月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第65話 怒りの矛先

ナスカがテーブルの上に置いたもの。

ロキはそれをよく知っていた。

シュトルゲンで…、王城の大広間で…、
そして廃館で…

時には、恐怖と混乱を強制し、時には強烈な不安に陥れ、そして時には肉体の枷を外し、人外な膂力を与える悪意そのもの。

「黒死紋!」

ロキは、ドンッ!と両の手でテーブルを叩き、前のめりになる。

「これが…黒死紋!?」

カサンドラやティファナ達は、初めて見る黒死紋に、畏怖感と同時に好奇心を含む眼差しを向けていた。

しかし、ロキだけは嫌悪感と怒りに内心を揺らされ、ナスカに分かりやすい程の敵意を向けた。

「……落ち着きなさい坊や。これには、もうその••の力は無いわ。」

高圧な敵意を向けるロキに対し、ナスカは身構えながらロキをなだめる。

「ナスカ!これを何処で手に入れた!?」

 ロキはどうにも怒りが収まらず、テーブル越しに、ナスカの胸倉を掴もうと手を伸ばす、が、ナスカも、ロキの尋常では無い雰囲気に後退り間合いを取ると、ロキの手は空を切る。

「話を聞きなさい坊や!!」

「黙れ!お前が、元凶なんだろ!!」

「チッ!これだから子供は!!」

ロキは更に間合いを詰め、手刀を浴びせようとするも、ナスカもこれを受け流す。

「やめなさいッッ!!!」

部屋中に凛と、カサンドラの高く通る声が響き、ロキとナスカの動きが止まる。

「リー…」

パンッッ!!!

更に、快音が響く。

ロキは自身の頬に痛みを感じ、一瞬間の抜けた表情をした。

「いい加減にしなさい!!」

「だが、リー!コイツは!?」

なおナスカに向かおうとするロキに、カサンドラは、もう一度ロキの頬を打った。

「やめなさい!!」

2度頬を打たれ、ロキはようやくカサンドラへ目を向けた。

すると、彼女の深い藍色の瞳は潤み、涙が滲んでいた。

「……ッ!」

それを見た瞬間、ロキを包んでいた怒りが、スルリと抜けていくのがロキ自身でわかった。

「ロキ……、貴方の怒りは分かるわ。

でも、今ここで争っても何も解決しないことは、ここに居る誰よりも貴方がわかっているでしょう?

それに、そんな貴方は……、もう見たくないわ。」

彼女の言葉を聞き終わる頃には、もう怒りの感情はロキから消えていた。

一瞬の騒乱が過ぎ、ロキが落ち着いたのを見ると、一同は着席し、ナスカも警戒を解き椅子に座り直す。

「ごめんなさいね、ティファ。ロキには、あとでしっかりと言い聞かせるから……、どうかした?」

見ると、テーブルからやや離れた所で座り直すティファナと、フルフルと小刻みに震えているセリが一生懸命に、彼女の前に立っていた。

「い、いえ……、ロキさんの凄みが……、想像以上だったもので……つい。」

「そう…?…ところで、アンナマリー。そろそろ手を離してくれないかしら?」

「ひゃい!!」

アンナマリーもロキの凄みに当てられ、いつの間にか、カサンドラの手を握っていた。

場が落ち着きを取り戻すと、再び各々は席に着く。

「まったく……、話を進めるわよ。」

ナスカはため息を吐くと、仕切り直すかの様に話を進めた。

「これは確かに黒死紋だった…、でも今は何の効力も無いただの黒い布よ。

坊や……、あなたとラムズとの因縁は知らないけれど、私はこれがラムズの遺体を調べた際に出て来たので、回収したに過ぎないわ。」

「では、ラムズ氏殺害に関与は無いと?」

「ええ、無いわ。もちろんジル様も…、宰相閣下も一切無関係よ。」

ティファナは、改めてロキの方へ視線向ける。

「……それを信じろと?」

 先程よりかは落ち着いてはいても、納得のいかないロキは不満げに言い放つ。

ティファナは溜息を着くと、ナスカに視線を送り、それにナスカも無言で頷いた。

「ロキさん。少し、昔話をしても宜しいでしょうか?」

「昔話?別に今しなくても…」
「私が5つの時でした。その頃、私は身体が病弱な事もあり、あまり外に出してはもらえませんでした。」

「………」

 ロキに拒否権は無いようで、ティファナはスルスルと思い出話を始めた。

彼女の話が始まると、いつの間にかセリとアンナマリーの2人は、後方へ下がり給仕を始めていた。

 甘く、優しいハーブ茶の香りが部屋に満ちると、その場のピリついた雰囲気が、柔らかくする。

 ティファナの昔話と、ナスカを信じることの因果関係がどうあるのか、その場の皆んなが怪訝そうに話を聞いていた。


アルヘイム王家の息女にして、王国の第一王女、ティファナ•アルヘイム。

見目麗しく、幼少の頃より才女としてその名は遠方にまで響いている。

人望厚く、多くの国民に慕われておりティルスと同等以上に国政への期待をされているが、その生い立ちは必ずしも順風満帆と言うわけではなかった……

それはティファナがまだ幼い頃の話である。

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