普通な僕の非日常

Kuro

第9話 勝負、ですか。

   正面には悪魔の顔をした氷室。隣には可愛く首を傾げる篠宮さん。そして悔しさと緊張で表情を強ばらせる僕。
彼とは何の繋がりを持たない。
だからこそ今まで無駄な干渉をせずに居られた。
お互いを守り、避けるよう作られた難解で分厚い壁を彼は破壊しに来たのだ。
出会ってからたった三日。
思い返せば高橋先生に桜美さん、篠宮さんだって壁を壊してきた。
普通を貫き通す僕にとって事態は深刻だ。そもそもの話、僕が標榜する信条のおかげでただ厚いだけじゃなく見えなくもなっていたはずなのだ。それをいとも簡単に、あたかも彼らが普段行っている風を装って壊した。
  人の皮をかぶった破壊の悪魔、もとい氷室が再び口を開く。

「佐藤、俺はお前の顔が心底気に入らねぇ」
「なんだよ氷室。俺の顔がイケメン過ぎて気に入らないのか?ありがとう」
できる限りのジョークをもって全力を尽くし話を逸らす。
篠宮さんの前で本当はこんなこと言いたくない。
ナルシストだって勘違いされたらどうしよう・・・・・・
だが、現状そんな悠長なことを言ってられない。
まともに話しては追及を逃れることなど出来やしないのだ。
僕の言葉で多少狼狽える様子が見えるが、すぐに真剣な顔つきに戻り返答の言葉を口にする。
「いや、そういうわけじゃないんだが。お前って結構言うやつなんだな・・・・・・」
・・・・・・一番して欲しくない反応を頂いてしまった。
言外に示されただけあって配慮が痛いほど伝わってくるのもさらにダメージになってしまう。
「待て待て!冗談だ冗談」
間違いをさらに重ねた。今のも失敗だ。
本当に冗談で言ったはずなのに傍から見れば、『本心さらけ出したら引かれたので慌てて取り繕っちゃった☆』の図である。
恐る恐る篠宮さんに目をやると、別段気にした風ではなかった。平時と変わらなくその場に佇んでいる。
助かった。氷室にはどう誤解されようが構わんが篠宮さんに勘違いされると身が持たない。
 しかし、困ったことになったものだ。話を逸らそうと頑張った結果が空回りしてこちらに突き刺さってこようとは夢にも思うまい。
次の策を練ろうとしたところで氷室によるさっきとは威力に差のある追撃。

「なんでお前はいつもあんなにつまらなさそうにものを見るんだ?」
言葉を放った本人の表情にはどこか諭すような色が見える。なんなんだこいつは。僕を一体どうしたいんだ。
「・・・・・・それは勘違いじゃないのか?」
「いいや、それはねぇよ。俺はずっとお前のことを見てたからな」

ちょっと待て。
どうしたの氷室さん?何今の発言。なんで顔が少し赤いの?夕日のせいだよな?そうなんだよな?
「氷室・・・・・・念の為言っておくが、僕は男と付き合う趣味はないぞ?」
「・・・・・・は?」
「いや、お前、素振りとか言動がもう完全に気のあるやつじゃん!」


・・・・・・・・・・・・沈黙。


「ごめんな佐藤。お前なにか悩んでるんだろ?」
「おいおいおい!逆に僕の方がヤバいみたいな雰囲気作るのやめろよ!」
    さっきからずっと僕のペースが乱されている。
主導権を一度だって握ることを許されていない。完全に手のひらの上で負け続けている。
・・・・・・勝たないといけないのに。

    二年になってから・・・・・・じゃないな。
昔からずっとそうだった。負けてきた。
自分で自分を押さえつけて負けることを許容してきた。
騙しておどけて見ないふりをして目を背けて逃げて、本心では全て見ているのに。分かっているのに。騙せていないのに。逃げられてなどいないのに。
  ーーーーあぁ、なんて久しぶりだ。自分の奥底から勝とうと思えたのは。ひどく場違いな感慨を抱いている自覚はある。
   彼は危険なんだ。僕が隙を見せればすぐさま弱い部分を狙って突いて、偽りの僕を壊しにくる。唯一僕が望まないこと。それを試みようと彼はしている。
それが嬉しい。嬉しいのだ。壊されたくないのは完全に本心。嘘などは微塵もない。だが、それだけで埋まるほどの心ではない。きっと原因はどこかにあるのだろう。
隅々まで自分を操れる人間などいやしない。
いるならばそれは人間じゃない何かだ。
僕は人間で、彼と同じ。
だから僕は彼を潰す。
僕が僕であるために。
これまで通りに普通であり続けるために・・・・・・

「篠宮さん。今から起こることを全部自分の中でだけで止めといて欲しいんだけどいいかな?」
声に努めて明るい印象を持たせながら耳打ちする。
「うん?わかった!」
こちらは自然な明るさを纏った小さな声。

一つ大きな深呼吸。酸素を巡らせ血の流れを確認し、身体の空気を一箇所に貯め、それを吐き出す。
ある種それはルーティンに近い。終えると同時に覚悟を決める。
さぁ、氷室。
これからお前を叩きのめす。
訝しむような彼の目を見返して僕は発した。


「氷室。賭けをしよう」

*******************

「なんだ?賭けだって?」
首を斜めに傾けて不思議そうな声をあげる。
「そうだ。お前の尻ポケットに入っているトランプを使ってだ。いつも持ち歩いているだろ?」
「・・・・・・なんで知ったんだ?」
「お前と同じだよ。僕はお前をずっと見てるんだ」
「それ言われると結構照れるな」
「意趣返しにしては少し酷かったか」
肩をすくめる僕に氷室は先を促す。
「賭けのルールはトランプを使えば何だっていい。お前に任せるよ」
「わかった」
そう言うと箱に入ったトランプを開け、器用に六枚取り出してこちらにカードの表を向けてくる。

「よし、少し変わったババ抜きをしようか」
「ルールを説明してくれ」
「あぁ。二人でババ抜きをすれば最後にカードが四枚余る。そして、組を揃えた方が勝ちだ。だが、手札が二枚だけだなんて面白みがねぇよな?だからお互いの手札は三枚にする。ババ一組と一から四までの数字を使ってな」
カードを片方の手に四枚、もう一方に二枚持ってアバウトな説明をしてきた。
「つまりは、ババを揃えれば勝ちってことでいいんだな?」
「そうだな。これを先に三勝した方が賭けの勝利者だ」
「わかった、さっさと始めよう。少し暗くなってきた」
まだ季節は夏に遠い。日の長さもまだまだ伸びきれていない。
「一応言っておくが、俺はこの賭けで一度も負けたことがねぇ。ずるいのはわかっているが賭けを持ち出したのはお前だ。勝たせてもらうぜ」
目をギラつかせて睨む氷室は溢れんばかりの自信を言葉に載せてきた。
「いいや、勝つのは僕だ。お前の連勝記録はここで終わりだよ」
プライドのぶつけ合い。
そこにひょこっと顔を出して小さく手を挙げる篠宮さん。
「じゃあ、あたしが審判をやろっかな」
「頼むぜ篠宮」
六枚のカードを篠宮さんに渡す氷室。
「カードを引く順番はどうするんだ?」
「最初に引く奴は一ゲームごとに交換だ」
「オッケー。最初はどっちから始める?」
「俺から引いて次は佐藤でいいか?」
「いいよ」
「ちなみに俺が勝ったらお前に質問できる権利が得られるとして佐藤が勝ったらどうすんだ?」
「僕が勝ったら一つお前に言うことを聞いて貰うことにしよう。賭けの内容はお前が決めたんだ別にいいだろ?」
「あぁ、俺は負けねぇからな」
賭けるものとルールを再確認してとうとう始まる。
   運と多少の実力で決まる熱い勝負ーーーーではない。
これから幕を開けるのは手に汗握るものとはかけ離れている。汗は握るものじゃないかくものだ。握るのは拳で両方とも相手だけ。
   僕は本気を出せるのが心の底から嬉しい。
しかし、同時に悲しさもそこには生まれる。
本気を出す瞬間は一瞬で終わってしまうから。
そこには勝負じゃなくて作業になってしまうから。
三分後にはすべて終わっている。

あぁ・・・・・・本当に本当に虚しい。

*******************

馬鹿にするような表情。人に嫌悪感を抱かせる顔が二つ、冷たいコンクリートの床にピタリと張り付いた。



「どういうことだ!?なんで・・・・・・」
男の悲壮な声があがる。わけがわからないと戸惑い顔を浮かべながら。




「・・・・・・三勝一敗で佐藤くんの勝ちです」
いつもより少し声のトーンと快活さを抑えて篠宮さんが言った。


「氷室、やっぱりお前じゃ僕に勝てない」

「なんでだ!?何をした?」
「ただトランプを引いただけだ。見てただろ?自分のババが引かれるのを」
「そんなことを言ってるんじゃねぇ!俺が一度しか当たりを引けずにお前が三連続でババを引けるのがおかしいって言ってんだ!」
先程の調子が嘘かのように声を荒らげて思いのままにぶちまけた。
「そんなに自信があったのか?」
「言っただろ、俺はこの勝負に負けたことがないんだ。ババは引かれることがあっても負けることはなかった!全部勝ってきたんだ!」
整った顔が台無しだ。懇願する色さえ見えるその表情はまるで周りを気にしてない。
    酷くみっともない。
「お前の敗因は僕と勝負したことだ。他のやつになら負けることはないはずだ。安心しろ」
「今は他のやつなんてどうだっていい・・・・・・何をして勝ったのかを教えてくれ・・・・・・」
ほとんどこちらを見ずに、ただ俯いてぽつりぽつりと零す。ここで答えなければあまりに酷い。
「・・・・・・氷室。お前は相当頭が良い。学習能力も観察力も並外れている。その自覚はあるだろ?」
「あぁ。ずっと言われてきたからな。今さらそこで謙虚になんてなれねぇよ」
いくらか落ち着いたのか、叫んでかすれた声がゆったりとしたトーンになっている。
「僕が勝てたのはお前が頭が良くて学習能力があって観察力があったからだ。・・・・・・全部お前の力だよ」
事実だけを滔々と述べる。
「話が繋がんねぇよ!俺に力があるなら勝つのは俺だろ?なんで負けてんだよ」
立て続けに起こった奇怪なことが氷室の心を蝕み混乱させている。情緒不安定とはこのことだ。
・・・・・・彼を貶めるのはこの辺でやめておこうか。僅かな時間しか出せなかったのにやりすぎてしまった。
「悪い氷室、一から全部説明するよ。
まず、一回戦目。僕が負けた時。これはわざと負けた」
「俺を油断させるためか?それなら見当違いだ。こんなことじゃ油断なんてしないからな」
不機嫌が伺える口調で氷室が言う。
「まさか。その程度で油断するとは思ってないさ」
「じゃあなんで負けたんだ?」


「お前がどうやって今まで勝ってきたか知るためだよ」

「は?何言って・・・・・・」
氷室の間の抜けた言葉を遮り僕は続ける。
「お前は無敗だと言ってたから、百パーセント勝つ方法があると予想するのは当たり前だ。それを見破るために負けた」
氷室は目を白黒させている。何を言っているのかわからないという様子で。

「氷室、お前は目線を読み取って今まで勝ってきたんだ」

「・・・・・・・・・・・・」
「トランプで勝つ方法で一番最初に思いついたのが目線だ。僕が目線をババに移した時、お前はほんの少し口角が上がってからババをとった。そうだろ?」
「口角が上がったかどうかなんて知らねぇよ・・・・・・
だが、視線で判断したのは当たっている。
それでもお前が勝つにはまだまだ足りねぇだろうが!
二ゲーム目の初手でババを引いた時はどうやった?」

「お前の目線を見ただけだよ」

空白の時間。
氷室はまるで幽霊でも見たかのような顔をしている。
至極当然のことだ。今まで相手にしてきたことを自分が受けるのだから。なまじ自信があるがためにそのしっぺ返しは身を切られる痛みだろう。

「冗談はやめろよ佐藤。俺は自分で視線を読むことを始めてからは相手に同じことをされないように視線は気をつけてんだ。
だから俺の視線を頼りにカードを当てるのは不可能だ!」
どうやら氷室には相当の自信があるように見える。
そんなもの僕から見れば中途半端でしかない。
浅はかだ。思考も自信も自尊心も何もかも。
もういい。全部終わらせよう。

「自分で言ってて気づかないのか?
視線に気をつけているせいで不自然な動きが混じってるんだよ。
そこを読むのになんの苦労もない」
青天の霹靂。彼の心情は今まさにそれだろう。
氷室は生きてきた中で戦ってきた相手が良かった・・・・・・いや悪かったのか。
自身の技術を伸ばす程の敵に会えなかったから気づけなかった。こんなにも単純なことにさえも。
彼は強すぎて誰も意見する人がいなかったに違いない。
賛同する人が周りにいることは賞賛されるべきことであり羨望の目を向けられるものだ。
しかし、それは新たな進歩を生まない。生めない。
その場でただ足踏みをして土台を固めることにしか労力を費やしていない。
固めて固めて固めた土台はいつしか踏まれることすら無くなるだろう。前に進めないこと、停滞することは人間にとって苦にしかなりえないのだから。
額に汗を滲ませながら静かに驚愕する顔を見ながら説明を再開する。
「三ゲーム目、お前からのスタート。目線に気づいた僕はババ以外に目を向けハズレを引かせ・・・・・・」
「待て!それはおかしい!」
場に音が出て数秒、ストップの声が掛かる。どうしたというのだろうか。
「お前程早くはないが今までだって目線に気づくやつはいた。だから視線に気づいたやつの対策くらいならやっている!わざと視線をずらした奴のずらし方なら見分けられるんだ。単なる子供だましに引っかかるような馬鹿じゃねぇよ俺は!」

「単なる子供だましが普通に行われたとしてもか?」
「・・・・・・は?」
「わざと視線をずらすことが普通の事であってもか?とい聞いているんだ」
「・・・・・・意味がわかんねぇよ」
数分前の余裕は面影すら残っていない。
呆然とする姿だけが目の前にある。
「気づくことが出来るのはわざと視線をずらすやつだろ?僕は極々自然に、いつも通りに、何気なく、人が本能的にするように、お前が読み取る視線そのものをババ以外に向けたんだ」
「そんなこと出来るはずねぇじゃねぇか!」
「出来るんだよ。出来たからお前は騙された。それが事実でそれ以外はない」
「ふざっけんな!そんなら最初から勝ち目なんてねぇじゃねぇか!」
激昴してどこにぶつければ気が済むともしれない感情を喚き散らす。
    夕日が雲に身を潜め、辺りが暗くなると同時に相殺するように、相手の熱さとは対照的な低く冷たさを感じる声で心を折りにいく。



「あぁ、無いよ。勝つのは始まる前から決まっていた」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「四ゲーム目。僕スタートの時は二ゲーム目同様にカードを引いた。それでゲームは終了だ」
きっと今の説明は耳に入っていないだろう。
初めての敗北を喫したうえ完全敗北ときたもんだ。
さぞかし絶望的であろう。
さらに負けた原因が自分の傲慢さであり、優秀さであり、培ってきた経験のせいである。
短いとはいえ十六年間の年月を全否定されれば落胆しないやつはいない。
積み重ねたものが崩れ落ち、築いてきたものを打ち砕かれ、溜めてきたものを排出される。
努力が、練習が、勉強が、繰り返してきたいくつもの事が全部全部全部全部全部全部全部無に帰った。
   残酷。
しかし、世の中とはそんなものなのだ。
人はそれを困難と呼び、乗り越え成長していき、また困難にぶつかっては乗り越えていく。
欝になりそうな気持ちの悪いことを何度もしていくのだ。希望と言われる輝かしいものを持って。
希望、あるいは目標がある限り人は立ち上がる。
    彼は強い。僕とやり合ったことなんてすぐに忘れて強かな立ち上がりを見せるだろう。心配なんてする必要のないほどに。
   
「佐藤。俺の負けだ。完敗だ」
早速克服したようだ。やけに早すぎる気がするが、これも彼の強さだろうか。
「そうか。・・・・・・暗くなってきたし僕はもう帰るよ」
ゆっくりと立ち上がり、氷室に背中を向け屋上のドアへ歩き出す。

「おい、止まれ」
「なんだ?まだ何かあるか?」
訝しむような声をあげて背中を見せたばっかりの氷室に振り返る。


邪悪な笑みがそこにはあった。
どこぞの絵画から切り取ったような魔人の顔。
背を向けて数秒のうちに起こった変化には感じられない。
少なくともさっきまで落胆し、負けを認めた惨めで強い男の顔ではない。
人格が変わったーーーーわけではなさそうだ。そいつの顔を僕が知らないだけでずっとあったのだ。見えないように隠されたまま。
    二タニタとまるで自分が負けている状況を楽しみ尽くす不敵な笑みのまま空気に振動をのせる。





「佐藤。それが本当のお前の顔なんだな」



瞬間、世界が停止した。








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こんにちは!kuroです!
自分の手違いでログインすることが出来なくなって更新が遅れました、すみません!
   更新のペースが諸事情で遅れますが、これからも読んで頂けると幸いです。
毎回一生懸命、手を抜かずに書いていく所存です。
表現が拙いがために伝わらないことが多いのは本当に残念なことではありますが、皆さんの想像力に手伝って貰いながら、それぞれの世界を作って欲しいと思っています!
それでは次回からも楽しんでください!
よろしくお願いします!!!

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