月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第60話 死路からの帰還

アルヘイムへ続く道を時にふらつきながらも、ゆっくりとロキは進んでいた。

人外の力が出ないことを不可思議に感じながらも、怪我や体力の消耗が一因だとロキは、その事を頭から片付けた。

気を失い、血の気が薄いライザを背負い、
その命の燈が今にも消えいりそうなことをロキは背中で感じていた。

廃館を出発したのは夜明け前、すでに太陽は頭上にまで来ていた。

視界の狭い森を抜けると、次は果てしない平原が出現する。

それがロキの心を幾度となく折ろうとしたが、その度に背中のライザの事を意識し、意識を強く持った。 

平原を進むうち、太陽は徐々に西の空へ落ちて行く。

「こんな状況でなけりゃ……きっと良い景色…なんだろうな。」

彼女を抱えている腕は震え、歩みを進める足は軋み、脇の怪我は痛みが酷くなっていた。

 既に体力は限界を超え、気力のみで歩いている状態の中、背中のライザに話しかけるように独り言を口にする。

次の瞬間、視界が歪み、ロキはその場に膝をついてしまう。

「……くそ…、もう……」

ロキはライザを庇うよに、前のめりに倒れ込む。

全身の力が入らず、意識が急激に失われていく。
その間、ロキの脳裏に浮かぶのは、廃館でのこと、ライザの命、そして、最後に赤い髪の少女のことだった。

薄れいく意識の中、赤い髪の少女がこちらに叫んでいる。

「……き、聞こえない……な、にを…言っているんだ…リー……」

そして意識の糸が切れ、暗闇が世界を覆った。



ロキは夢を見た。

まだ幼い頃、女性の胸元に抱かれいる自分。

女性の顔は霧が掛かったように、ハッキリと見えない。

しかし、その顔は優しく、全てを受け入れてくれる包容に安心した。

女性が耳元で何かを囁く。

ロキはその囁きが懐かしく、ずっと聴いていたい気持ちに駆られる。

そして、女性が囁くのを辞めると、ロキはもっと聴きたいとせがむ。

女性は少し悲しそうな顔をすると、ロキに向かって聞こえないほどの声で綴った。

『……生きて……』

次に感じたのは鉛のように重い体。

動く気配すらない。

しかし、右手だけが微かに暖かく感じる。

薄らと意識が戻り、天井を見上げていた。

それは廃館のものではなく、どことなく見た覚えのある天井だった。

柔らかいベッド、風にそよぐ白いカーテン、そして右手に感じる暖かさ。

僅かに右手の指を動かすと、手の暖かさが増し、遠くの方で自分のことを呼ぶ声がする。

「……キ、ロキ!?」

(聞き覚えのある声…いや、何度も聞いた声だ。)

ゆっくりと周りとの焦点が合う。

そして、視線を右手の方に向けると、赤い髪の少女、ではなく、自分と同じ歳くらいの女性が眼元を潤ませながら、見つめていた。

「……すまない……リー……」

口に出来る僅かな言葉、それは何に対して謝罪なのか、ロキ自身もわからない。

ただ、久しぶりに感じる彼女の顔を見て、
ロキはそう言いたかったのだ。

「今は…眠って……起きたら……また…」

彼女が言い終わる前に、ロキの意識は再び深い眠りに落ちていった。


ロキはまた夢を見た。

前回とは違い、暗い部屋の中、遠くで誰かがすすり泣く声が聞こえてくる。

「アシュレイ…」

ロキは闇に向かって優しく語りかける。

すすり泣く声はまだ聞こえる。

ロキはゆっくりと声のする方へ歩き出す。

やがて、部屋の隅に蹲る少女の姿。

少女の顔は涙でクシャクシャになり、話かけても泣き止む様子が無い。

ロキは少女の前に膝間付くと、手を伸ばそうとした。

すると、少女は泣くのやめ、藍色の瞳をこちらに向け一言。

「嘘つき!!」

その瞬間ロキは目を覚ます。

目を覚ました瞬間、夢の事は覚えておらず、ただ胸を締め付けられ気持ちだけが、ロキの心に残響していた。

 「は……」

視線を下に向けると、赤い髪がシーツの上に広がっていることに気づく。

 何とか上体を起こすと、カサンドラが自分の横で小さく寝息を立てている。

ロキはボンヤリする意識のまま、カサンドラの寝顔をしばらく見つめていた。

窓から入る風から、僅かにクチナシの香りが漂う。

もう、夏が近いことを告げていた。

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