月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜
第69話 呪物(おくそく)
ティファナの話が終わる頃には、お茶が冷め始め、セリやアンナマリーが代わりを用意していた。
「これで昔話はお終いです。」
「ティファナ様も、随分と昔の事を覚えてらっしゃいますね。」
皮肉を言いたいのだろうが、恥ずかしいのかナスカは顔を赤らめていた。
「あら、私にとっては貴方との良き思い出ですよ。」
いつも通り、ニコニコとティファナは笑顔を携える。
「それで?」
ロキはティファナに続きを聞こうとする。
「それで、とは?」
「ナスカが、オレと同じ…」
「ダークストーカー…いえ、ロイヤルズでしたか。ええ、存じてますよ。」
当然とばかりに認めるティファナに、ロキもカサンドラも驚いていた。
「……そうは言いましても、その事を知ったのは、だいぶ後になってからですけれど。」
ロキは視線だけをナスカに向けるが、そこに先程の様な圧は無く、いつの間にかロキのナスカに対する怒りは消えていた。
圧の無いロキの視線に、やや遅れて気付いたナスカは、少しため息を吐くとティーカップを置き、ロキに向き直る。
「特別何かがあったというわけではないのよ。その後、何度かティファナ様と過ごした事はあるけど、ジル様の公務が忙しくなったので、半年ほどで側使いはお役御免となったの。」
両手を広げながら、あっさりとナスカが応える。
「その通りです。だから、こうしてちゃんとお話をするのも10年振りですね。」
「もう、そんなに経つのですね…」
当初の重苦しい空気はどこに行ったのか、
部屋の中はいつの間にかまったりとした雰囲気となっていた。
「なあ、リー」
「何?」
「ナスカって、姫様に弱いのか?」
「と、言うよりも、ティファが…あの子が強いと言う方が正しいかしら。」
「お姉様?」
小声で話しているところに、ティファナが
横槍を入れると、カサンドラが軽く咳払いをした。
「話を戻しましょうか。」
そう、本題の黒死紋については、何一つ話が進んでいないことに、その場の全員が改めて認識した。
「話が逸れてしまったから、一度何を確認しないといけないのかを考えましょう。」
今度はカサンドラが議題を進める運びとなった。
今回の件に限った所では、次の事が挙げられる。
1、黒死紋について
2、ラムズ死因の謎
3、今後の行動
「ナスカ…黒死紋て、いったい何なんだ?」
「黒死紋は呪物、それも高位の魔法アイテムと遜色の無いほどの物よ。」
「呪物?」
ナスカは手に持ったティーカップを、そっと置き話を続ける。
「呪物というのは、物や人に対して、負の影響……例えば、怪我や病気、事故への遭遇の確率を飛躍的に高める為の呪いのアイテムを総称してそう呼ばれているの。
魔法使いや精霊使い、又はそれらを学問として取り入れている学者達の間では、よく知られていることよ。」
「では、この黒死紋を作ったのは、そういう者たち、と?」
ティファナがナスカに問う。
「まあ、可能性は高いと思うわ……ただ」
「ただ?」
「ただ…人の心、人格や思想に影響させること以外に、並外れた膂力を与えたり、感覚を飛躍的に高めたり、そんな呪物なんて聞いた事がない。」
「まるで悪意そのものね…」
カサンドラはテーブル中央の黒い布を見ながら呟いた。
それを聞いていたロキは、これまでの黒死紋が関わった出来事を思い出していた。
シュトルゲンの黒尽くめの男、国王暗殺を企てたバラム侯爵、廃館でのライザ、そして死亡したラムズ。
どれもこれも一貫性は無い…ただ、黒死紋ということだけが共通点にある。
皆が行き詰まりに悩んでいる中、セリとアンナマリーはお茶の換えを配っていく。
「すまないマリー。」
「どういたしまして。」
ロキはマリーに礼を言う。
「あら、先程とは違う香りね。」
「はい、カサンドラ様をはじめ皆様お疲れかと思いましたので、目が覚めるハーブティーをお入れいたしました。」
「目が醒める……、ひょっとして!?」
ロキがガタッと立ち上がると、黒死紋を手に取る。
「ロキ!?」
「ロキさん、何か閃いたのですか?」
黒い布を凝視するロキ。
「ナスカ、こいつの素材はひょっとして…」
「材料?調べた限りでは、殆どが原料不明の黒い粉だったわ。」
黒い粉…
ロキの脳裏に嫌なイメージが浮かぶ。
「血…じゃないのか?」
「………何故そう思うの?」
ロキの指摘に、怪訝な表情をしながらナスカが問う。
「カサンドラの言う通り、これが身に付けた者へ強制的に悪意を憑依させるモノと仮定すると、それは呪いのアイテムのひとつだ。
そして、呪いの発現をより確実にするのならば、憎悪の類が1番強い媒体となる。
となると……」
そこでロキは言い淀む。
「ロキ?」
「ロキさん?」
「それは……」
「……怨嗟の楔ね。」
ナスカが、ロキの先の言葉を告げると、ロキはピタリと動きを止める。
「カースブラッドとは、なんです?」
ティファナがナスカに問う。
「呪物に使用する素材として、最も効果が高く、そして最も罪深い代物…、それは、怨嗟の感情、怨みを残して死に至った者の血よ。」
「それって……」
「意図的に怨嗟や苦痛を与える…つまりは一方的な殺戮行為による犠牲者の…」
静まり返る一同。
アンナマリーが口を押さえながら、後ろで嗚咽を漏らし、それをセリが介抱している。
彼女だけでなく、カサンドラとティファナも顔の血の気が引くように、蒼白な表情を示していた。
「だか、それだけではあんなモノにはならない。」
ロキが続けるとナスカもそれに同意するかのように首を振る。
「ええ……、ただ、殺された者の血だけでは、あんな効果は発現しない。それこそ、一つの村人全員分の血を凝縮でもしない限りは、ね。」
黒死紋とそれに関連する事件について、今だに憶測の域を出ることはなく、解決の糸口すら見えないことに、ロキを含め大小に関わらずその場の全員が苛立ちを感じ始めていた。
「これで昔話はお終いです。」
「ティファナ様も、随分と昔の事を覚えてらっしゃいますね。」
皮肉を言いたいのだろうが、恥ずかしいのかナスカは顔を赤らめていた。
「あら、私にとっては貴方との良き思い出ですよ。」
いつも通り、ニコニコとティファナは笑顔を携える。
「それで?」
ロキはティファナに続きを聞こうとする。
「それで、とは?」
「ナスカが、オレと同じ…」
「ダークストーカー…いえ、ロイヤルズでしたか。ええ、存じてますよ。」
当然とばかりに認めるティファナに、ロキもカサンドラも驚いていた。
「……そうは言いましても、その事を知ったのは、だいぶ後になってからですけれど。」
ロキは視線だけをナスカに向けるが、そこに先程の様な圧は無く、いつの間にかロキのナスカに対する怒りは消えていた。
圧の無いロキの視線に、やや遅れて気付いたナスカは、少しため息を吐くとティーカップを置き、ロキに向き直る。
「特別何かがあったというわけではないのよ。その後、何度かティファナ様と過ごした事はあるけど、ジル様の公務が忙しくなったので、半年ほどで側使いはお役御免となったの。」
両手を広げながら、あっさりとナスカが応える。
「その通りです。だから、こうしてちゃんとお話をするのも10年振りですね。」
「もう、そんなに経つのですね…」
当初の重苦しい空気はどこに行ったのか、
部屋の中はいつの間にかまったりとした雰囲気となっていた。
「なあ、リー」
「何?」
「ナスカって、姫様に弱いのか?」
「と、言うよりも、ティファが…あの子が強いと言う方が正しいかしら。」
「お姉様?」
小声で話しているところに、ティファナが
横槍を入れると、カサンドラが軽く咳払いをした。
「話を戻しましょうか。」
そう、本題の黒死紋については、何一つ話が進んでいないことに、その場の全員が改めて認識した。
「話が逸れてしまったから、一度何を確認しないといけないのかを考えましょう。」
今度はカサンドラが議題を進める運びとなった。
今回の件に限った所では、次の事が挙げられる。
1、黒死紋について
2、ラムズ死因の謎
3、今後の行動
「ナスカ…黒死紋て、いったい何なんだ?」
「黒死紋は呪物、それも高位の魔法アイテムと遜色の無いほどの物よ。」
「呪物?」
ナスカは手に持ったティーカップを、そっと置き話を続ける。
「呪物というのは、物や人に対して、負の影響……例えば、怪我や病気、事故への遭遇の確率を飛躍的に高める為の呪いのアイテムを総称してそう呼ばれているの。
魔法使いや精霊使い、又はそれらを学問として取り入れている学者達の間では、よく知られていることよ。」
「では、この黒死紋を作ったのは、そういう者たち、と?」
ティファナがナスカに問う。
「まあ、可能性は高いと思うわ……ただ」
「ただ?」
「ただ…人の心、人格や思想に影響させること以外に、並外れた膂力を与えたり、感覚を飛躍的に高めたり、そんな呪物なんて聞いた事がない。」
「まるで悪意そのものね…」
カサンドラはテーブル中央の黒い布を見ながら呟いた。
それを聞いていたロキは、これまでの黒死紋が関わった出来事を思い出していた。
シュトルゲンの黒尽くめの男、国王暗殺を企てたバラム侯爵、廃館でのライザ、そして死亡したラムズ。
どれもこれも一貫性は無い…ただ、黒死紋ということだけが共通点にある。
皆が行き詰まりに悩んでいる中、セリとアンナマリーはお茶の換えを配っていく。
「すまないマリー。」
「どういたしまして。」
ロキはマリーに礼を言う。
「あら、先程とは違う香りね。」
「はい、カサンドラ様をはじめ皆様お疲れかと思いましたので、目が覚めるハーブティーをお入れいたしました。」
「目が醒める……、ひょっとして!?」
ロキがガタッと立ち上がると、黒死紋を手に取る。
「ロキ!?」
「ロキさん、何か閃いたのですか?」
黒い布を凝視するロキ。
「ナスカ、こいつの素材はひょっとして…」
「材料?調べた限りでは、殆どが原料不明の黒い粉だったわ。」
黒い粉…
ロキの脳裏に嫌なイメージが浮かぶ。
「血…じゃないのか?」
「………何故そう思うの?」
ロキの指摘に、怪訝な表情をしながらナスカが問う。
「カサンドラの言う通り、これが身に付けた者へ強制的に悪意を憑依させるモノと仮定すると、それは呪いのアイテムのひとつだ。
そして、呪いの発現をより確実にするのならば、憎悪の類が1番強い媒体となる。
となると……」
そこでロキは言い淀む。
「ロキ?」
「ロキさん?」
「それは……」
「……怨嗟の楔ね。」
ナスカが、ロキの先の言葉を告げると、ロキはピタリと動きを止める。
「カースブラッドとは、なんです?」
ティファナがナスカに問う。
「呪物に使用する素材として、最も効果が高く、そして最も罪深い代物…、それは、怨嗟の感情、怨みを残して死に至った者の血よ。」
「それって……」
「意図的に怨嗟や苦痛を与える…つまりは一方的な殺戮行為による犠牲者の…」
静まり返る一同。
アンナマリーが口を押さえながら、後ろで嗚咽を漏らし、それをセリが介抱している。
彼女だけでなく、カサンドラとティファナも顔の血の気が引くように、蒼白な表情を示していた。
「だか、それだけではあんなモノにはならない。」
ロキが続けるとナスカもそれに同意するかのように首を振る。
「ええ……、ただ、殺された者の血だけでは、あんな効果は発現しない。それこそ、一つの村人全員分の血を凝縮でもしない限りは、ね。」
黒死紋とそれに関連する事件について、今だに憶測の域を出ることはなく、解決の糸口すら見えないことに、ロキを含め大小に関わらずその場の全員が苛立ちを感じ始めていた。
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