月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第58話 黒い悪意、再び

「しまっ…!!」

ライザの放つ一撃がロキを襲う。

ドンっ!と、重い衝撃音が部屋に響き、
ロキとライザは密着した状態で静止する。

「ぐっ!!」

苦悶の声と共にロキは後ろに後ずさり、
彼の脇からは赤い血が滲む。

「そんな…タイミングは合わせたはず…」

次第に痛みが増していくロキは、よろめきながらライザの方を見る。

 ライザの右側の脇腹はアザが出ており、ロキの放った一撃が確かに当たった証である。

「普通なら立っていられないはず…!?」

ライザはゆっくりと針のような刃物を見つめ、刃に付いたロキの血を愛おしそうに見つめている。

「ああ…赤い……、生きている証…私の…」

最早、ライザ本人の理性は薄く、負の感情や本能に近いもので保っているようだった。

痛みに慣れだしたロキはゆっくりと態勢を整える。

(ダメだ。やはり黒死紋をライザから取り除かないと…)

血の滲む脇の痛みに耐え、ロキは静かに息を整える。

そして、もう人を傷付けないために己の力を使わない誓いを破る。

次の瞬間、ロキは身体中の血が熱くなるの感じる。

力がみなぎり、薄暗い部屋も昼間のように視界がハッキリと写る。

そして、空気の流れ、敷いては目の前にいるライザの心臓の音すら聞こえて来る。

ザワザワと逆立つロキの髪の毛が茶色から白へ変わっていき、瞳も蒼から赤へ…

それを見たライザも本能的に臨戦態勢をとる。

「化け物…」

ライザの一言に、ロキは何ら咎めるこなく、赤い瞳は狙いを定める。

「多少の傷は我慢してくれ…、加減は出来ないんだ。」

「白い悪魔……、ふふ、あいつの言っていたとおりだ。」

「あいつ?」

「うるさい!!」

先程よりも早く突きを繰り出すライザ。

しかし、視覚や聴覚といった五感が全て向上しているロキにとって、その攻撃もゆっくりに見える。

ライザの一撃を避けるロキ。

ライザはロキの動きの変化に目を見張り、連続で攻撃を繰り出していく。

左に右に刺突を繰り出し、懐へ踏み込み突き上げる。

しかし、どの攻撃もロキは流れるように避けていき、攻撃が当たらないライザは次第に苛立ちを覚えいく。

「この!ちょこまかと!」

苛立ちは動きに乱れを起こさせ、雑さが浮き彫りとなる。

脇の痛みは既に薄れている。

正確にライザを捕らえる為ロキは彼女の動きに注意している。

ライザは時折、横なぎや蹴りなどの剣以外のフェイントを混ぜて攻撃してくるが、攻撃のことごとくをロキは避けていく。

そして、ライザは刺突の一撃の為、再び低い姿勢をとる。

その一瞬をロキは見逃さなかった。

ライザが一撃を繰り出す瞬間、刹那の動きで彼女の背後に回る。

一瞬、目の前からロキが消えたかのように見えたライザは、直ぐに後ろを振り向こうとしたが、ロキの驚くほどの力で拘束される。

「な!?」

「すまない…ライザ!」

ブツリ、と何かが切れる音がするとライザは目の前が暗くなり、そのままロキの方に崩れ落ちる。

ロキはぐったりとするライザの体を支えながら、そのまま壁にもたれかかる。

既にロキの姿は元の戻っており、脇の痛みが振り返すように痛み出す。

以前のシュトルゲンの時とは違い、今回は明らかな人の意思を感じる。

ロキはライザの血に塗れた顔を袖口で拭ってやり、そのまま意識が遠くなっていった。

締め切られた窓の隙間から日の光が差し込む。

その光にライザは目を覚ます。

「ここは…?私…いったい……?」

ライザはボヤける意識の中、自分が誰かにもたれかかっていることに気付く。

「ロキ…?」

目の前のロキはぐったりとしているようで、目を覚ます気配は無かった。

「やだ私!?」

ライザは上体を起こそうとした際に、自分が何も身に付けていないことに気付き、胸元を両手で覆った。

「う……、ら、ライザ?」

ライザの声に目を覚ましたロキは、ライザが裸だということを思い出し、壁の方を向うと体を動かそうとした。

「あぐっ!?」

脇の激痛が、薄い意識を覚醒させる。

「あなた…怪我を?」

「ライザ……覚えていることは?」

「……昨日…私は……、まさかそんな!?」

ライザは昨日のロキとのことを断片的ながら思い出し震えるライザ。

ロキはゆっくりと自分の上着を脱ぐと、それをライザに被せた。

「ロキ、私あなたに取り返しのつかない事を…」

「それよりもライザ。何故、黒死紋を身に付けていたんだ?」

「こ、黒死紋?」

ロキは側にある黒い布をライザに手渡す。

ライザはその黒い布が何なのかまだわかっていないようで、ひどく困惑していた。

「う…」

「しっかりして!」

ライザの声が遠くなり、ロキは再び気を失った。

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