PROMINENCE

第34話 再来


  病院の一階が騒がしくなってから暫く経つ。
入院中の真人は病室に居たのだが、騒ぎが起こってからも病室から出る事は無かった。

その理由は明白だ。
最悪な来客がこの病室に訪れた為。

そして今も彼はその人物と対面していたのだ。

「それで、僕に何の用なんだ?」

  静かな病室で最初に口を開いたのは真人であった。
騒ぎのせいで各自 己の病室に避難となったのだが、そのタイミングを見計らったかの様に来た人物。

その人物の声は良く知っていた。
彼は、この病院に入院する原因を作った人物なのだ。






  撃たれた?
真人は倒れた後にその事に気付いた。

「ぐっ…あぁっ!?」

傷口が熱く焼ける様に痛む。
手で確認すると血が溢れ止まらない。


烏丸は?
一瞬、意識が飛んだせいで状況が把握出来ない。

辺りを見渡すと彼は立ち尽くしていた。
無数のマネキン人形が足元に転がり砕け散っている。

何よりも彼の姿が大きく変化していたのだ。
黒い魔力に漆黒の翼。
爪も同様に染まり大きくガシャガシャと音を立てている。
金属と金属が擦れ合うかの様に硬い音が鳴り響く。


「から…すま…?」

「ガッ…アァァァァァァァァァァァァァァァァ!!! 」






「その後はビルを一瞬で半壊させて落ち着いたんだろ?
霊体となって見ていたぜぇ。キシシシ…」

「お前は何を企んでる?」

「オレ様は楽しけりゃ何でも良いんだよ」

「楽しみで人を殺すのか?
そんなの、人間としてもネクロマンサーとしても失格だ!!」

「魂を扱う者は魂を救済し、天へと昇らせるだっけか?
んなもんは、古い奴等の教えだよ。オレ様にネクロマンスを教えた大先生は『常に死と隣り合わせで居る事』を信条にしてたんだ」


ギリリと歯を噛み締めながら、真人は拳を握り締める。

「お前も感じたんだろ?  『死』を『生』を!!」

「やはり、お前はあの時わざと急所を外したんだな?」

「あー、気付いてたのか」

キシシシと笑いながら話を続ける。

「ネクロマンサーの本質は『死』であり『生』である。
肉体が死んでも、魂は生き続け彷徨う。
それを救済し力とするのがオレ等ネクロマンサーだろ?」


「違う! 魂を浄化し天へ導くのがネクロマンサーだッ!!」


「何が違う?」

「お前のソレは、永遠に魂を現世に留まらせる外法魔術だ!!」

真人は駆け出し、ネクロマンサーへと詰め寄ると下から殴り掛かる。

しかしそれは空を切るだけ。

一瞬にして彼の姿は消えてしまったのだ。


「『死霊使い』は魂を操り道具とするものだ」

「それが間違っている!!」


後に回ったネクロマンサーを振り向きながら殴るが、その姿もまた煙の様に消えてゆく。

「何が違う? 何も違わない」

「死者から力を借りる事は有ろうと、その魂を縛るのは禁じられている!!」

「キシシシ…。それは大人が子供に『ある特定の者』を召喚されたくないから、そう教えているだけだ」

「何?!」

「生まれ変わりの為に魂を天へ還す?
違う違う、ネクロマンサーは戦争をする際に強大な力を持つから『そうしない様に上が管理している』だけにしか過ぎないんだよ」

カタカタと気味の悪い音が廊下から近付いて来る。
まるで硬い何かが歩いている様な音。

それは以前にも聴いた足音にも似ている。

「見せてやるよ。『外法魔術』の1つ…『回忌転生』!!」




──ドガァァァァァァ!!


ネクロマンサーが叫ぶと、目の前のドアが弾け飛ぶ。
そしてその向こうから1体のマネキンが、カタカタと音を立てながら歩いて来る。


─しかし、そのマネキンの上半身はまるで溶けた様に崩れて果てていた。


「な、何だ?! なんでオレ様のコレクションがボロボロに!?」

嘆きながら頭を抱える。

そこへ ユラリと一筋の線を描き、紅い球体がネクロマンサーの目の前に近付く。

「は?」


ボンッ!!!


「ぎゃあァァァァァァァァァ!?!??!?!」


紅い球体は目の前で弾け、大きな火の塊と化す。
その火は狙っていたかの様にネクロマンサーを包むと、轟々とうねりながら燃え広がる。

「真人さん!!」

「歩夢くん!! …君がこれを?!」

開かれた出入口からヒョコリと顔を出す歩夢。

真人はネクロマンサーを警戒しながらも出入口まで移動すると、素早く廊下に出て壁に張り付く。

「こっちに向かう最中に襲って来たんですよ」

中を覗きながら答える。
歩夢の服は少し破けており、襲われた際の痕跡がいくつか見られた。

「相性が良かったのが幸いです。人形相手なら炎は効果抜群ですから」

「いつの間にそんな魔法を…」

「アマテラスさんに幾つか教えて貰ったんです。
でも、俺は魔力の制御がまだ完全じゃないので調整が難しいんですよね…」


そのせいで、魔力を放出し過ぎてしまって直ぐにバテてしまうんだけど。

現状、なりふり構ってはいられない。


「下で美鈴さんが誰かと戦っています。直ぐに戻らないと…っ?!」

言葉を遮るかの様に、マネキンだった物が足を高く振り上げて歩夢を襲う。


「くっ、『魂よ 導かれ 天へ還れ』!!」

詠唱。
真人が詠唱を唱えると、マネキンはカタカタと小刻みに震え。
暫くしてから動かなくなってしまう。


  二人はそれを確認すると部屋へと警戒心を戻す。
先程まで悲鳴を上げながら転がっていた男は、上半身の服を破り捨て立ち上がっていた。どうやら軽傷で済んだらしい。

肩で息をしながらも、部屋を覗く二人を鋭い眼光で睨み付けていた。

「はぁ…はぁ…。ゴブッ…魂が…削れてやがる…?!」

血反吐を吐き散らす。
しかし、その血は赤ではなく透明で水の様であった。

「アイツ、火傷した傷口から血じゃないのが出てる?!」

「透明な液体…? 血のようにドロリとしている様に見えるけど…やばい、来るぞ!!」


二人は出入り口から左右に別れて跳ぶ。

そこへ紫色の魔力が襲い掛かる。



「『火炎・陽射し』!!」


一筋の光が廊下を真っ直ぐと走り、紫色の魔力を一瞬にして消し去ってしまう。

「…がはっ!?」

入口まで迫っていたネクロマンサーは、その光に照らされると途端に苦しみが増したかの様に倒れ込む。


「何だ今の!?」

「歩夢くん!無事かい?!」

廊下の隅へ体制を低くして身を隠した歩夢に、真人は歩み寄る。

「今のは…?」

「分からない…。でも、ネクロマンサーの攻撃から僕等を助けてくれたみたいだ」

そう言いながら部屋を覗き込む真人。
ネクロマンサーは未だに悶え苦しんでいた。

「がっ…あぁ…」

「今なら浄化出来そうだな…」

「な…に…貴様が…オレ様を……浄化?
くっ、あははははははははははははははは!!」

苦しみながらも笑い出し、真人を睨む。
その眼光には強い殺意が満ちていた。

しかし、真人はそれを気に求めず手を翳しネクロマンサーを睨み返す。


ネクロマンサーは舌打ちをしながら最後を悟ったのか、真人のそれに対抗する身振りを成さない。

「言い事を教えて…やるよ。
國信田隼人…奴は…いや、奴の身内に気を付けるこったぁ…」

「どういう事だ?」

「『神代計画かみしろけいかく』オレ様はその計画に必要不可欠な駒だった…」

「神代?なんだソレ?」

歩夢の疑問にネクロマンサーはニヤリと笑みを浮かべ答える。

「貴様見たいな奴を…世界では『神代』と呼ぶ。
アポカリプスの扉を開き、『ヨハネの黙示録』に触れた者は神に憑依される…伝承ではそうあるが…」

「それは違う!神が憑依なんて…そんな事…」

「力を受継ぐ?継承?
はっ、それは前座に過ぎないね…真の神代になるには『ヨハネの黙示録』を…体内に宿すんだ…。
そうする事により、封印されてる神の力を無理矢理引き出す事が出来る…それは正に『神に憑依された』様にな?」

「何故、それを僕達に教える? それに、実際に試さなければそんな事解らないじゃないか」

「貴様等に教えるのはゲームとして…楽しいからだ。
そして最後の答えだが」

液体を吐きだしながらも、楽しそうにネクロマンサーは語る。

その様子を歩夢と真人はただ見ていた。

そしてその先の答えへと耳を傾ける。


「國信田の部下には『経験者』が存在している。
ソイツは有り得ねぇ程の力を持ち、國信田にこの情報を提供した張本人…名前は『吠舞羅 彩斗ほむら さいと』…ガハッ!!」

言い終えるや否や、ネクロマンサーは液体を撒き散らし地面に顔を埋める。

「死んだ…?」

「いや、魂だけの存在だったんだ。これは仮の器だったんだろう…証拠に」

  動かなくなった肉体を、真人は掴み軽く持ち上げる。

火傷の跡は微かにあるものの血はやはり透明。

「多分、君が以前に戦ったノイズキャンセラーも…話を聞くに同じトリックだったのかもしれない」

「…っ!!  だから、俺の攻撃を受けた跡が無かったんですね!!
肉体自体を移し替えて居たなら、それも通用する」

火に囲まれたとしても、魂だけなら関係は無い。
そのまま器は焼かれ、あたかも歩夢が一般人を殺したと錯覚させる事が出来る。



精神を揺さぶりつつ魔力を練らせなかった。
相手は相当手練ていたんだな。

やはりそこは経験を積むしか無い。
如何なる時も精神を保つのが魔術師の基本だ。


「…歩夢くん、先に美鈴さんの所に戻っていてくれ」

「え? 真人さんは…?」

「さっきの攻撃をした奴を確認してくる。まだ敵か味方か判らない状況だしね」

「分かりました…気を付けて!」


歩夢は1度頷くと、1枚の紙を手渡し去ってゆく。

それを見送った真人は冷たい視線を部屋に向ける。


「…喰い殺せ『怨霊万喰ソウルイーター』」


極寒。
部屋の中の温度が一瞬にして低下し、微かに冷気のモヤが発生する。

まるで黄泉の世界の様に冷たく。
何やら不穏な空気が漂い。時にそれは生温い風とも成る。

寒いハズなのに生温い。

それは霊が出現している証拠。

そしてその霊は…静かに、しかし確かな殺意を放ちながら真人の後ろへと憑いてる。


「奴は逃げたのか?  しかし、魂は消滅し掛けていた…まだ遠くには行っていないか」

ネクロマンサーだった器の頭を掴み、息がない事を確認する。

微かに魂が逃げた痕跡がある。

  しかし、流石に相手も長年ネクロマンサーとして現界していた訳じゃないらしい。
しっかりと痕跡を、常に周りに彷徨っている魂と同じ波長にする事で追跡を逃れている。


無駄に浄化し尽くせばこちらが持たない。

そう判断した真人は、今度は廊下へと赴き。
先程の光が放たれたであろう場所へと向かう。

「…君は」

「どうもです…真人さん」

消化器等の設備されている通りにある柱。
そこに見知った顔を見掛けた真人は、鳩が豆鉄砲を喰らったかの様に瞳を大きく開いた。

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