月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜
第42話 夜の思い出 5
始まりは些細なことだった。
屋敷の中で物がなくなることが、時々起こるようになったのだ。
「最近、屋敷中の物がなくなる事があるみたいなの。調理場から銀製の食器が亡くなったり、最近だと広間にあった鹿の剥製とかいろいろ…」
「昨日は親方の……ッ!、タバコの半分がなくなってたよ……よし、これで終わった。」
    ロキの作業する後ろで、アシュレイが野草や花の図鑑を見ながらロキに話しかけ、
それを尻目に、ロキは今日の日課をこなしていた。
いつからか、アシュレイはロキの仕事場に入り浸る事が増え、その代わりに彼を連れまわすことを控えるようになった。
アシュレイの行動の変化に、最初はロキも困惑していたが、しばらくすると連れ回されるより、全然良いと彼も考えるようにした。
ただ、アシュレイが来ると親方や他のみんなの雰囲気がピリピリしていることが気になっていた。
「タバコ?嗜好品でしょ?ロブはタバコを持っていたの?」
「タバコといっても高級な葉巻とかじゃなくて、セージやリンデンなんかの臭い草を柔紙で巻いたものだよ。」
「臭い草じゃなくてハーブよ。すごく気持ちが落ち着くってお母様が言ってたわ。」
「なんだっていいさ、あの臭いを嗅ぐと頭がぼうっとなるから嫌いなんだ。」
ガチャガチャと工具を片付け始めたロキを見て、アシュレイは分厚い本を閉じると腰掛けていた長椅子から立ち上がった。
「………」
「どうかしたロキ?」
「今日は…もう終わりなんだ。」
「そう。じゃあ、一緒に果樹園の見回りをお願いできるかしら?」
「!?」
いつもなら、仕事が終わったと思えば、有無を言わさずに連れまわすアシュレイが、今日は「お願いできるかしら?」と、言ってきたことに、ロキは少し驚いていた。
「……い、嫌なら別にいいのよ…」
そんなロキの表情をみて、アシュレイは少し頬を赤くすると、回れ右して出口の方に歩いて行こうとする。
それを見たロキも黙って自分の跡に続くのを尻目で確認すると、アシュレイはほんの少しだけ微笑んだ。
緑が青々と茂り、強い日差しが容赦なく降り注ぐ夏のある日。
オーネスト家の中庭にある白いテーブルセットの片方に、麦わら帽子に白いワンピース姿のアシュレイは、分厚い本を読んでいる。
そしてもう片方にはロキ…ではなく、同じ格好でハーブティを飲んでいるイリーナがいた。
「お父様……」
読んでいた本をパタンと閉じると、アシュレイは父マグナスの部屋の窓を見上げた。
マグナスの部屋の窓の全てには、黒い暗幕が張られており、マグナスの姿でさえ見ることは出来なかった。
「大丈夫よ、アシュレイ。心配なのは当然だけど、お父様の声は聞いたのでしょう?」
少し前、マグナスの部屋の前で呼びかけた際、部屋の中から「私は忙しい。」とだけ
聞こえるとそれきりだった。
「でも、もう1年にもなるわ。いくら秘密にしていても、屋敷に出入りする人たちにも知れ渡ることになる。そうなったら領主としての資質を問われることになるし、それに…それに!」
「落ち着きなさいアシュレイ。」
イリーナはアシュレイの目を見据え静かに言った。
「あなたがお父様や屋敷のみんな、ノルトの人々のことを思っていることはよくわかりました。でも、尚のことあなたには冷静でいて欲しいの。」
「でも、私…」
不安な顔をするアシュレイに、イリーナはニコリと微笑んだ。
「大丈夫よ、だってあなたには……」
「キヤーーー!!!」
イリーナが言いかけた時だった。
突然、屋敷の方から破れるような女性の悲鳴が響いた。
悲鳴がした方へ2人が駆けつけた時には、すでにロキをはじめ多くの使用人が集まっていた。 
「一体、何があったのです!?」
「ああ!イリーナ様、アシュレイ様。だ、旦那様が!」
「お父様がどうしたの!?」
「ああ、あああ!!」
再び叫び声が上がり、みなが一斉に悲鳴の方を見る。
見るとマグナスの部屋の扉が開かれ、中から悪臭が立ち込め、それと共に黒い影がゆっくりと出てくるのが視界に入った。
「うわわぁぁぁーー!!」
「キヤーーーー!!
黒い影を見るなり、恐怖に駆られた多くの者がその場から逃げようともみ合いになり、その弾みでイリーナとアシュレイが床に倒れてしまった。
「リー!!」
とっさにロキが2人に駆け寄る。
黒い影がゆっくりとこちらを向く。
「お、お父様…なのですか?」
全身を黒い衣服に身を包み、長く伸びた髪や髭は黒くくすんで顔を覆っていたが、僅かに見える茶色の髪と瞳から、マグナスだという事がわかる。
「マグナス……いったい何があったの?」
イリーナが問いかける様に話し掛けていたが、その声は明らかに恐怖で震えていた。
マグナスは何も語らず、ゆっくりとアシュレイとイリーナの元に歩みを進め、爪が伸び浅黒くなった両手を2人に伸ばした。
悪臭が立ち込める中、マグナスの手は2人の華奢な腕を掴むと、グイっと引き寄せる様に力を込めた。
「ああ!」
「い、痛い!お、お父様辞めて!」
「……約定は……絶対に……」
喉が潰れたかの様な、かすれ切った声が、端々に聞こえ、マグナスが腕にさらに力を込め用とした時、その腕にロキが飛びついた。
その弾みでマグナスの手が2人から離れる。
「に、逃げろリー!!」
ロキがマグナスの腕に掴まりながら叫ぶ。
「ロキー!」
「邪魔を……するな……お前は……後だ。」
しかし、マグナスの力は強く、ロキの体は軽く振りほどかれてしまう。
ガンッ!
「うっ!!」
ロキは投げられた拍子に壁に激突したロキから呻き声をあげ、そのままぐったりとなり気が遠くなっていくのがわかった。
混濁するロキの意識の中で、アシュレイのロキを呼ぶ声が小さくなっていく。
視界が闇に包まれ、最後にマグナスの部屋に2人が引き込まれるところを見て、ロキの意識は途切れた。
屋敷の中で物がなくなることが、時々起こるようになったのだ。
「最近、屋敷中の物がなくなる事があるみたいなの。調理場から銀製の食器が亡くなったり、最近だと広間にあった鹿の剥製とかいろいろ…」
「昨日は親方の……ッ!、タバコの半分がなくなってたよ……よし、これで終わった。」
    ロキの作業する後ろで、アシュレイが野草や花の図鑑を見ながらロキに話しかけ、
それを尻目に、ロキは今日の日課をこなしていた。
いつからか、アシュレイはロキの仕事場に入り浸る事が増え、その代わりに彼を連れまわすことを控えるようになった。
アシュレイの行動の変化に、最初はロキも困惑していたが、しばらくすると連れ回されるより、全然良いと彼も考えるようにした。
ただ、アシュレイが来ると親方や他のみんなの雰囲気がピリピリしていることが気になっていた。
「タバコ?嗜好品でしょ?ロブはタバコを持っていたの?」
「タバコといっても高級な葉巻とかじゃなくて、セージやリンデンなんかの臭い草を柔紙で巻いたものだよ。」
「臭い草じゃなくてハーブよ。すごく気持ちが落ち着くってお母様が言ってたわ。」
「なんだっていいさ、あの臭いを嗅ぐと頭がぼうっとなるから嫌いなんだ。」
ガチャガチャと工具を片付け始めたロキを見て、アシュレイは分厚い本を閉じると腰掛けていた長椅子から立ち上がった。
「………」
「どうかしたロキ?」
「今日は…もう終わりなんだ。」
「そう。じゃあ、一緒に果樹園の見回りをお願いできるかしら?」
「!?」
いつもなら、仕事が終わったと思えば、有無を言わさずに連れまわすアシュレイが、今日は「お願いできるかしら?」と、言ってきたことに、ロキは少し驚いていた。
「……い、嫌なら別にいいのよ…」
そんなロキの表情をみて、アシュレイは少し頬を赤くすると、回れ右して出口の方に歩いて行こうとする。
それを見たロキも黙って自分の跡に続くのを尻目で確認すると、アシュレイはほんの少しだけ微笑んだ。
緑が青々と茂り、強い日差しが容赦なく降り注ぐ夏のある日。
オーネスト家の中庭にある白いテーブルセットの片方に、麦わら帽子に白いワンピース姿のアシュレイは、分厚い本を読んでいる。
そしてもう片方にはロキ…ではなく、同じ格好でハーブティを飲んでいるイリーナがいた。
「お父様……」
読んでいた本をパタンと閉じると、アシュレイは父マグナスの部屋の窓を見上げた。
マグナスの部屋の窓の全てには、黒い暗幕が張られており、マグナスの姿でさえ見ることは出来なかった。
「大丈夫よ、アシュレイ。心配なのは当然だけど、お父様の声は聞いたのでしょう?」
少し前、マグナスの部屋の前で呼びかけた際、部屋の中から「私は忙しい。」とだけ
聞こえるとそれきりだった。
「でも、もう1年にもなるわ。いくら秘密にしていても、屋敷に出入りする人たちにも知れ渡ることになる。そうなったら領主としての資質を問われることになるし、それに…それに!」
「落ち着きなさいアシュレイ。」
イリーナはアシュレイの目を見据え静かに言った。
「あなたがお父様や屋敷のみんな、ノルトの人々のことを思っていることはよくわかりました。でも、尚のことあなたには冷静でいて欲しいの。」
「でも、私…」
不安な顔をするアシュレイに、イリーナはニコリと微笑んだ。
「大丈夫よ、だってあなたには……」
「キヤーーー!!!」
イリーナが言いかけた時だった。
突然、屋敷の方から破れるような女性の悲鳴が響いた。
悲鳴がした方へ2人が駆けつけた時には、すでにロキをはじめ多くの使用人が集まっていた。 
「一体、何があったのです!?」
「ああ!イリーナ様、アシュレイ様。だ、旦那様が!」
「お父様がどうしたの!?」
「ああ、あああ!!」
再び叫び声が上がり、みなが一斉に悲鳴の方を見る。
見るとマグナスの部屋の扉が開かれ、中から悪臭が立ち込め、それと共に黒い影がゆっくりと出てくるのが視界に入った。
「うわわぁぁぁーー!!」
「キヤーーーー!!
黒い影を見るなり、恐怖に駆られた多くの者がその場から逃げようともみ合いになり、その弾みでイリーナとアシュレイが床に倒れてしまった。
「リー!!」
とっさにロキが2人に駆け寄る。
黒い影がゆっくりとこちらを向く。
「お、お父様…なのですか?」
全身を黒い衣服に身を包み、長く伸びた髪や髭は黒くくすんで顔を覆っていたが、僅かに見える茶色の髪と瞳から、マグナスだという事がわかる。
「マグナス……いったい何があったの?」
イリーナが問いかける様に話し掛けていたが、その声は明らかに恐怖で震えていた。
マグナスは何も語らず、ゆっくりとアシュレイとイリーナの元に歩みを進め、爪が伸び浅黒くなった両手を2人に伸ばした。
悪臭が立ち込める中、マグナスの手は2人の華奢な腕を掴むと、グイっと引き寄せる様に力を込めた。
「ああ!」
「い、痛い!お、お父様辞めて!」
「……約定は……絶対に……」
喉が潰れたかの様な、かすれ切った声が、端々に聞こえ、マグナスが腕にさらに力を込め用とした時、その腕にロキが飛びついた。
その弾みでマグナスの手が2人から離れる。
「に、逃げろリー!!」
ロキがマグナスの腕に掴まりながら叫ぶ。
「ロキー!」
「邪魔を……するな……お前は……後だ。」
しかし、マグナスの力は強く、ロキの体は軽く振りほどかれてしまう。
ガンッ!
「うっ!!」
ロキは投げられた拍子に壁に激突したロキから呻き声をあげ、そのままぐったりとなり気が遠くなっていくのがわかった。
混濁するロキの意識の中で、アシュレイのロキを呼ぶ声が小さくなっていく。
視界が闇に包まれ、最後にマグナスの部屋に2人が引き込まれるところを見て、ロキの意識は途切れた。
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