーーガクっ
途端、身体がぐらついた。
どうやら色覚異常には心以外がついていかなかったようだ。
「大丈夫!?佐藤くん!」
右耳から驚き慌てる女性の可愛い声が入る。
「あ、あぁ。篠宮さん、大丈夫だよ」
急に倒れかけた僕を案じて覗いてくる整った可愛い顔があった。それを問題ないと手で押し止める。
あちらからしたら急だが、こちらとしては必然的なものだったのだ。感情の起伏に差があるのは仕方がない。
「大丈夫か?」
今度は正面から低音の声が掛かる。
こちらにはあまり驚きがない。むしろこちらが驚いている。
「氷室・・・・・・大丈夫だから手を離せ」
「お、おぉ、悪い。つい癖で!」
「・・・・・・」
僕が篠宮さんに声をかけられる前、氷室は僕を支えようとして僕の手を大きく鍛えられた硬い両手でぎっしり握っていた。そう、まるで愛する人がどこかへ行ってしまわないようにするかのようにーーーーいや、おかしいだろ!やっぱこいつあっち系の人なんじゃないのか!?
しかも照れてるし・・・・・・
というか、癖ってなんだ!?癖って!男に手を出す癖ってことか!?そうなのか!?

・・・・・・またペースを乱された。こいつわざとやってるんじゃないのか?
その疑問はさておき、会話の途中で思考に引きずり込まれたのなら会話の再開をしなければならない。
「氷室、お前の質問に答える前に少しだけ待ってほしい」
「ダメだ。お前には一度騙されているからここで逃がす訳にはいかない」
まさか、自分の行動がここに至っても足を引っ張るとはな。人は騙すものではないとつくづく思わされてしまうものだ。
出来れば使いたくなかったがアレを使うしかない。
「わかった。それならアレを今ここで使う」
「アレってなんのことだ?」
「賭けの話忘れたのか?僕が勝ったら言うことを聞いてもらうって条件だったろ」
「・・・・・・くそっ。カンペキに忘れてた」
「お前の頭どうなってるんだよ・・・・・・」
「で、佐藤、要求はなんだ?ちょっと待つことか?」
おどけて言葉を返す氷室。立場上あいつの方が今は有利だ。どうもその自覚があるように見える。
僕ってそんなに態度に出る方だっけか。
    今はそんなことはどうだっていい。ここから先はさっき抜け出した世界での計画を実行に移すだけだ。
指を立て、ゆっくりと口を開く。
「違う。今から三つ質問する。それに正直に答えろ。そのあとに質問には答えるよ」
「質問か・・・・・・わかった、何でもいいぜ」
ドンとこい!と胸を張って何故か誇らしげだ。
関わって日が浅いせいもあるが未だに氷室のテンションが掴み切れてない。
まったく、色々とめんどくさい奴だ。

「じゃあ、まずは一つ目だ」
「おう!」
「・・・・・・今まで失敗したことはあるか?どんな事でもいい」
声を少し沈めて問う。
「は?何言ってんだ佐藤。あるに決まってんだろ、俺だって人間だぞ?」
「いや、別にお前が人間かどうか疑ってるわけではないよ・・・・・・」
人間かどうかだなんて話がぶっ飛びすぎだ。
もっとも、僕が立てていた仮説はそれ以上にぶっ飛んでいるんだがな。

「それじゃあ次の質問だ。生きてきた中で一番成功したのはなんだ?」
「おい、さっきからなんの質問してんだ?」
「気になるだろうが気にするな」
「そう言われてもなぁ・・・・・・」
「全部答えるんじゃなかったのか?」
「なんかいいように使われてんな俺。えっと、一番成功したことだっけか?
   そうだなぁ・・・・・・豊沢のバスケ部でレギュラー取れたことじゃねぇかな?ここ、相当強いし」
「へぇ、意外だな」
「ん?何がだ?」
「お前ならもっと大きな成功していると思ったよ。例えば・・・・・・宝くじ当てまくって億万長者とか」
「当てまくるのはおかしいだろ!てか、マジでなんなんだよさっきから!」
   氷室が困惑するのも無理はない。彼からすれば全く関係の無いことを質問されているようなものだからな。
要するにただの見方の違いだ。価値観の違いと言ってもいいのかもしれない。氷室には値打ちのないものでもこちらとしてはどれだけ金を払ってでも欲しいものなのだ。まぁ、実際払うかといえば払わないが。
「気になるだろうが気にするな」
「またそれかよ!」
「だってそれしか言えないし」
「うっわ、なんかむかつくなそれ!」
少し口元を引き攣らしている。ガチで引いてるんじゃないだろうか・・・・・・あっれーちょっと想定外。
今ので少しペースを削がれてしまった。
くそっ!これも氷室の作戦なのか!?
はい、違いますね。完全に僕が悪いです。
この手の対応に慣れていない僕は、乱されたペース(ほぼ自分のせい)を取り戻すべく新たな話題を振る。
「ところで、質問じゃなくて余談をしてもいいか?」
「あ?なんだよ?」
「お前どうやって豊沢でレギュラー取ったんだ?」
これは結構気になっていたのだ。前も言ったように男子バスケットボール部は地区大会なら余裕で突破する程の実力だ。最近聞いた話だと地区大会決勝でダブルスコアだったらしい。流石に相手チームが気の毒である。それくらい実力がある上、部員数は当然と言うべきか異常なほど多い、サッカーのチームが七つできるほど。
ザ・強豪校の一年でベンチ入りを果たし、二年ではスタメンに抜擢されるところまできたのだ。
ちなみに氷室の他に二年生は一人しかおらず、そいつはベンチ入りで留まっているらしい(須川情報)。
「上手くなってレギュラー取ったに決まってんだろ」
「・・・・・・問い方を変えるよ。上手くなった原因はなんだ?」
「練習」
「・・・・・・氷室、わざとやってるだろ?」
「なんのことだ?」
さも知らない風を装って首を傾げる。
・・・・・・もしかして本当に伝わってないのか?
「もう一度問い方を変えるよ。練習を熱心にやるきっかけはなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうした?」
「バスケが好きだからって答えれれば良かったんだけどな」
「バスケが嫌いなのか?」
「嫌いだったらもうやってねーよ。好きなのは間違いない。でも、きっかけは別にあるんだ」
氷室の顔から急激に明るさが消えた。口をきつく結んで二度と開かんばかりに力を込めているのがわかる。
もしや僕は踏み込みすぎてしまったのだろうか。
だがな氷室、僕は遠慮しない。お前も僕に入り込んできたんだ。僕もお前の真似をする。お互い様だ。
「きっかけを教えてはくれないか?」
「・・・・・・割とどうでもいいやつだぞ?」
「あぁ」

「俺は中学の頃もバスケ部だったんだ。当時も結構上手くて周りからチヤホヤされていたんだよ。
そんで、中学最後の大会。地区の決勝まで進んだ俺らは負けた。たった一点差で。ラストの俺のシュートが入れば勝ちだった。手の届く場所にあったんだ。
もしも調子に乗らず練習をしていたら?ディフェンスの時あと半歩先に出てたら点は取られなかったんじゃないのか?一秒多く時間があればシュートは決まったんじゃないのか?俺が外したシュート一本一本が入ってれば勝っていたんじゃないのか?仲間を信じてパスをすれば確実に点が入る場面も何度もあったんじゃないのか?
 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと後悔を繰り返し続けた。
だから、二度と後悔しないように。言い訳出来ないように練習することにしたんだ。
・・・・・・ありがちな話だろ?」

「お前すごいな」
素直に感心する。こういうドラマチックなやつはドラマの中だけに起こりうるものだと思っていたがまさか現実に体験者がいるとは。
「すごくねぇよ。誰だって出来る当たり前のことを気付かされただけだ」
「いや、誰だって出来たら世の中スーパースターだらけじゃないか」
「確かにそりゃそうだ!」
白い歯を見せながら大きく口をあけ笑った。
彼の顔に憑き物が落ちたように明るさが戻り、さらに笑顔が加わった。
 対照的に僕の光が消え失せた。
彼の発言で確信させられてしまったのだ、




氷室雄輝にはこの勝負で勝てない。




初めてだ。本気を出して負けるのがこんなに悔しいだなんて。
生きていく中で一番記憶に残る瞬間になってしまう自信がある。
ずっと、ずっと、心のどこか、隠したくても出てきてしまうそんな場所にとどまり続けるのだろう。
   敗北。

・・・・・・あぁ、なんて惨めなのだろう。

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