月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜
第40話 夜の思い出 3
あれから10日が経つ。
アシュレイが、父マグナスから部屋での謹慎を命じられ、部屋の窓から外を眺めることにも飽き始めた頃だった。
使用人の1人が食事と一緒に、マグナスからの手紙を持ってきた。
手紙の内容は、しばらくの間外出するとい事と、アシュレイとロキの謹慎を解くという文言が短く書かれていた。
彼女は、手紙を読むと直ぐに、ロキが謹慎している使用人の部屋を訪ねた。
「ロキ!もう出られるわ!お父様の許しが出たの。」
アシュレイは!扉の前まで来ると、ドアを叩きながら中にいるロキに話しかけた。
ドアがゆっくり開くと、中からロキが顔をのぞかせる。その顔の左頬が少し腫れていることに、アシュレイは気付いた。
「ロキ…その左頬はどうしたの?」
「……何でもない……別に痛くないし…」
ロキは傷を隠すと素っ気ない素振りを見せて部屋に戻ろうとした。
「何でもなくないわ!こっちにきて!」
アシュレイは、ロキを強引に調理場まで引っ張っていくと、冷たい水で湿らせたタオルをロキの左頬に当てた。
「痛ッ!」
「ほら、やっぱり無理してる。ダメよ、痛いならちゃんと痛いって言わないと。」
「あ……」
ロキは何かを言いかけたが、すぐに口を閉じる。
「なに?何か言いたいことでもあるの?」
ロキは黙り込むと、アシュレイからタオルを受け取り、自分で左頬に当てた。
ひんやり冷たいタオルの感触が、腫れた左頬に心地いい。
  窓から見える空は、先日までの長雨が嘘のように晴れ渡り、爽やかな風で木々が揺れている。
  アシュレイは、ロキを中庭に連れ出すと庭の真ん中にあるテーブルのところにやって来た。
   テーブルの上は少し湿り気が残っていたが、椅子の方は大丈夫なようだ。
「うーん…ようやく晴れたわね。」
椅子に座りながらノビをするアシュレイの横で、ロキが何やらモジモジしている。
「どうしたのロキ?まるでフェレットの子供みたいに落ち着きがないわね。」
ロキは恥ずかしそうにそっぽを向き、そのまま腰のポケットから何かを取り出し、アシュレイに差し出した。
「…これって…」
鈍い銅色の地金に、銀の装飾が少し施された地味な腕輪、そしてその所々に変形したのを直した跡が見られる。
そして、腕輪の内側には、マーサの名前と彼女が産まれた日付、さらにその後ろには真新しく彼女の亡くなった日付が刻印されていた。
親の世代からオーネスト家に仕えており、大人になったマーサは果樹園の管理を任されるようになった。
人柄も良く、アシュレイが心を許せる数少ない使用人の1人だった。
その後、彼女は肺を患うと、果樹園の管理から外れ、亡くなった際には親の眠る墓地に一緒に埋葬された。
その亡くなる数日前、マーサは見舞いに部屋を訪れたアシュレイに形見として腕輪を贈り、アシュレイは快く受け取った。
しかし、先日のローグにその腕輪を壊されてしまい、その後の騒ぎで失くしたと思い込んで、アシュレイは酷く悲しんだ。
「捨てられてしまったと思ってた。ロキが預かっていてくれたのね。それに、直ってる。」
アシュレイはマーサの腕輪を優しく撫でる。
元々は、藍色の石がはめ込まれていた台座には、黄色い透明な石がはまっていた。
「この石…」
「ごめん……元には戻せなかった。装飾の石は割れてしまって、代わりになるものがあんまりなくて……だから、色ガラスを削って嵌め込んだんだ。」
「嬉しい……嬉しいわロキ。ありがとう。」
ニコニコと笑うアシュレイの目からは、キラキラと光る雫が筋を作っていた。
そんな彼女の顔を見たロキは、余計に恥ずかしくなり完全に顔を後ろへ向けてしまった。
しばらく晴れの日が続き、アシュレイは元の元気を取り戻したらしく、1日中屋敷中を飛び回っている。
もちろん、その後ろにはゲンナリした顔のロキ。
ただ、前とは違い主人と使用人というような雰囲気が、周りの者が気が付かない程度には少なくなっていた。
晴れの日が続き、マグナスが家を空けてから、20日ばかりが過ぎた。
一度、外出をすると4、5日は戻らない事がよくあるとはいえ、20日以上音沙汰もない事など、アシュレイを始め、奥方や他の使用人達も不安を募らせていた。
食事の席の際に、アシュレイは母に父親の行方を訪ねてみたが、懇意にしている貴族からの用立てということとしか聞かされていないとのことだった。
商談関係ならば必ず執事長を同伴させるはずで、王族からの要請ならば奥方も同伴するのが定番である。
その両方でないとなるとマグナス個人の用なのか、それとも……
様々な憶測が屋敷中に広まり、せっかく元気を取り戻したアシュレイに再び不安の影を落とそうとしていた。
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