月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第36話 殺意の矛先


キャーーーーー!!!

突然、女性の叫び声が広間に響き渡り、そこにいた誰もが悲鳴のした方を見る。

ロキとカサンドラも玉座の方を見ると、男がヴァレスに突進するような形をとり、男もヴァレスも硬直していた。

悲鳴はヴァレスの傍にいた王妃のものだった。

賑やかな楽隊の音楽も止まり、広間にいた全員が一瞬何が起こったのか分からず、静止していた。

1人を除いて…

ロキはその光景を見た途端、反射的に身体が動いていた。

全身の血が沸騰するような感覚がし、頭で考えるより先に足が地面を蹴っていた。

「やめろーーーー!!!」

ロキは叫び声を上げながら、ヴァレスの元に駆け寄り、くっついている男を蹴り飛ばした。

男はうめき声をあげて、壇上より転がり落ちていき、ヴァレスは膝からその場に崩れ落ちた。

すぐに駆け寄ったロキがヴァレスを見ると、腹部から赤い染みが広がりつつあり、一目で危険な状態だということがわかった。

そのわずか数秒の出来事の後、広間のあちこちから悲鳴が上がり始め、衛兵が駆け寄ってきた。

男はすぐに衛兵に取り押さえられ、縛り上げられる。

「おい、大丈夫か!?」

「うう…そ、そなたは…」

「待ってろ、今すぐに血を止める!」

ロキはヴァレスの服をめくり傷を確認すると、傷口を布で強く抑える。

「あ、ああ!ぐ、ぐあぁ!」

うめき声をあげるヴァレス。

「お父様!」
「父上!」

ティファナとティルスもヴァレスの元に駆け寄ってくる。

「おい!あんた!話しかけて意識を保たせろ!」

傍で硬直している王妃は、ロキに一喝されると我に返りヴァレスに駆け寄る。

「あなた!しっかりして!」

ぐったりとするヴァレスの手を王妃がしっかりと握り、声をかけ続ける王妃は、目に涙をためていた。

「ち、ちがう!何かの間違いだ!、私はこんなことするつもりは!!」

壇上の下から男の悲痛な叫び声がする。

ヴァレスを刺した男は、衛兵に押さえつけられ、もがきながら叫んでいた。

?叫ぶ男の前に初老の男性、エイブスが現れる。

「エ、エイブス侯!ま、待ってくれ、これは何かの間違いだ!」

「そうだのう、あってはならぬ間違いだバラム侯よ。国王陛下の暗殺を企てるなど、言語道断!」

エイブスは衛兵の腰にある剣を抜き、それをバラムに突きつけた。

「ひ、ひぃ!!」

完全に怯えきったバラムの口からは、悲痛な声が漏れる。

「皆が見ている前での悪業!もはや言い逃れは出来ぬぞバラム侯。よってここに断罪を処するものとする!」

エイブスは剣を振り上げ、怯えるバラムを睨みつけた。 

広間に叫び声がいくつも上がり、どよめきや困惑が広がる。

「おい爺さん!待て!!」

ロキはエイブスを止めるために叫んだ。

その声を聞いたエイブスは、すんでのところで振り降ろした剣を止めた。

「……小僧。なぜ止める」

「…………」

ロキはなぜエイブスを止めたのか、自分でもわからなかった。

ただ、このまま真相もわからないままバラムが断罪される事がよくないように思えたのだ。

傷ついたヴァレスは、何人もの衛兵に運ばれて行き王妃達と共に壇上を後にした。

会場にいる多くのものは、どうしたらいいのか分からず、未だどよめきと混乱が渦巻いている。

ロキは、ヴァレスが運ばれていくのを確認するとカサンドラの元に駆け寄った。

「カサンドラ、大丈夫か?」

「ありがとう…私は大丈夫よ。それよりも…ティファからは聞いてはいたけれど、まさかこんな公衆の面前で、こんなことが起こるとは考えてもいなかったわ。」

「………何か…おかしい。」

「ロキ?どうかしたの?」

ロキは表現しにくい不安感を感じていた。

「おい貴様!」

ロキがカサンドラに、何かを言おうとした次の瞬間、ロキは急に衛兵から咎められた。

「陛下や王妃様への非礼に加え、さらには剣聖エイブス殿のへ無礼な言葉を吐いたこと許されまいぞ!」

「非礼?無礼?あんな状況で気にしていられるか!」

衛兵に食ってかかるロキ。

「待て!」

ロキと衛兵の間に、エイブスが静止に入った。

「恥ずかしことに、ワシを含め全員が固まってしまったあの惨状の中、この者はいち早く陛下の元に駆け寄り、その命を救おうとしたのだ。」

「し、しかしエイブス殿…」

「戦場では、常に一瞬一瞬が決断の連続。礼儀や振る舞いを考えていては、容易い命を落とす。この者は、それを分かっているのだ。」

「は、はあ。エイブス殿がそう仰られるのでしたら……」

エイブスに諭された衛兵は、その場を離れていった。

「さて、小僧。ワシがバラムを断罪する際に、お主はなぜワシを止めた?」

「……わからない。ただ、あのままあんたに切らせる事が、正しいこととは思わなかっただけだ。」

エイブスはロキの目をじっと見つめた後、少し考えて口を開いた。

「ふむ。小僧の意図はわからんでもない。しかし、あやつは陛下を、この国を揺るがすようなことをしてみせた。ワシは、己の行いを誇るつもりはないが、間違いを犯したとは考えてはおらんでな。」

「なら、なんでも切って済まそうなんて言うのは、考えのないやつのすることだ。」

「ふっ、ふはは!確かに…、そうかも知れん。だが、ワシは国王の剣として、害なすものがあれば、それを切ることをためらいはせん。たとえ、非情だと言われてもな…。」

エイブスは広間の出入口の方へ向きを変えると、歩き出そうとして足を止めた。

「小僧…名は何という?」

「……ロキ。」

「ロキ……、覚えておこうぞ。」

そう言って、エイブスは去っていった。

その後、宰相と兵士長が壇上にのぼり、宴は取りやめとなり、連絡があるまで各自城内で待つよう通達が行われ、ロキとカサンドラは、ティファナの計いにより、彼女の自室で待つことになった。

城内には暗い空気が立ち込め、それに呼応するかのように晴れていた空も、暗雲が覆いはじめていた。

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