月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第34話 大広間にて

大広間の中央にある円テーブルにロキとカサンドラは立った。

赤い髪をしたカサンドラは容姿も端麗とあり、それ以上にノルト領主としての評判が大広間中の視線を集めていた。

ロキはさりげなく周囲の貴族を見るが、目が合いそうになると貴族達は視線を避けるようにする。

「やっぱりこれってカサンドラへの、だよな?」

「そうね。でも、あなたへの奇異の目もあると私は思うわ。」

カサンドラはドレスと同じ色の扇子で口元を隠して話すようにしている。

この仕草は、業界では常識であり、夫人の下卑た笑みを見せないようにすることと、まわりに読唇させない為でもある。

ギィィーーー…

再び、大広間の扉が開かれ、そして衛兵が声を上げる。

「エイブス様、並びにナイルズ伯爵様、ご入場ーー!」

その名前が出ると、広間中から「おお」という声が上がる。

扉から現れたのは、背の高い初老の男性、そして一見女性のような印象を受ける細身の男性。

「カサンドラ、あれは誰だかわかるか?」

「ええ…、初老の男性はジョセフ=エイブスといって、過去に白の剣とまで言われた豪傑者よ。もう1人は……アルバート=ナイルズ。最近、頭角を現した貴族というくらいでよく知らないの………ロキ?」

「ナイルズ……」

「どうかしたのロキ?」

ロキはナイルズといい男に何か引っ掛かる感じを覚えた。

パーン!パパパパーン!!
 
一際大きくラッパが鳴り響く。

「アルヘイム国王、ヴァレス•フォン•アルヘイム陛下、ご入場〜!!」

広間中から歓声や拍手が起こり、両脇に衛兵を従えてヴァレスが入ってくる。

ヴァレスの後から、セシル王妃とティルス王子、そして華姫ことティファナ王女が続いた。

王族である4人とも広間中央のカーペットをゆっくりと進み、みな拍手に笑顔で答えていた。

ヴァレスが壇上に上がると広間の一同を見渡し、最後にセシル、ティルス、そしてティファナ。

ヴァレスは一度目を伏せると、広間全体に聞こえるように声をあげた。

「愛すべきアルヘイムの民よ!
そして、遠方より駆けつけてくれた我が同胞はらからよ!

この日を迎えられたことを私は大変嬉しく思う!

アルヘイムの長きに渡る歴史の中で、今こそ最良の時である!!

しかし、未だこの国では問題もあることを忘れてはならない!!

辺境の地では魔獣や賊の被害があり、災害などによる不作で苦しむ民もいる!

私は国王だ、だが国王だけがこの国を治められるわけではない!

ここに集まった、諸侯らの、そして我がつるぎたる屈強な兵士たちの力無くして、この国の繁栄はあり得ぬ!!」

オオオオーー!!!

ヴァレスは拳を高らかに振り上げると、大きな歓声が沸き、拍手が起こる。

「今日は、私が先王よりその座を受け継いで20年を迎える。

だが、私は皆に誓う!

王座についた年数ではなく、諸侯らが高らかに語れる王として、その責務を全うする覚悟を持ち、この国を繁栄させることを!!」

再び歓声が湧く。

「さて、少々長くなってしまったが、本日は私の決意表明ではなく、祝いの席として一席設けた次第。

ほんの一時ではあるが、どうか皆、幸福な時間を過ごしてくれ。」

ヴァレスの言葉が終わると、広間は拍手がいつまでも鳴り響いていた。

そして、楽隊による演奏が始まると、祝賀ムードが流れはじめた。

「それで、これからどうする?」

ティファあの子の指示通り、ティルス王子と彼に集まる貴族達が誰かを把握することが大切よ。
けど、まずは王への挨拶が先ね。」

「お、おい。王様と話すのか?」

「何を怖気付いてるの?社交辞令といえ、貴族としては王への挨拶も仕事の1つなのよ。」

そう言うとカサンドラは、ロキの腕に添えている手に力を入れて、不自然さが出ないくらいにロキを引っ張っていった。

壇上には既に何人かが挨拶に訪れており、先程見たエイブス、ナイルズ両名の姿もあった。

そしてしばらくすると、先に並んでいたもの達が傍に流れ、ロキとカサンドラたちの番が回ってきた。

近くで見たヴァレスは、先程の力強い雰囲気は既になく、穏やかな表情をしていた。

しかし、黒い瞳の奥には強い意志を感じさせるオーラをロキは感じ取った。 

カサンドラはロキから手を離し、王の前に進み出た。

「陛下、この度はおめでとうございます。陛下のお祝いの席にお招き頂きましたこと大変嬉しく感じております。」

カサンドラは深々とこうべを垂れ、ロキもそれに習い続いた。

「そなたは確か……オーネスト侯だったか?」

「はい、陛下のご記憶に留めていただき誠に光栄でございます。」

「うむ。お主の噂は耳にしておる。その若さでノルトを治めている手腕は、地方領主として置くのはいささか勿体ないところだ。」 

「そのお言葉こそ勿体なく、身に余る光栄なことにございます。」

丁寧に挨拶をするカサンドラを見て頷いたヴァレスは、横にいるロキにも目線を向けた。 

ロキはカサンドラに習い頭を下げた。

「ふむ。オーネスト侯…この男は?」

カサンドラは表をあげると、にこりと笑顔を陛下に返した。

「領主と言っても、見ての通り私は若輩者。
長年その責務を負われてきた方々と比べれば、吹けば飛ぶ綿毛程度の力しかございません。
なれば、その責務を果たさんとするために、少しでも周りの目を誤魔化し、かべとするのは、どの世界においても必然と考えております。」

(か、壁だと!?)

ロキはカサンドラの言動に不満を積もらせつつ、それを表に出さないように堪えていた。

「はっはっはっ!!オーネスト侯、そなたの言う通りだ。だが、そなたの偽りの盾は、鋼の如き硬さを持つようだな。」

ヴァレスが高らかに笑うと、周囲の視線を集めるようになった。

「いや、すまぬオーネスト侯。これでは折角の盾を脆くしてしまうな。」

「遠方の小娘が浅知恵と、お笑いいただいて結構でございますよ。」

ヴァレスもカサンドラも、お互いに笑みを浮かべ、本人達にしか知れない何やら楽しげな雰囲気であった。

「陛下…そろそろ。」 

傍からヴァレスを小声でセシルが促す。

「そうだな…セシル。オーネスト侯、貴公とは一度じっくりと話をしてみたい。
もちろん偽りの盾も一緒にでも構わん。」

「ありがたきお言葉を頂戴いたします。」

そして、王との謁見も終わり、ロキはカサンドラと共に、元いた広間中央に戻ろうとしていた。

「口を開かなかったことは正解よ。でも、陛下の御前で少し顔が強張っていたのは、頂けなかったわ。」

「こっちは全てが初めてなんだ。何度も王様と謁見しているカサンドラとは違うんだよ。」

「私だって………初めてよ。」

その言葉にロキはカサンドラの方を見る。 

よく見ると扇子を持つ手は僅かに震えており、ロキの腕に添えられた小さな手からもその緊張が伝わってきた。

無理をしている。

普段、何事も冷静沈着で冷酷さも感じさせる彼女にも人並みに緊張することがあることを、ロキは少しだけ安堵した。

しかし、それと同時に彼女の無理をしていることへの不安もロキは感じていた。

「これはオーネスト侯。あなたもここにいらしたのですね。」

急に声を掛けられ、2人とも声のした方へ顔を向ける。

恰幅の良い体躯と、いくつもの装飾品を身につけた衣装。

宿屋の中で話しかけてきた、ラムズとか言う商人がカサンドラに話しかけてきた。


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