月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第49話 ウンディーネ 2

「ウンディーネ?」

「そう、それが私の種族名であり、海や水の加護を受ける誇り高き一族。」

「ダークストーカーの…」
「その呼び方は不快だわ!昔から私たちのように力がある者ことを、総じてロイヤルズとよばれているわ!」

ナスカはカサンドラの言葉を遮り、明らかな敵意を彼女に向けた。

ピリピリと伝わるナスカの威圧感は、何か強大なモノを相手にしている気にさえなる。

珍しくその威圧に押されるようにして、カサンドラは後退り、ロキの横に並んだ。

「わかったわ……癇に障ったようでごめんなさい。」
高貴な者ロイヤルズ…ねぇ)


「わかればいいのよ、お嬢ちゃん。」

カサンドラさえも揶揄するナスカ。

だが、ロキは彼女が見た目の容姿よりも遥かに深みを持つ印象を受けた。

  ナスカは威圧感を抑えると、ロキの方を見るとフフと笑った。

「なんだよ。」

「あなた…ひょっとして自分の種族を知らないの?」

ロキはドキリと胸が鳴るのを感じた。

  シュトルゲンでのアリシアの一件でも、
これまで特に気にも留めていなかったこと…。

自分がどこの誰なのか、そして人間離れした身体能力。

あの時・・・から自分が普通の人間ではないことは、薄々気が付いていた。

だが、惜しげもなく、ダークストーカーだと名乗る者が目の前にいる。

  それ自体が、ロキの心を乱す原因ことには十分だった。

「あなたは、ロキのことをどれだけ知っているの?」

ロキの不安を感じ取るカサンドラだったが、カサンドラ自身も知らないロキについてナスカに問いただした。

カサンドラからの質問に、ナスカは少し驚いたが、すぐに笑みを戻した。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。私はあなた達と共闘することを提案しに来たのだから。」

「共闘…だって?」

ナスカから意外な言葉が出たことに、2人は驚いた。

その顔を見て、ナスカは何かを察したかの様な顔をして、言葉を続けた。

「あなた達は、今回の国王暗殺未遂の件において、ジル様が裏で糸を引いていると考えているのでしょうが、全くの見当違いよ。」

ナスカの話では、ジルもバラムが何らかの暗示、または魔術に掛かり、国王を暗殺しようとしたのではと考え、バラムに直接話を聞こう牢獄へ。

その折、ロキと鉢合わせてしまったという。

「まさかバラムの為に牢屋を訪れる人がいるとは思わなかったものだから、私的には穏便に済ませるつもりだったのよ。」

「だが、看守を…」

「いいえ、ジル様が入った時点で看守も既に死んでいたわ。これは憶測だけど、犯人はバラムと話すだけでなく、何か・・を彼処から持ち去ったと思うわ。」

「黒い布ね。」

カサンドラの言葉にナスカは瞬時に反応し、彼女は初めて不安と驚愕の表情を見せた。

「黒い…布ですって!?…まさか、黒死蝶の…」

ナスカは自問自答を続けており、ロキとカサンドラはお互いを見合った。

「それは確かなの?」

カサンドラはロキのほう見る。

「黒い布を見たのはオレだよ。それに、今回が初めてじゃない。」

ナスカは一瞬周りを見るそぶりをすると、2人しか聞こえないほどの小さな声で、囁くように話した。

「今夜、月が空の真上に来たら、西の物見台の所に一人で来て頂戴。」

そういうとナスカは2人の間をすり抜けるように足早に大通りの人混みの中へ消えた。

ロキがカサンドラの方を見ると、彼女も肩を軽くすくめた。

その夜、西の物見台の真上に有明の三日月が登る。

ナスカに言われた通り、ロキは一人で指定された場所にやって来た。

昼間と違い、夜の空気はひんやりと冷たく、息をすると冷気が肺を満たすのを感じる。

物見台の上に登ると、そこは円形の広場の様になっており、4、5人程度なら窮屈さを感じないほどの広さがあった。

まだナスカは来ていないのか、物見台にはロキ一人だけだった。

夜空を見上げると金色の細い月。

その悲しげな明かりを見ていると、心の中にチクリと刺すモノをロキは感じた。

「もうすぐ新月ね……」

後ろから声がして、ロキが振り向くと、自分が上がって来た逆の方、広間側にナスカがいた。

広間に上がって来た時には、確かに居なかった。

「場所は違っても、星空だけは同じね。」

「いつの間に?」

ナスカは目を開けたまま、昔を懐かしむかのように、彼女も夜空を見上げていた。

「私は、ウンディーネ。幻惑や錯覚を相手に強いることができる。今のようにね…」

「じゃあ、死んでいた看守も。」

「そう。あなたが来るのがわかったから、騒ぎになる前に、追い返そうと思ったのだけれど、逆効果だったわ。」

「それよりも、黒い布のことだ。あれは一体何だ!」

「あなた達が黒い布と呼ぶ物は、正確には黒死紋というものよ。」

「コクシモン?」

ナスカは懐から赤黒い液体の入った小さな瓶を取り出した。

「これはある特別な錬金術に使われる素材の一つで、核となるもの。」

「血…なのか?」

「ええ、その通り。でも、特別なもの…
あなたや私のような特別な…」

「ダークストーカーの血!?」

コクンと頷くと、ナスカは小瓶を再び懐に戻した。  

「なあ、ナスカ。黒い布…、あれを作るのにどれほどの血が必要かわかるか?」

「そうねぇ……。」

ナスカは指を口に当て、しばらく長考すると、ロキの方を見た。

「錬金術のことは、私も詳しくはないけれど…単純にバラムが持っていた黒い布には少なくとも1人分はあるはずよ。」

「その根拠は?」

「昔、母が簡単な錬金術を使って見せたことがあるのよ。その時は海水を真水に変えるくらいのもだったけど、バケツ1杯の海水からコップ1杯程度のものだった。」

それを聞き、ロキは青ざめた。

「どうかしたの?」

黒い布の正体がわかったロキはシュトルゲンでの出来事を思い出していた。

あの時、遭遇した狂人ザリュは、あたまから爪先まで全身に黒い布を身につけていた。

もし、ナスカの言う通りダークストーカーの血が人を狂わす黒い布の原料で、その作成にどれだけの犠牲が強いられるのか。

ザリュの件を見ても、それが尋常ではないことがロキでもわかる。

「ナスカ…実は……」

青ざめた顔をしながら、ロキはナスカにシュトルゲンでのことを話した。

話が終わる頃には、月は西の空に傾いており、東の空が少しばかり白んできていた。

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