月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜
第32話 禁忌の行い
城内のどれよりも装飾が立派な扉を前にティファナは佇んでいた。
先刻より、父親でありアルヘイム国王のヴァレスから自室への呼び出しを受けていた。
コンコンコン
「入りなさい。」
ドアをノックすると、中からヴァレスの声が聞こえて来た。
ティファナが部屋に入ると、ヴァレスは椅子にもたれ掛け、心痛な表情を浮かべていた。
「お父様……お呼びでしょうか?」
「ティファナよ。この国をどう思う?」
「……私にとっては、偏りはあれども豊かで愛おしい国だと感じております。これも、お父様の尽力の賜物だと…」
ヴァレスは一言「そうか」、と言うと娘の目をじっと見つめた。
ティファナは自分の答えが、父の意向にそぐわないものだったかと危惧した。
「お父様はどうお考えなのでしょうか?」
「私は…この国を愛している…だが、それと同時に憂いていることも事実。」
「それはどういう意味なのですか?愛しているというだけではダメなのでしょうか?確かに最近は、急な政策により内外にやや混乱を感じる事はありますが、それはお父様の考えがあってのことだと理解しているつもりです。」
ヴァレスは椅子から立ち上がり、暖炉の側まで行くと、その上にあるアルヘイム家の紋章旗を見上げた。
「ティファナ。我が娘よ。今から話すことは、代々国王のみに継承されることゆえ、王位継承権のあるものでも話すことを許されていない。」
「それが本当なのでしたら、禁忌に触れることになるのではないですか!?」
ヴァレスは、不安気にするティファナの側まで行くと、両肩に手を置き真っ直ぐに顔を見つめた。
「そうだ、禁忌だ。だが、私はこの禁忌に触れることを決めたのだ。輝かしいアルヘイム王家の裏にある、忌まわしい大罪について私は伝えなければならない。」
ヴァレスは自分が読み解いた『破滅の書』の内容についてティファナに語った。
ヴァレスか語る最中、ティファナはその内容が何かの物語のように、現実味が無いように感じられた。
話が終わると長い沈黙が続いた。
「……お父様。そのロイヤルズと呼ばれる方達は…今は?」
「人外の力を持っているロイヤルズは、今はタークストーカーと呼ばれ、人の中にひっそりと暮らしている。だが、一度その存在が知れれば畏怖の対象となり、迫害され、酷い場合は命も狙われることすらある。」
「では、彼らを保護するような法案や特別な地域を作られてはいかがでしょうか。そうすれば、彼らも迫害や命の危険から離れられるのでは?」
ヴァレスはティファナの提案に対して、黙って首を横に振った。
「お前の言う通りそれは私も考えた。だが、それは迫害の目から遠ざけるだけで、差別そのものを無くせることではない。
それに、彼らの存在を公にすると言う事は、それを利用しようとするものや、迫害も強まる可能性がある。」
ティファナは自分の考えが表面的な解決にしかならないことに気付き、自らの愚かさに顔を下にした。
「ティファナよ。お前の考えが悪いとは言わぬ。この問題を解決するためには、根本的なことを解決しなければならない。」
「根本的なこと?」
「迫害の基になるのは、当時の人種の優劣性が大きいと考えられるが、それが今は富を持つか持たないかの違いであり、そこから貧富の差が生まれ、その差から差別が起こっている。」
「お父様は…この王制や貴族社会を無くそうとされているのですか?」
ヴァレスはティファナの言葉に一瞬目を見開き驚いたような表情を見せたが、すぐに柔らかな笑顔を彼女に向けた。
「そう……その通りだ。私は私の代で王制だけでなく、貴族社会そのものをなくそうと考えている。」
「そんなことをすれば、王国全土に混乱を招くことになります!それに、貴族の方が黙ってはいないと思います!」
ヴァレスはティファナの言葉が自分に対して心配している事は十二分にわかっていた。
王制と貴族社会をなくす事は、商人を除いて王国の富の殆どを掌握している者達からそれを取り上げると言う事になる。
つまりはヴァレスを始め、ティファナ達も1人の人間であり、誰の上にも立たず、そして誰の下にも付かない、ただのヴァレスとなる事である。
「そうだ、それこそが今は障害となりつつある。だが、救いなのは貴族達には決定権は無く、兵を動かす事は出来ない。私兵という方法もあるだろうが、それを我が軍にさし向けるほどの力は今のところ無いようだ。」
「ですが兄上が……」
「そうだ、お前も知っての通り、貴族達の殆どはティルスを担ぎ上げ、次期国王の座に早く着かせたいと考えている。もし、ティルスが貴族達の企てに乗るようなことがあれば……」
そこでヴァレスは言葉を切るとティファナを見やる。
そして一言。
「私は死ぬだろう……」
ヴァレスから発せられた不吉な言葉は、ティファナの思考を凍りつかせた。
よろよろと椅子に座り込むティファナ。
とっさに体を支えようとするヴァレスに、ティファナは「大丈夫」だと、手で制して見せた。
「すまないティファナ。このような過酷な運命を背負わすことになってしまった。」
「いえ、お父様。私は決して今の地位にいることが当たり前などとは考えてはおりません。もし、元王族という形になったとしても私は、皆が平和に穏やかに暮らせればそれ以上望むものはございません。」 
「お前は……セシルに似てきたな。」
「お母様にですか?」
ヴァレスは口元を緩め、優しく微笑んだ。
「一番難しいことも、いとも簡単なことのように話す様はよく似ている。」
「私、そんなに夢想家ではありません。」
頬を少し膨らませてティファナはそっぽを向いた。
一時、ほんのわずかな時間、王と王女ではなく、父として娘としての貴重時間を得たと、ヴァレスは心の中で感慨に浸っていた。
しかし、すぐにこれから始まるであろう混乱の不安に飲み込まれそうになる自分を、ヴァレスは必死で耐えていた。
暗雲が立ち込める血盟城には、王国の行く末を左右する思惑の渦が巻き起こっていた。
先刻より、父親でありアルヘイム国王のヴァレスから自室への呼び出しを受けていた。
コンコンコン
「入りなさい。」
ドアをノックすると、中からヴァレスの声が聞こえて来た。
ティファナが部屋に入ると、ヴァレスは椅子にもたれ掛け、心痛な表情を浮かべていた。
「お父様……お呼びでしょうか?」
「ティファナよ。この国をどう思う?」
「……私にとっては、偏りはあれども豊かで愛おしい国だと感じております。これも、お父様の尽力の賜物だと…」
ヴァレスは一言「そうか」、と言うと娘の目をじっと見つめた。
ティファナは自分の答えが、父の意向にそぐわないものだったかと危惧した。
「お父様はどうお考えなのでしょうか?」
「私は…この国を愛している…だが、それと同時に憂いていることも事実。」
「それはどういう意味なのですか?愛しているというだけではダメなのでしょうか?確かに最近は、急な政策により内外にやや混乱を感じる事はありますが、それはお父様の考えがあってのことだと理解しているつもりです。」
ヴァレスは椅子から立ち上がり、暖炉の側まで行くと、その上にあるアルヘイム家の紋章旗を見上げた。
「ティファナ。我が娘よ。今から話すことは、代々国王のみに継承されることゆえ、王位継承権のあるものでも話すことを許されていない。」
「それが本当なのでしたら、禁忌に触れることになるのではないですか!?」
ヴァレスは、不安気にするティファナの側まで行くと、両肩に手を置き真っ直ぐに顔を見つめた。
「そうだ、禁忌だ。だが、私はこの禁忌に触れることを決めたのだ。輝かしいアルヘイム王家の裏にある、忌まわしい大罪について私は伝えなければならない。」
ヴァレスは自分が読み解いた『破滅の書』の内容についてティファナに語った。
ヴァレスか語る最中、ティファナはその内容が何かの物語のように、現実味が無いように感じられた。
話が終わると長い沈黙が続いた。
「……お父様。そのロイヤルズと呼ばれる方達は…今は?」
「人外の力を持っているロイヤルズは、今はタークストーカーと呼ばれ、人の中にひっそりと暮らしている。だが、一度その存在が知れれば畏怖の対象となり、迫害され、酷い場合は命も狙われることすらある。」
「では、彼らを保護するような法案や特別な地域を作られてはいかがでしょうか。そうすれば、彼らも迫害や命の危険から離れられるのでは?」
ヴァレスはティファナの提案に対して、黙って首を横に振った。
「お前の言う通りそれは私も考えた。だが、それは迫害の目から遠ざけるだけで、差別そのものを無くせることではない。
それに、彼らの存在を公にすると言う事は、それを利用しようとするものや、迫害も強まる可能性がある。」
ティファナは自分の考えが表面的な解決にしかならないことに気付き、自らの愚かさに顔を下にした。
「ティファナよ。お前の考えが悪いとは言わぬ。この問題を解決するためには、根本的なことを解決しなければならない。」
「根本的なこと?」
「迫害の基になるのは、当時の人種の優劣性が大きいと考えられるが、それが今は富を持つか持たないかの違いであり、そこから貧富の差が生まれ、その差から差別が起こっている。」
「お父様は…この王制や貴族社会を無くそうとされているのですか?」
ヴァレスはティファナの言葉に一瞬目を見開き驚いたような表情を見せたが、すぐに柔らかな笑顔を彼女に向けた。
「そう……その通りだ。私は私の代で王制だけでなく、貴族社会そのものをなくそうと考えている。」
「そんなことをすれば、王国全土に混乱を招くことになります!それに、貴族の方が黙ってはいないと思います!」
ヴァレスはティファナの言葉が自分に対して心配している事は十二分にわかっていた。
王制と貴族社会をなくす事は、商人を除いて王国の富の殆どを掌握している者達からそれを取り上げると言う事になる。
つまりはヴァレスを始め、ティファナ達も1人の人間であり、誰の上にも立たず、そして誰の下にも付かない、ただのヴァレスとなる事である。
「そうだ、それこそが今は障害となりつつある。だが、救いなのは貴族達には決定権は無く、兵を動かす事は出来ない。私兵という方法もあるだろうが、それを我が軍にさし向けるほどの力は今のところ無いようだ。」
「ですが兄上が……」
「そうだ、お前も知っての通り、貴族達の殆どはティルスを担ぎ上げ、次期国王の座に早く着かせたいと考えている。もし、ティルスが貴族達の企てに乗るようなことがあれば……」
そこでヴァレスは言葉を切るとティファナを見やる。
そして一言。
「私は死ぬだろう……」
ヴァレスから発せられた不吉な言葉は、ティファナの思考を凍りつかせた。
よろよろと椅子に座り込むティファナ。
とっさに体を支えようとするヴァレスに、ティファナは「大丈夫」だと、手で制して見せた。
「すまないティファナ。このような過酷な運命を背負わすことになってしまった。」
「いえ、お父様。私は決して今の地位にいることが当たり前などとは考えてはおりません。もし、元王族という形になったとしても私は、皆が平和に穏やかに暮らせればそれ以上望むものはございません。」 
「お前は……セシルに似てきたな。」
「お母様にですか?」
ヴァレスは口元を緩め、優しく微笑んだ。
「一番難しいことも、いとも簡単なことのように話す様はよく似ている。」
「私、そんなに夢想家ではありません。」
頬を少し膨らませてティファナはそっぽを向いた。
一時、ほんのわずかな時間、王と王女ではなく、父として娘としての貴重時間を得たと、ヴァレスは心の中で感慨に浸っていた。
しかし、すぐにこれから始まるであろう混乱の不安に飲み込まれそうになる自分を、ヴァレスは必死で耐えていた。
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