月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

閑話 リィズの日常

カーテンの隙間から日が差し込み、その光で目を覚ます。
そして、顔を洗うために1階へ降りてくると、父さんは店の整理、母さんは朝食を作っていた。

この日常は、少なくとも13年間続いている。

「おはようリィズ。今日も店に行くんだろ?」

母さんがニコニコしながら話しかけてくる。

最近…母さんの機嫌が普段よりも良い気がする。特に、ロキさんをお店に招待した時くらいから。

私は、2、3日に1度、もしくは父さんの店がお休みの日に、ロキさんの雑貨屋で店番を任されている。任されているといえば聞こえは良いが、半ば強引に頼み込んだという方が正しい。

ロキさんがいても居なくても、お店を開けて店番をすることになっているため、お店の合鍵を使わせてもらっている。

「さてと、朝ごはんも食べたし。母さん、わたしロキさんのお店に行ってくるね。」

行ってらっしゃいと、手を振る母さんを尻目に、街の片隅に建つ雑貨屋『ジャック・オ・ランタン』にわたしは歩き出した。

「今日はお客さん来ると良いな。」

石造りの古い家を改装した雑貨屋。
店の前まで来ると、まずは最初にして最大の試練が始まる。
それは、古くて大きな扉を開くことである。
正直、この扉の重いといったらない。

「ロキさん、毎日この大きな扉を開けてるなんてすごく力持ちよね。」

なんとか隙間を作ると、店の中に小さな体をすべりこませる。

「はあ、さてと、まずは……」

お店に入ると、まずはランタンに火を入れるこれが一番最初のお仕事。

「はい、これで良し、と。」

ランタンの炎がゆらゆらと揺れ、赤い炎に青白い炎が混ざる。

「おはようございますリィズ殿。」

ランタンから声が発せられる。

店の七不思議(自称)喋るランタンこと、ウィル・オ・ウィスプのオースが挨拶をしてくる。

「おはようオース、今日もよろしくね。」

この雑貨屋には、ほんとうに不思議なものが沢山ある。
オースの話では、ロキさんが様々なところへ行って買い付けたり、知人に譲ってもらったりして集めたものがほとんどだという。

中でも不思議なのは、やっぱりランタンのオースだ。
彼(?)は、精霊の一種だとロキさんは言ったけれども、精霊は誰にでも見られるわけではないらしい。
精霊本人が見せたい、または精霊を見たいと思う人間が居ないとその存在はわからないらしい。

オースはだいぶ前に、ロキさんが見つけてきて、それ以来ここに住んでいるらしい。

「さて、まずは店の掃除ね。オース、悪いんだけど、窓を開けてくれる?」

お安い御用とばかりに、店中の窓や扉が開く。
オースが窓や扉の一つ一つにまじないを掛けていることで、オース次第でどの窓も扉も開閉が出来る。

「便利よね〜。」

窓が開くと、棚や商品の埃を払う。それが終わると床を掃き、最初の仕事を終える。

「それじゃあ、お店を開きましょ!
いつも通りオースは、ランプに火を入れてね。」

「むむむ、最近リィズ殿がご主人に見えてきましたぞ。」

「そう?でも、わたしロキさんのほど器用じゃないわよ。どんなところ?」

 「…精霊使いの荒いところとか……」
カンッ!

一言多い精霊は置いておいて…

お店を開くといっても特になにかをするわけでもない。

扉を開いた後は、大きめに作ってある会計カウンターにちょこんと座って、お客さんを待つだけだ。 

そして、お客さんが来ない間は、ロキさんの本棚にある資料に目を通すのが日課になっていた。

ロキさんが領主様と王都へ出発して7日が経つ。

「ねぇ、オース。」

「なんですかな?リィズ殿。」 

わたしは少し気になったことをこの精霊に聞いてみた。

「ロキさんは領主様とどんな関係なの?」

「領主様?ああ、あの赤い髪のご婦人ですね。残念ですが、私の口からは申し上げられないですな。」

一応、個人的な話のせいかオースの口は堅い。まあ、そこは主人を立てているということかな。

「まあ、かつてご主人とご婦人は同じ屋根の下にいらっしゃいましたので、お互いのことは、よくよくご存知かと思います。
されど、身分の違いというのは、中々にこのご時世難しいというかなんというか…」

「え!?同じ屋根の下!?」

「ええ、そうです。あっ……」

この精霊……見た目もそうだけど口もゆらゆらしてるわね。

「リ、リィズ殿。今の話は無かったことに…。」

オースがしきりに体を揺らめかせて、慌てているのが分かる。

「あなたって、本当に精霊なの?」

それにしても、ロキさんと領主様が一つ屋根の下で生活していた?

「兄弟…なんてことはないわね。恋人…ともなんだか違うようだったし……。
は!もしかして、愛人関係とか!?
でも、普通は逆よね……。」

なんだか妄想が膨らむばかりで、これだという結論に至らないまま、時間だけが過ぎていった。

その後、オースにしつこく聞いてみたけれど、この精霊が口を割ることはなかった。

そうこうしているうちに、午後が暮れた頃、ロキさんの棚を掃除していると一冊の書物を見つけた。

なんて書いてあるのかわからないが、表紙には茶色の文字に金の縁取りがしてあり、一匹の蛇がグルリと輪を描かれている。

「ねぇ、オース。」

「もう、リィズ殿には喋りませんぞ。」

「違うわよ、この本ってなんて書いてあるのかと思って。

「それは……『構成と再生』と書いていますかな?タイトルだけでは、なんともわかりませんが、その蛇の絵はおそらく錬金術を表しているかと思います。」

「錬金術?あの失われた魔法と言われた?錬金術なんて子供の絵本や昔話に出てくる程度のものだと思ってたわ。」

「まあ、其れが本当にそんなのかは、わかりませんがね。ご主人の集めた品々は変わったものが多いですから。」

本を開けてみたけれど、どこの言葉なのか全くわからなかった。パラパラと捲ると、狼の挿絵が描かれていた。

その時、鉱山の時に見たあの夢を思い出した。

「あの銀色の狼はなんだったんだろう。」

「リィズ殿?今、なんとおっしゃいましたか?」
 
「……鉱山から助けられた際に、わたし夢を見たの。一面真っ白な白銀の世界の中で、それよりも銀色の綺麗な狼がそばに居て、わたしを見つめていた……そんな夢。」

「……そうでしたか、夢をご覧になられたのですね。」

心なしかオースの歯切れが悪いように感じたけども、次の瞬間には気にならなくなっていた。

「うーん。ロキさんって、未だによくわからないのよね。ズボラだと思うところもあるし、でも細かなところに気がつくし、なんだか雲を見ているみたいな。」

「リィズ殿は、ご主人をお慕いされておるのですかな?」

一瞬だけ、ドキリと胸が高鳴る。

「そ、そんなわけないじゃない!ロキさんは、命の恩人だし、わたしとロキさんは年もはなれてるし……いくつか知らないけど。」

「そうですか。まあ、普段のご主人はぶっきらぼうですが、女性受けはいい方ですよ。」

「………もういいわ。それよりも、オースって何が出来るの?」

モヤモヤする気持ちを忘れようと、わたしは無理矢理話題を変えることにした。

「ご存知の通り、一定範囲内のドアや窓は開くことが出来るのと、あとは人の命を感じることが出来ますか。」

「人の命?」

「はい。人はそれぞれ命の炎と申しますか、生命エネルギーに満ちております。わたしぐらいになりますと、この街くらいならば誰がどこにいるかなどは、だいたいわかりますよ。」

「へー!例えば、私の店とかは?」

オースを試すようで悪いとは思ったけど、この精霊の力がきになってしまったあ。

「むむ、3人いらっしゃいますかな。1人は離れて、2人はとても近い。」

「あれ、今日はお店が定休日のはずだけど……父さん店開けたのかしら。でも、凄いわねオース。」

オースの力を褒めると、この精霊は誇らしげにゆらゆらと揺れていた。

夕暮れ時。

今日もお客さんは来なかった。でも、このお店はやっぱり面白い。

わたしはランタンの灯りを消して周り、戸締りや片付けを始めた。

「じゃあわたし、これで帰るわね。またねオース。」

最後に、オースに別れを告げて店の大きなドアを閉める。
ドアを閉めると、それまで明るい雰囲気だったお店が、ロウソクの火を消したかの様に急に寂しく感じる。

「早く帰って、お店手伝わなくちゃ。」

十字橋を越えて、大通りを横切り、急ぎ足で家に向かう。

あそこの角を曲がれば家だ。

「お帰りリィズ。」

家に帰り着くと、扉の前で父さんと母さんが立っていた。

「ただいま母さん、どうしたの?父さんも一緒にいるし。お店は?」

「おかえりなさい、リィズ。そろそろ帰ってくる頃だと思ってね。問題はなかったかい?」

「ええ、大丈夫よ。それにしても、二人ともどうしたの扉の前に立っちゃって。」

父さんは頭をぽりぽり掻いて、母さんは年甲斐もなく顔を赤くしていた。

「リィズには、そろそろ言っておこうと思ってね。」

母さんはモジモジと恥ずかしげに、横にいる父さんを見つめた。

「リィズ…お前はもうすぐ姉さんになる。」

「え!?」

その日、フローレンのお店は別の喜びで店内は賑わっていた。

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