普通な僕の非日常

Kuro

第7話 おい、どういうことだ。

   一筋の汗ーーーーどころでは済まない。そんな生半可はものでは無かった。
身体のありとあらゆる所から汗が噴き出る。
ここまで出るものか、とむしろ感心できる程だ。
しかし、今の僕にそんな余裕はない。
そのくらい彼女の放った言葉は僕に揺さぶりをかけてきた。
それはさながら鈍器で体中を滅多打ちにされるかのようだった。
心臓の鼓動が速い。数分前よりもずっとずっと速い。
だが、きっと顔は火照っていない。血の気が引いて青ざめているはずだ。そんなのは触れなくても見なくても感じられる。
身体と共鳴して頭の中は様々な思考が錯綜するわけでもなく、ひとつの事柄だけが何度も何度も繰り返し巡る。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうーーーーーーーーーーして・・・・・・・・・・・・

数秒にも満たない沈黙が永遠の時に感じられる。
場の空気が張り詰めて重苦しい。言葉一つで空気をすべて変えられた。
さらに、桜美さんの宇宙のように全てを飲み込むような黒い双眸は、真っ直ぐ僕に向けられていて、今にも僕という存在がこの世界から消滅しそうだった。
言葉と視線で今の僕は容易く潰されてしまいそうだ。
僕は彼女の目を見ているのに僕が彼女には映らない。
それはまるで深淵を覗いているかのようだ。
  
   沈黙はまずい。
だが、今から彼女の意見を突っぱねたところで意味はないだろう。
ここからこっちのペースに持ち込むのは不可能と言っていい。
なら、とるべき対応は一つだ。
「(この場を上手くはぐらかして終える!)」
桜美さんが言葉を発してからまだ数秒。
今なら間に合う。

「さ、桜美さん。あ、あんな表情って何かな?」
まだ動揺を隠しきれてない。これでは高橋先生の時の二の舞になってしまう。もっと、もっと上手く隠さなければ・・・・・・
「いつも、教室でいる時の表情です。今は少し感じられませんが、どうかされましたか?」
またあの妖艶な笑みだ。この時の桜美さんはいつもとかなり雰囲気が違う。一挙一動を隈無く把握され続けている感覚がある。
   だけど、観察されているのは動きだけだ。心の中までは見えやしない。・・・・・・それなら負けない。
   今の発言で分かったことがある。
やはり、僕の隠していることに桜美さんは気づいている。けど、全部じゃない。
あの人くらい把握しきれていないのなら、この場は乗り切れる。
「今は桜美さんと二人だから緊張してるんだよ、それに、桜美さんの視線が凄いから・・・・・・」
「あ、ごめんなさい!わたし、興味を惹かれてしまうとすぐこうなるんです!」
すごい勢いで頭を下げながら言ってきた。
それと同時に張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
おかげで、僕の調子も戻ってきた。このまま逃げ切ろう。
「いや、別にいいけどさ!ところで表情についてだけど、どんな感じなの?」
ここは敢えてストレートに聞く。主導権を取り返すために。

「えっと、なんと言うんでしょうか、どこか儚げといった感じです。一人だけ他の人とは違う方向を向いている、そんなふうに見えます」
桜美さんが言っていることは全て間違っていない。
だが、正解ではない。つまりこの勝負は僕の勝ちだ。
「あぁ、そういうことか!僕、物思いにふける癖があるんだ。だから、そう見えるのかもしれない。あ、これは他の人には内緒にしておいてほしい!少し恥ずかしいから・・・・・・」
そう言って手を合わせてお願いの形を作った。
その懇願に桜美さんは、
「ふふっ、分かりました。ナイショですね」
そう言って、白く細い綺麗な形の人差し指を紅い魔性の唇につけて方目をつぶる桜美さんはいつもの女神に完全に戻っていた。

*******************

「それにしても、桜美さんって良く見てるね」
「そんなことないですよ、たまたま佐藤さんを見かけただけです」
「僕、あんなこと言われたの二回しかないよ」
あははと頭を掻きながら話す。
「一度目はどなたに尋ねられたのですか?」
「一回目はつい最近、高橋先生に」
「高橋先生・・・・・・さすがですね」
高橋先生という単語に少し反応した気がしたが、気のせいだろうか。
今の僕にはそのような細かい判断が出来ない。
なぜなら、桜美さんとお喋りをしているからだ。
こんな機会は滅多にない。
さっきまではこんな雰囲気では無かったが、桜美さんが元に戻った今は幸せ空間が出来上がっている。
今まであったことが夢か幻のようだ。
「高橋先生も桜美さんと似たようなことを言ってきてさー」
「似たようなこと、ですか?」
「そう!なんでそんな顔してるんだ、って」
実際にあったことをありのままに話す。
別に桜美さんになら隠すことでもない。
「佐藤さんはその時なんと返答したんですか?」
「いや、その時は何も言わなかった。だから、さっき言ったことは桜美さんが初めてなんだよ」
「そうだったんですか・・・・・・少し照れますね」
そう言って小さく俯く桜美さんの顔は、輝く銀髪の下に隠れてあまり見えなかった。
でも、そういう仕草を見れたことはかなりレアだ。

「あ、佐藤さん!連絡先、教えてくれますか・・・・・・?」
「あ、うん、そうだね、急な集会とかあったら困るしね」
あたふたしながらケータイを起動する。
まさか連絡先を交換できるだなんて。
しかも、桜美さんから申し出てくれたのは想定外過ぎる。
本当にそろそろ僕は死ぬんじゃないのか。
誰かが名言で残していた。
『人間には幸福と同じだけの不幸が必要である』
これに従うと僕は篠宮さんの件も合わさって明日ぐらいに車に轢かれそうだ。気をつけよう。

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春の夕日のやわらかい光が差し込む廊下を肩を並べて歩く。
隣を歩く彼女は心なしかいつもより距離が近く感じて、光に反射して煌びやかに輝く銀髪に手を伸ばせば触れられそうだった。
だが、触れるわけにはいかない。
・・・・・・・・・・・・違うな、触れてはいけないのだ。
触れてしまえば壊れてしまいそうだから。
髪だけじゃない、繊細なガラス細工のような横顔は夕日に照らされいつもより数段、数倍以上もの美しさを誇っている。すべてが美しい。美しいとしか表現出来ない自分の語彙力を恨まざるをえない。
本当に。ずっと眺めていたいものだ。
しかし、そんな時間は長くは続かない。
お互い話さずに歩いていたせいで、明かりのついた二年Fクラスの教室にはすぐにたどり着いた。
と、入る数歩手間で気づく。
昨日と同じだったせいで少し遅れたが、なぜ明かりがついているのだろうか。
まさか、まさか、篠宮さんがいるのだろうか。こんな時間まで。既に時計の針は六時をまわっていて下校時刻ギリギリだ。
誰かが消し忘れたと考える方が妥当か。と自分に言い聞かせながらも淡い期待を抱き教室に足を踏み入れる。
   するとそこにはーーーーーーーー


男子が机に突っ伏せて寝ていた。


・・・・・・いや、まぁ予想出来なかったわけではないが、可能性は極めて低いと思っていた。
前も言ったが、このクラスの男子の僕以外は部活生なのだ。そのせいで級長に選ばれたわけでもあるし。
  そんな感じで、教室に残ってるのは篠宮さん以外考えられなかったし、いないのなら消し忘れだと勝手に思い込んでいたのだ。

それはいいとして、彼は何故ここにいるのだろうかーーーーと思ったところでハッとなる。
コイツは昨日も放課後に残っていた。
そう、僕が睨まれたやつだ。
今日の出席確認で全員の名前は覚えた。
確か名前は氷室雄輝ひむろゆうき
二年生にしてバスケ部の主戦力。つまりはレギュラーを勝ち取っている。レギュラー争いの激しい豊沢ではかなり凄いことだ。
それに、バスケ部は毎年ベスト四に入る強豪だ。
さらに氷室のプロフィールに付け加えると、高身長でかなりのイケメン。
先輩後輩構わず人気があり、校内のトップカーストに入る。彼女はいないみたいだがよく分からない。
おっと、言っておくが僕は別にリア充を恨んだりしないし、イケメンを蔑んだりもしないぞ?
僕もリア充だからとか顔には多少自信があるからなどではない。単に興味が無い。そんなものはどこかに忘れてきてしまった。

・・・・・・・・・・・・話を戻そう。
そんなすごい奴がどうして教室で寝ているのか。
誰かを待っているとは考えにくい。下校時刻に待ってても来るのは桜美さんと僕しかいないのだから・・・・・・とまで考えたところで糸と糸が繋がった。
   まずい、今すぐ教室を出ようと急いで荷物をまとめてカバンを背負い飛び出しーーーー

「佐藤、ちょっと待て」

少しドスの効いた声。相手の名前と用件だけを伝える短い言葉。それら全てが僕の身体を引っ張って離さなかった。それは教室からの脱出の失敗を意味する。
ほんのついさっきではあるが、僕はこのことを予想できた。
睨まれ、待つような態度を取られたとなれば、次は話しかけることくらい想像に難くない。
睨まれ、待たれ、話しかけられる理由はちっとも見当がつかないが。
桜美さんが不思議そうにこちらを見ているけれど、正直説明していられない。
    トップカーストの人に気にかけてもらうのなら多少なりとも嬉しく思える。しかし、睨まれたとなれば話は別だ。
   睨まれていい事があっただなんて聞いたことがない。
大抵は良くないことだと相場が決まってる。
   自分の席から立ち上がった氷室はずかずかと歩みを進め、教室の扉に寄ってきた。
そして僕の前で威圧的な態度を取る彼は上から見下し、こう言う。



「佐藤、お前に大事な話がある」



・・・・・・・・・・・・待て。大事な話があるのは僕の方だ。
なんだそれは。告白か?告白なのか!?
それならば言わなければならない。
非常に残念だが僕は男と恋人になるような趣味はない、と。
まさか、氷室がそっち方面だったとは。
これは校内か荒れるぜ!とか客観的になれたらいいのだが生憎そうはいかない。
噂の被害に遭うのはいつだって当事者だ。何一つ悪いことなんてないのに。全くもって理不尽極まりない。
   あまりに衝撃的な発言に、返事をするのを忘れていたことに気づく。
こういう時のための対策は一応考えている。
念の為とかそういうことだぞ?常日頃から男に告白されたらどうしようとか考えて息を荒くしたりしているわけじゃないからな?本当に。
「えっと、話の前にトイレに行ってもいいかな?」
そう提案する僕に氷室は少し狼狽しながら、
「あ、あぁ!構わん」
なんで狼狽えたの!?なんか逆に怖いんだけど。
・・・・・・まぁそんなことはどうだっていい。
これで作戦は大方終わりだ。残り一つの工程で作戦成功を飾ることが出来る。
そう、『逃げる』だけ。シンプル・イズ・ベスト。
   嘘をついたことにならないように帰りにトイレによっていくことにしよう。

すまないな氷室。今日の僕はあまりに弱すぎるからお前の相手はできない。
そう呟きながら校門を出た。


*******************

みなさんこんにちは!kuroです!
今回は一気に読んでいただきたく二話同時更新にしました!
いかがだったでしょうか?とは言ってもまたまだわかりませんよね(笑)
   さて、本題ですが、最近『いいね』やお気に入り登録してもらいとても嬉しく思っています!それが励みになってどんどん書いていこうと思えるんです!
ですが、やっぱり自分だけの力じゃどうにもならない事がありまして。「ここをこうした方がいい」や誤字脱字など、厳しい意見などもコメントしていただきますと助かります。
   ということで!次回からもよろしくお願いします!

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コメント

  • Co2 ココ

    お疲れ様です!次回も楽しみにしてます!

    1
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